62.選択
一通りリトルは、白人の香りと感触を楽しむとそのまま膝の上に座り、しなだりかけた。
白人も嫌がる素振りを見せず、そのままリトルを受け入れる。
アニョウは、それを沈黙のまま、身動き一つせず、状況が動くのを待った。
無論、ただ待つだけではない。視覚と聴覚を駆使し、得られる情報を探す。
―護衛は三人。リトルのボス、ええい長い真ボスでよいか。真ボスの後ろに二人。俺の斜め後ろに一人。
武器はP90とハンドガン。ハンドガンは恐らく、ファイブセブン。共通の弾薬を使用していると考えるのが自然だ。ならば、この部屋の家具を盾にすることは無意味。障害物ごと撃ち抜かれるだろう。
つまり、安全地帯は真ボスの周囲のみ。さすがに護衛対象と一緒に撃ち殺すことはしないだろう。
で、床に転がっているボス、ああ、元ボスでよいな。元ボスには殴られた跡も枷による傷も無い。つまり、大人しく言われるがままに拘束されたと考えてよいだろう。
つまり、上下関係が真ボスと元ボスにはある。真ボスは、カンパニーの上層部で、元ボスは中間管理職だったわけか。
元ボスは失脚。真ボスが業務を引き継ぐということで合っているのか?そうだろう。そうでないとわざわざ顔を見せに来る必要はない。
俺は真ボスに気に入られれば正解なのか。元ボスを見捨てても問題ないのか。分からん。
だが、俺はクレームと顔面に一発ぶちかましに来た。元ボスを助ける必要も庇う義理も無い。
真ボスの提案を聞くしか選択肢はない。
さて、真ボスは白人、赤毛、染めている様子はない。欧米人だろうか。それとも大戦時にでも居残った家系か。
まて。今何語で会話をしている?
そうだ。英語だ。全く気付いていなかった。俺達はこの部屋に入ってからは、現地語ではなく、英語で会話をしている。
それもアメリカ系の英語だ。どうして、俺が英語を話せる。俺は現地人ではないのか…。いや、今までの記憶の欠片を考えれば、英語を理解できてもおかしくない。訓練時は、英語で行われていたのだろう。くそ!自分のことが分からない。苛立つ。
まて、落ち着け。今は状況の把握だ。生き残ることが最優先だ。よし、落ち着いた。
まず、真ボスはアメリカ人か。
そういえば、護衛も白人だな。
人種のことを気にしていなかった。カンパニーはいろいろな人間が集まるからな。
カンパニーの上層部は、外国のマフィアが支配しているのか。恐らくそうだろう。
王国のマフィアならP90なんて使わない。AK-47を使う。安くて、入手が簡単だ。―
と考え紡いでいると真ボスが動き出した。
「さて、アニョウ君。お待たせしたかな。それとも状況判断をする有意義な時間だったかな。まあ、僕はどっちでもいいんだけどね。
さて、君は今回の作戦失敗の責任追及に来たのだろうね。
今回の作戦失敗は、僕達も驚いてしまったよ。そこに転がっている無能の言葉を信じてしまった僕達が悪いからね。
おわびにアニョウ君に選択肢をあげようと思うんだ。
おや、まだ何も言葉を発しないんだね。うんうん。賢いね。敵にしゃべらせて情報を収集する。ちょいと知恵が回る者なら思いつく方法だ。
ならば、そのまま話を聞いていてくれ。
カンパニーに所属した場合、死亡しない限り、足抜けはできない。マフィアはそんなところだ。
だが、君はあまりカンパニーの情報を持っていない。今までの功績を鑑みて、解放する。無論、奥さんも一緒だ。
当然、生涯カンパニーについての情報の開示は一切許さない。情報の開示が判明した場合は、刺客を送る。
二つ目だ。カンパニーに残る。これを選択すれば、君と奥さんが解放されることは絶対にない。
ただし、今よりも良い地位と年俸を約束しよう。仕事内容はまだ秘密だ。選択をした場合のみ開示しよう。
三つ目、エージェントになる。簡単に言えば傭兵だ。契約書をその都度か、期間で結び、カンパニーの仕事を請け負う。この場合、主に紛争地へ送られる。
