63.計画
真ボス、いや元ボスは失脚したのでボスで正しいだろう。
ボスは膝にリトルを乗せたまま、アニョウへ笑顔を向ける。友好的であるとアピールしている。
だが、目は笑っていない。そこが不気味であり、何を考えているかアニョウに察することはできなかった。
「OKだ。契約成立だ。では、自己紹介といこうか。
私の名前は、コマス・ヘブリーだ。カンパニーの上部組織であるハーモニーの東アジア担当マネージャーだ。つまり、この地域における最高責任者だ。
そして、君にはコマスと呼ぶことを許可しよう。友好の証だよ。」
「了解した、コマス。ところでハーモニーとは?」
「アニョウ君は知らないのかい?」
「俺の知っているハーモニーは、多国籍企業で全世界に展開している大企業だ。食料、電化製品、車、重機などを製造販売している総合企業だと思っていたが…。」
「それで合っている。そのハーモニーだよ。巨大企業には必ず裏の部門がある。それがカンパニーなのだが、そこの能無しは運営に失敗した。潤沢な資金と人材を提供したにもかかわらずだ。」
「今回の情報収集のミスと部隊運用の間違いのことか?」
「それは、一部に過ぎない。この馬鹿は、運営資金の一部を私的流用し、着服した。後日、着服金を一割でも二割でも増やして返してくれるのであれば、ハーモニーは関与しない。どの様な手段だろうと利益を上げたのだ。褒めることであり、咎めることではない。
完全実力主義だよ。つまり、利潤を上げられるならば、何をしてもいい。犯罪行為に手を出しても構わない。だが、きっちりと後始末はしてくれないと困るよ。」
「カンパニーおよびハーモニーの介入の痕跡を消し、利益を上げれば何をしても良いのか?」
「その通り。ハーモニーは営利集団だからね。何ならアニョウ君が起業して貢献してくれてもいいんだよ。」
「俺には、そんな才覚は無い。単なるゲリラ屋だ。」
「君がそう言うならば、そういうことにしておこう。
さて、そこに転がっている馬鹿だが、中央区の邸宅に郊外の邸宅。二つも立派な邸宅を持ち、中央区には正妻を住まわせ、郊外には愛人を住まわせた。
別にそれを己の稼ぎで賄うならば何も問題は無い。ハーモニーは関知も関与もしない。
だが、この馬鹿は組織の運転資金を流用した。己の欲望を満たすだけの散財だ。回収見込みも利益計上の見込みも無いのだよ。
これはカンパニーならびにハーモニーへの敵対行為である。
ゆえに私が東アジア本部から王国までわざわざ断罪の為に出向いてきたわけだ。エリアマネージャーの責任だからね。」
「では、俺の話はついでだったか。」
「確かに。君が今日来るとは思っていなかったよ。
君との契約は、新たなに任命する部下に任せるつもりだったが、これは直接会えという神の啓示なのだろう。ゆえに君と会うことにした。
君との出会いは、非常に有意義なものになっている。私の人を見る目は間違いないぞ。君は普通の人間ではない。それだけは、ハッキリと感じる。」
「だが、元ボスは不始末を犯した。コマスの見る目が無かったということでは?」
「この馬鹿は、私の前任者が選んだのだよ。ゆえに傷口が広がる前に己の目で確かめに来た。そして、それは正しかった。
こいつは愚物だ。使い物にならん。前任者の目はガラス玉だったな。もっとも紛争地帯の視察から未帰還のままだが。」
「前任者とは、コマスの前任か?それが未帰還?捜索はしないのか?」
「捜索はしたさ。だが、発見できなかった。そして、エリアマネージャーの席を空席にはできない。そして、私はこの地位についた。丁度半年になるかな。
全部署の掌握が完了し、これからカンパニーの改善、場合によっては改革を行う。愚物が溢れているならば、粛清もする。
他のマフィアに舐められるような組織は、ハーモニーに要らないからね。」
コマスはリトルの頭を優しく撫でている。その動きにリトルはうっとりとし、身を委ねていた。
―こいつ、平然と嘘をつく。いや、嘘ではないのか。直接手を下していないゆえに未帰還だと言えるのか。どうせ、使い物にならないということで上層部が紛争地に送り込んで処分したんだろう。世間体が悪いから不幸な事故で未帰還というのを建前にしたのだろう。
悪人が嘘をつくのは当たり前のことか。自分自身で真実と嘘を見極める様に気をつけねば…。
話は分かる奴のようだが、組織への忠誠度が異様に高いな。
組織への反抗的態度は、己の命を縮める訳か。理解した。精々、飼い犬として尻尾を振るとしよう。―
