71.無茶
六か月後、兵学校校長室。
アニョウは、ネービャと一緒にここ半年間のカラーズ大隊の戦闘報告書に目を通していた。
第一戦目、京華国マフィア殲滅戦。王都。死者三名。重傷三名。軽傷五名。成功。
第二戦目、京華国マフィア殲滅戦。地方都市カイラ。重傷五名。成功。
第三戦目、京華国マフィア殲滅戦。主要都市デーズ。死者一名。成功。
第四戦目、京華国マフィア殲滅戦。主要都市ヘルン。軽傷二名。成功。
第五戦目、K社人質奪還作戦。カウンジー連邦、首都。軽傷三名。成功。
第六戦目、M社人質奪還作戦。京華国 地方都市菱進。軽傷二名。成功。
一か月に一回のペースでカラーズ大隊は出撃していた。
最初の四戦は、外部へのパフォーマンスを兼ねた王国からの京華国の影響の排除だった。
死者と重傷者が集中しているのは、運用方法の模索と適正人材の選別ミスが原因だった。
四戦目からは、ノウハウも蓄積し、部隊運用の定石がかたまりつつあった、これにより、損害は一気に減った。
ここまでは、一戦目と同じで王国から京華国の影響力を削ぐものであった。
五戦目が初めての外部からの注文だった。
アニョウが目覚めた国での人質奪還作戦。外貨を求めた軍事政権が、進出中の世界企業の幹部を人質に身代金を要求。
無論、反政府組織の犯行に見せかけてであった。
第六戦目は、第五戦目の成功を聞いたM社が出国時に逮捕されてしまった社員二名の救出依頼だった。
二人が収監されている刑務所を襲撃し、陸路で国境を突破。母国へ帰国させた。
ついでに刑務所には他の企業の幹部も監禁されていたので一緒に奪い、現在、カンパニーの保護下にある。
所属企業と交渉し、奪還作戦を実行しますと売り込んでいる様だ。すでに奪還済みの為、費用はかからないし、リスクも無い。
そのまま、帰国させればよいのだろうが、そこが犯罪組織であろう。少しでも金と実績になるのであればと保護下のままである。
無論ゲストとして、快適な環境にて丁重に迎えている。
ちなみに全ての作戦にアニョウは現地司令部にネービャと詰めていた。
「カラーズ大隊は、ビジネスとして成功だな。ストライクバックとしての出番は無かったが…。」
アニョウは、直轄部隊である鍛え上げた特殊部隊ストライクバックの出番が無いことを少し寂しそうに言う。
「兄貴。ストライクバックが出撃する様な大事件は、もっとカラーズ大隊の知名度が上がらないと依頼が来ないっすよ。
ただ、これで良かったんすかね…。」
ネービャが少し悲しそうに話す。
「何がだ?」
「ガキども四人もあの世に送っちまいました。重傷者は五体満足で復帰したので、良かったんすが…。」
「良くはないだろうが、マシだろうな。あのままストリートチルドレンをしていたら、死者四人で済んでいない。悪くて大隊の半数があの世に逝っていただろう。」
「大隊の定数が百六十名だから八十人が死んじまって…。そっか。そっすね。
ストリートチルドレンよりはマシな生活できてるんすね。」
「そうだ。これは良いことをしているんだ。」
などとアニョウは言葉に出すが、それは嘘だと分かっている。
―少年兵を作り、戦場に送り出す。これが善であるはずが無い。―
この仕打ちを良いことだとは思っていなかった。
「そっか、俺達、あいつらを助けられているんすね。それが心配っつか、心残りで。」
アニョウとネービャの二人きりになると繰り返される会話。
ネービャは少年少女に心を砕き、心配ばかりをする。マフィアとは思えぬ、心優しき男だ。だが、それは心が脆い可能性を示していた。
―ネービャの使いどころは無くなるのか。もう、少年兵は兵士の心構えが出来ている。
優しい頼れる兄貴分は不要かもしれない。
ここらが潮時だろうか。―
ネービャの配置転換をボスに意見具申すべきか悩み始める今日この頃であった。
突然、アニョウのスマートフォンが鳴動する。メールの着信だった。
「なんだ?」
アニョウはロックを指紋で解除し、着信したメールを見た。
>先生。たまにはお店に寄ってくださいね。
>先生の好物のロックをツーフィンガーで用意しますね。
