64.新居
アニョウは、ティハと一緒に二週間の休暇を与えられた。
その間にティハへ状況を説明し、新居探しを行った。
アニョウは漠然と二人で慎ましく生活できれば良いとしか考えていなかった。
だが、ティハは新居の話を聞くとベッドの中で目を輝かせながら、希望を語り始める。
一ラウンドを終えたばかりで、汗もまだ引いていないのに疲れを見せず饒舌に語る。
「あのね、リビングが欲しいの。食事するだけのダイニングだけじゃなくてね、家族が集まって、ゆったりと語り合ったり、お茶をしたりね。
時には、静かに本を読んだり縫物をしたりするの。赤ちゃんが動き回っても大丈夫なように厚めのカーペットも敷きたいな。
部屋は私達の寝室と子供部屋よね。とすると、子供は何人がいいかな?アニョウが欲しいだけ産んであげる。でも、スポーツチームができる位と言われると困るかも…。
だって、アニョウと二人きりの時間が無くなっちゃうから…。
とりあえず、二部屋あればいいよね。一部屋に二人とか三人が住めるから六人までは頑張る。
そんな大家族なら倉庫がいるよね。服だってたくさんになるし、片付ける場所が要るよね。
もしかしたら、平屋じゃなく二階建てになるのかな?
そんな豪邸に住めるなんて夢みたい。
ほんと…夢…みたい…。」
饒舌だったティハの、顔が曇る。表情が嬉しさから悲しさへとゆっくりと変わる。
「どうした?」
アニョウは、ティハの瞳に浮かび始める涙を優しく拭う。
「だって、レジスタンスのみんなは、村のみんなはジャングルに消えたんだよ。それなのに生き残った私が勝手に浮かれていいのかな?
みんなのことを考えずに幸せになってもいいのかな?」
ティハは、ジャングルで散った仲間たちのことを思い出し、悲しみの感情に呑まれたのだ。
「その感情は、いつまでも忘れないで欲しい。人として生きるには、悲しみを感じる心を残して欲しい。
俺にはもう無い感情だ…。
でも、ジャングルに散った仲間達は、ティハの不幸を願う人達かい?」
「違う!絶対にそんなことは願わない!いつもみんなの幸せを考えてくれる優しい人達だよ!」
「答えが出ているじゃないか。ティハは、幸せになっていいんだよ。それで仲間達を安心させてあげるべきだよ。」
アニョウはティハの髪を優しく撫でる。
「そっか、みんな許してくれるんだ。」
「当たり前だろ。逆に祝福と感謝をしてくれるさ。」
「感謝?」
「私達のことを覚えていてくれてありがとう。忘れないでいてくれてありがとう。気にかけてくれてありがとう。ってね。」
「うん、私、忘れない。絶対に忘れないよ。」
「その人間の存在証明が無くなるのは、全ての記憶が消え去った時だろう。だから、ティハは忘れないで欲しい。」
「うん、アニョウもみんなのことを忘れないで…。」
「すまない。俺には無理なんだ。記憶の定着が弱いんだ。最近、自覚をするようになった。」
「え?意味が良く分からない…。」
「日常的に接する記憶は、きちんと覚えている。けど、普段使わない記憶は、消えていくんだ。」
「そんなの聞いてないよ!」
「最近、自分で気が付いたんだ。村で生活した数ヶ月は覚えている。けれど隣人の顔は思い出せない。それも男だったか、女だったかすらも覚えていない。
記憶が消えているんだ。」
「やだ、私のことは忘れないで!私を一人にしないで!私を消さないで!」
「大丈夫。ティハは僕の妻だ。こんなに濃い関係を持っているのに忘れる道理はないよ。」
「今晩は絶対に忘れられない夜にする。覚悟を決めて。」
ティハがネコ科の猛獣を思わせるような表情を浮かべ、舌なめずりをする。
―どうやら、今夜は眠ることは許されそうにない様だ。―
二人の濃密な夜が再び始まった。
アニョウ達は、カンパニー傘下の不動産会社を、数軒回り、大きい公園に近い二階建ての一戸建てに決めた。
閑静な住宅街の一角で治安も良い。近くに警察署とカンパニーの地区事務所があった。この二つがあることにより、新居の安全性は担保されていると言える。
警察のパトロールルートとカンパニーの巡回経路に新居が入っているのだ。
隣家との距離も広く、音漏れの心配も無い。庭はないが、正面に車を二台置けるスペースがある。
今は車を持っていないので、庭代わりに使うこともできるだろう。いや、すぐに通勤用に一台貸し出されるだろうから、半分は埋まることになる。
もっとも大きい公園が近い為、そこへ寛ぎに行くことも可能だ。
新居は、白く築浅の物件だった。治安が良い証拠か、どこにも落書きはなく、内部へ不法侵入された跡も無かった。
一階は、キッチン、ダイニング、リビングとウォークインクローゼット。
二階は、アニョウ達の寝室と将来の子供達の部屋が二部屋。そして、クローゼット。
王国では、富裕層の下部が住むような立派な家だった。
家賃や光熱費は、全てカンパニーが出してくれる。アニョウがカンパニーとハーモニーに貢献し続ける限りだが。
引っ越しを終え、アニョウとティハは、エアコンの効いたリビングで寛いでいた。
王国で良く飲まれる生姜湯を二人は楽しんでいた。