アニョウは今後の方針を決めた。全力で組織に従うということを。それがアニョウとティハの命を守ることになるからだ。
「少し怖がらせてしまったかね。アニョウ君なら大丈夫だよ。君は私利私欲が皆無だ。
唯一の欲は奥さんの幸せかな。おおっと、殺気が零れたよ。表情は変えず、殺気だけを漏らすなんて器用なことだね。
大丈夫、大丈夫。僕は人質とか使わない主義だからね。
人質なんて下策だよ。部下の忠誠心を下げる。信用を失う。あまつさえ、状況をひっくり返そうと牙を剥いてくる。
良いところなしだね。
この馬鹿は、そんな策も使っていた様だが、おかげでカンパニーの士気、いや忠誠心がとても下がってしまった。この立て直しをすると思うと頭が痛くなるよ。」
「わかった。俺に出来ることがあったら言ってくれ。対処する。」
「いいね。この忠犬っぷり、流石だね。奥さんの為にはプライドも捨てる覚悟だという訳だね。」
「プライドは戦場では役に立たない。最初からもっていない。いや、記憶を失う前は持っていたのだろうか?」
「うんうん、君が記憶喪失だということも知っているよ。何なら脳外科や神経内科の医者を紹介しようかい。記憶回復の助けになるかもしれないよ。」
「申し出は有難く受けたいが、遠慮しておこう。」
「どうしてだい?記憶を取り戻したくないのかい?」
「前世?まあ、前世で良いか。前世が幸せだった保証はない。俺は今、愛する嫁がおり、生活も安定している。十分だ。これ以上の過去は必要は無い。ただ…。」
「ただ?遠慮しなくていい。叶えられるかは別の話だが、希望は言った方が良い。その方がお互いビジネスがしやすいだろ。」
アニョウはコマスの目を見つめる。今の言葉には嘘は無い様だ。
「二人の住まいが欲しい。できれば、一戸建てが良い。今後、子供が生まれても良いように部屋数に余裕があると嬉しい。」
いま、アニョウ達は寮の様な所に二人で生活している。寝室とリビングしかない。夜な夜な子供ができるようなことをしているのだ。広い家に引っ越ししたいと思うは自然なことだろう。
「そんな簡単なことかい。OK!許可する。二人で相談して物件を探すといいよ。ハーモニーの不動産部門を紹介しよう。」
「わかった。言葉に甘える。」
「当然の権利だよ。君はカンパニーに軍事部門を立ち上げた功績があるんだ。今は壊滅状態だが、規模をもっと大きくしよう。それもカンパニーではなく、ハーモニーの直轄部門にすることを約束しよう。
というか、君の配属先だね。君はハーモニーの軍事部門を構築し、デルタやグリーン、SASに劣らぬものを作って欲しいよ。」
コマスの大言壮語が部屋に広がる。
アニョウはその言葉を噛み砕き、理解するのに数瞬の時を要した。
「コマス、本気か?」
「もちろん、本気さ。まずは立ち上げに一億アメリカドルを用意しょう。それをどう使うかは、君に一任する。となると、部下が必要だね。
指名があれば聞こう。不足分は、僕が見繕うからね。ちゃんとバックアップするよ。放置はしないよ。一大プロジェクトだからね。」
「一企業が、そんな強力な武力をもってどうするんだ?それこそ利益はどうするんだ?」
「最近はね、幹部の誘拐や逮捕が多いんだよ。誘拐で身代金を払うのは下策。一度でも払えば、今後犯罪組織に狙われ続ける。だが、企業としては助けたい。
逮捕の場合は、相手は国になる。たかが企業に出来ることは弁護士団を結成して、年単位で戦うことだ。時間と金と人材が無限に失われていく。困ったものだね。」
「それを急襲して、力づくで奪還するのか。そして成功報酬をその企業から受け取る。
犯罪組織なら問題ない。だが、国はまずい。軍事力の規模が違いすぎる。奪還後にハーモニーとその国が揉めることになる。」
「ハーモニーは、軍事力を持たない多国籍企業だよ。各国に税金も納めている優良企業だよ。そんなことできるはずが無いじゃないか、とするさ。
そういう組織を求めている。それを君がこれから作るんだ。」
アニョウは、コマスの壮大な計画を想定していなかった。
―国家に喧嘩を吹っ掛ける?冗談じゃない。まともじゃない。だが、正体不明の部隊であれば、国家も反撃ができない。
可能なのか?机上の空論じゃないのか?
こんな大事を任せられるのなら、一軒家なんて安いものだな。もっとねだっても良かったのかもしれない…。
さて、俺にできるのだろうか…。―
アニョウは、あまりにも大きな計画と野望に茫然とするしかなかった。