>コウちゃん寂しいな~。
飲み屋の誘い文句の様であった。
だが、アニョウはため息をついた。
「何っすか、夜の蝶からのお誘いっすね。俺も連れてって下さいよ。」
ネービャが羨ましそうに言う。
「違う。業務連絡だ。遊びじゃない。仕事だ。」
「へ?これ、どういう意味っすか?」
「明日の十四時にボスの前に出頭せよ。だな。」
「どこがどうなるんすか?」
「先生が俺のことだ。ツーフィンガーが午後二時。コウちゃんがボスのコマスだ。」
「なるほど、確かに業務連絡っすね。じゃあ、俺はパスで。」
「当たり前だろう。お前は呼ばれていない。明日は、直帰する。仕事の引継ぎを頼む。」
「了解っす。いい話だといいっすね。」
「だといいが…。」
そういうとアニョウはスマートフォンを机に放り投げ、明日の接見は何だろうかと考え始めた。
翌日十四時、アニョウは呼び出し通りに出頭していた。
ボスであるコマス・ヘブリーの執務室に居た。
ボスは執務椅子に深く腰掛け、執務デスクの前に直立するアニョウを見つめていた。
ボスの背後には、二人の護衛が立っている。
呼び出されたのは、アニョウだけでリトルやティハはいない。
この四人だけが執務室に居た。護衛の一人が椅子をボスの正面に持ってくる。
そして、無言で座面を指差した。
座れということだろう。アニョウは指示に従い、素直に座った。
アニョウが座ったことを確認したボスは、タブレットを差し出した。
アニョウは黙って受け取り、表示されている画面を見る。
<人類覚醒教団 実験体解放作戦>
―なんだ?このふざけた名前の団体は?人類覚醒?教団?新手の宗教か?
実験体とは何だ?何を実験しているんだ?―
脳内に疑問が次々湧き上がる。本当にこの様な存在が実在するかすら怪しく感じられた。
「アニョウ君の頭の中、いや常識では疑問が数々浮かんでいることだろう。
だが、その教団は実在し、人体実験をしていることは事実だ。
詳細はそこに書かれている。ハーモニーの情報部が一年以上かけて詰めた作戦だ。
ストライクバックの初陣としたい。作戦書を読み、質疑応答といこうか。」
「了解。まず、人類覚醒教団とは?」
「宗教法人に偽装したアメリカ軍の研究施設だ。場所は隣国カウンジー連邦と我が国アピオン王国の国境付近にあるジャングル地帯に施設はある。」
「今度の標的はアメリカ軍ですか、それは無理があるのではないですか。向こうの戦力の方が確実に上でしょう。無謀な試みでは?」
「情報部によると敵兵力は一個中隊百人。それも三交代制で常時三十人しか警備に立っていない。非番の者は、近くの村に待機し、非常呼集から三十分の猶予がある。
敵を全滅させる必要は無い。秘密裏に内部に侵入し、実験体を強奪してくれればいい。」
「実験体とは?」
「促成人類の兵士だ。」
「促成人類?」
「受精卵から三年で成人まで一気に成長させ、脳に直接知識を書き込み、促成栽培された人間だよ。」
「そんな無茶な。受精卵から三年で成人、つまり十八歳相当に成長させるなんて無理だ。」
「だが、アメリカ軍は成功したようだぞ。その実験体が三体施設に居るようだ。これが欲しい。データも奪えるのであれば、奪取して欲しい。」
「裏がとれている訳ですか。」
「ああ、施設の見取り図も入手済み。侵入路から脱出路も策定済みだ。
メインサーバーも特定済み。後は行って帰ってくるだけだ。できるね。」
「作戦書を検討させてください。まずはそこからです。」
「そうだね。一度しかできない作戦だ。慎重に精査してくれ。成功以外は望んでいない。
それがハーモニーの総意だ。」
「実験体が最優先ですか?データが最優先ですか?」
「データだな。だが、実験体があることも最善な結果だ。できるよね。アニョウ君。」
今までの作戦と比較できない程の難易度であることは簡単に想像できた。
―このタブレットを今すぐ返したい…。標的はアメリカ。無茶が過ぎる。
ただのマフィアが手を出して良い相手じゃない。
どうすれば、断れるだろうか…。―
アニョウは表情には出さないが、困り果てていた。