鉄砲玉だね。責任も義務も無い。成功すれば報酬が手に入り、失敗すれば命を失う。そんな鉄火場に君を送り込む。
時びは独りで、時にはエージェント達と手を組んでね。
さて、君なら、どれを選ぶのかな?くくく。」
真ボスは楽しそうにアニョウに三つの選択肢を突きつけた。
―自己紹介も無しに話を進めるのは、俺に情報を与えないためだろう。真ボスの肩書と名前を聞いた瞬間、二番の加入を選択せざるを得ない。
つまり、自己紹介しないのは舐めているのではなく、優しさとでも考えるべきか。
さて、どれがもっとも正しい選択だ。
解放。加入。傭兵。
この中でもっとも安全なのは、解放だ。これを選べば、命の危険はなくなるだろう。だが、俺はどうやって金を稼いでいくんだ。
俺が店で物を売る。無理だ。愛想良くする?冗談じゃない。そんなことはできない。そんな器用さがあれば、こんな状況に陥らなかっただろう。
ティハに稼がせ、俺が家のことをする。無理だな。この国での女の稼ぎは少ない。仕事の選択の幅すら少ない。
では、カンパニーに加入するのか。別に今の生活と変化はないだろう。問題は、ティハを残して死ぬことだ。それは避けたいが、現状ではどうしようもない。
人間、いつ死ぬかなんて分からない。この後、車にはねられて死ぬ可能性だってある。俺が死亡した場合、ティハの安全は保障されるだろうか。
三つ目の傭兵か。これは今より俺向きの仕事だ。だが、死亡率が一気に跳ね上がる。
マフィアの紛争地などしれているはずだ。だが、今回の作戦では、敵に強力な部隊が居た。例外は何事にもある。
しかし、自由もある筈だ。きな臭い話は蹴ればよい。それくらいの自由はあるはずだ。もっとも蹴り続けると消される可能性もあるか。
同じ傭兵をするならば、解放を選び、フランス外国人部隊にでも入隊するか。
いや、無理だ。俺には偽造の身分証明書しかない。パスポートが発給されるとは思えない。
国外へ出る方法がないな。密出国したところで、密入国者がまともな仕事につけるはずが無い。
つまり、この国から出ることはかなわないわけか。なるほど。
そうか。真ボスは賢い。なるほど、そういうことか。―
ようやくアニョウは真ボスの考えを理解した。長考を許されたのは、アニョウの知能を試されていただけであった。
「おっと、その顔は選択したようだね。さて、アニョウ君。どれを選ぶ?」
真ボスは楽しそうにアニョウの答えを待つ。
「選択肢は最初から用意されていないのじゃないか。」
「何を言っているんだい?自由を選んでもよし、カンパニーに忠誠を誓うもよし、自由もお金も欲しいなら傭兵もよし。
僕は充分な選択肢を提示したつもりだよ。」
「では、まず解放だ。これは自由の様で自由じゃない。俺の持っている身分証明書はカンパニーが用意したものだ。有効期限が来た時に役所で更新できる保証がない。つまり、数年先にはスラム落ちする未来しかない。
傭兵に関しては、契約時には簡単な仕事に見せかけ、現場で口封じをすることが可能だ。傭兵であれば、反抗勢力に雇われることもある。ならば、いっその事と早い段階で処分するつもりだろう。
つまり、今のまま飼い犬に甘んじろということだ。
これのどこに選択肢があるんだ?」
「素晴らしい。正解だ。うんうん。君は正しい選択をした。僕は賢い子が好きだよ。合格だ。カンパニーに迎え入れよう。それでいいかい?」
「ああ、今と何も変わらない。どうせ、記憶も無く、親兄弟も居るのか居ないのかも知らん。ましてや故郷もどこかわからん。
カンパニーで働くのに何の抵抗も無い。元より、人を殺すことや悪事に抵抗は一切ない。正式加入を希望する。」
アニョウは、迷うことなくはっきりと言い切った。
己で退路を断った。硝煙と血と汗と泥に塗れた道を行く。記憶の無いアニョウが生きていくには、最適の道だ。
この道しか、アニョウは生き方を知らない。