「さて、まもなく休暇が終わる。ジャングルに戻り、新兵訓練を行う。毎日帰って来られるかは分からない。
家はどうなってもいい。代わりはある。自分の身を一番に守れ。念のため、護身用の拳銃も預かっている。
少しティハの手には大きいが慣れてくれ。射撃訓練は、カンパニーの施設を自由に使えるようにしてある。」
アニョウは、ホルスターに入ったファイブセブンを机にのせる。
「うん、わかった。私は街の孤児院に異動になったから、この家に一人になるからだよね。」
「そうだ。今まではカンパニーの寮生活だったから、セキュリティーはしっかりしていた。だが、一軒家に一人暮らしは非常に危険だ。」
「わかった。常に携帯しておくよ。」
「あと、敵に容赦しなくてよい。危険だと思えば撃て。カンパニーが後始末をしてくれる。警察が来てもカンパニーが来るまで何も話さなくていい。それで話は通っている。」
「うん、大丈夫。これでもレジスタンスのエースだったんだから。」
「そうだったな。銃の扱いはお手の物だったな。早く、使い慣れてくれ。」
「わかった。仕事帰りに練習に行くね。」
「ああ、そうだな。それがいいだろう。独りにすることが増えるが、自己防衛を最優先にな。」
「うん。わかった。アニョウも体に気を付けてね。」
「ああ、生徒に誤射されない様に注意するよ。」
アニョウとティハは、気だるい午後を過ごす。
明日からは、日常が始まる。
次に二人でゆっくりできるのは、いつになるかは分からない。残りの時間を二人は大切に過ごした。
暑さと湿気が籠るジャングルの一部が切り開かれた学校にアニョウは居た。
前にも子供達を兵士へと鍛えた設備だ。
その学校は、以前は百人も収容できなかったが、拡張され千人が収容できるように改築されていた。
その学校の総責任者として、校庭の朝礼台に立っていた。アニョウの前には、千人の十歳前後の子供達が集められていた。
子供達には共通の特長があった。体格は貧弱でやつれており、栄養状態は悪そうであった。着ている服は、カンパニーが支給した古着だ。
ここにいる子供達は、全国から集められたストリートチルドレンだ。孤児ばかりだ。中には親に売られた者もいる。
だが、カンパニーが強制的に集めたわけではない。意外にも子供達の意思を一人一人確認して、ここに集められた。
子供達はこれから自分達が何をするのか、何をさせられるのか、十分に理解している。
人殺し。殺し合い。それを理解したうえで子供達は集まった。
ストリートでは、衣食住は無いに等しい。数年の命であることが多い。
それならば、衣食住が確保され、病気になった場合、治療もされる。そんな好条件の仕事につけることは今後有り得ないだろう。
活躍に応じて、衣食住以外の報酬も支払われることになっている。
また、小さな弟妹がいる場合、カンパニーの孤児院に収容する約束も交わしている。
ティハが働く孤児院だ。
カンパニーは、世間では割と好意的に迎えられている。一般人に手を出さず、進出してくる外国のマフィアを排斥しているからだ。
ゆえに多くの子供達がカンパニーの話に乗った。
そして、約束は正しく実行されている。
アニョウは、この栄養失調の子供達を再び一人前の兵士に鍛え上げるのが仕事だ。流石に千人の子供達をアニョウ一人では、面倒をみることはできない。
朝礼台の両脇には、アニョウをサポートする教官が二十人程並んでいる。そして、カラーズ中隊の生き残りの十人が中隊長として一番前に立っている。
アニョウは、皆が理解できる様にゆっくりと話し始める。
「最低の職場に良く集まってくれた。俺は、お前達に人を効率よく殺す方法を教える。これは人間の倫理に反することだ。
では、倫理で人は生きていけるか。答えは不可能だ。それはお前達が己の体で良く知っていることだ。
そして、人を殺すということは反撃されるということだ。つまり、お前達は逆に殺される可能性がある。当然のことだな。殺し合いになるからだ。
お前達はその小さな体で大人達と殺し合いをしてもらう。死傷率を下げたければ、訓練を死ぬ気で行え。戦友との絆と連携を育め。
それで少しは死傷確率が下がるだろう。
ちなみに直近の戦闘での死傷確率は五十%だ。この数字を一%でも下げろ。
お前達の努力に期待する。以上。」
アニョウは語り終える。子供達に怯んだ様子は見えなかった。すでに覚悟を決めてこの場所に立っているのだ。
ストリートチルドレンの寿命は短い。ならば、戦場で散る前に腹いっぱい飯が食え、雨風をしのげる家がある。それで十分なのだろう。
アニョウが少年兵を使う理由の一つだ。生き残る可能性を増やす。
学習により文字の読み書きと足し算引き算を覚えさせ、他の仕事に転職することも可能になるだろう。
何よりも学習効率がもっとも高い世代だ。良い兵士ができるだろう。
あとは、使う者が正しい作戦を立てるだけだ。そうすれば、被害を最小限に抑えられるはずだ。被害三割で全滅判定が近代戦のセオリーだ。
その死傷率を訓練で下げるのがアニョウの仕事だ。




