61.分岐
翌朝、アニョウとリトルは、ジャングルの中を走る幹線道路を白いセダンで王都へ向かった。
道路の幅は、トラックがすれ違えるほど広い。しかし、舗装はされておらず、道路はスコールでできた一瞬の川に削られ、凹凸が激しい。
スピードは出せない。
アニョウ達は、上下左右に激しくゆすぶられながら、西の王都へと向かった。
途中で運転を交代しつつ、三日かけて帰還した。舗装された高速道路でもあれば、一日で王都に帰還できただろうが、王国の道路事情は、王都周辺以外舗装されていない。
正当な理由があった。敵の侵攻を遅らせる。荒れた道に時間を取られている間に、王都に防衛戦力を固め、疲労困憊の敵を迎え撃つ。
それが、この王国の道路事情が改善されない理由であった。
代わりに鉄道網が発達し、線路沿いに大都市が発展していた。鉄道網であれば、隣国と線路の幅の規格を変えておけば、利用されることはない。
この国は、鉄道を利用し、発展をしてきた。もっとも鉄道も線路状態が良好とは言えない。ダイヤの乱れは日常であるが、本数だけは充実していた。
事故も起きず、国民の足として十分機能していた。
近くの駅に行き、そこで車から列車に乗り換えることも考えたが、その案はリトルに却下された。
混雑が激しいのだ。客車に冷房は無く、窓から入る走行風だけが暑い車内を冷やす。その車内は、通路にまで溢れた人人人で大混雑し、人が発する体温で熱がこもり、汗と体臭が客車内に充満している。
たまに庶民には高額で乗れない冷房完備の一等客車が連結されているが、その列車が時刻表通りに来るとは限らない。
そんな、劣悪な状況をリトルが強く鉄道への乗り換えに反対したのだ。
「さて、ここから鉄道で一気に王都に行こうか。」
近くの大都市の駅前の駐車場に車を滑り込ませたアニョウは言った。
「先生、列車は嫌です。臭いし、暑いし、触られるし、乗りたくありません。」
リトルは、心の奥底から嫌そうに眉間にしわを寄せながら、反論をする。
アニョウは、リトルを見る。背は低いが、身体にメリハリがあり、美しい黒髪の少女だ。
―確かに客車の混雑に紛れて悪さをする奴もいるか…。―
女性の体の良さを知ったアニョウは、この方面で理解を示すようになった。
以前のアニョウであれば、触られたところで何か不都合があるのかと訝しんでいたことだろう。
「確かに急ぐものでもない。時間がかかり、悪路が続くが良いのか?」
「もちろんです。車で行きましょう。」
即答であった。列車移動に良い思い出が無いのであろう。
「分かった。」
そう言うとアニョウは車を再発進させ、凹凸の激しい幹線道路を王都へ向かって走り出した。
途中の都市でホテルに泊まりつつ、王都に近づいた。途端に道路は舗装され、今までの振動が嘘のように掻き消え、車は滑らかに走る。
唐突の静けさが車内に満ちる。エンジン音と風切り音だけが車内に占める。
二人の間に会話は無い。話題が無いのでない。ここまでの悪路では会話ができなかったのだ。
舌を噛む。相手の声が聞こえない。そんな理由で会話を交わしていなかった。その習慣が舗装道路に切り替わっても抜けないだけだった。
繁栄し様々なビルが立ち並ぶ王都を走り抜ける。中心部に近い十階建ての巨大な高級ホテルが見えた。
アニョウは、業者用の搬入路を通り、地下駐車場に入る。入口で身分証明書のチェックを受け、業者用とは違うさらに地下の駐車場へと向かう。
ここは、カンパニーの本部だった。
アニョウにも情報が開示され、この高級ホテルの地下にカンパニーの本部があることを知らされた。
カンパニー専用駐車場に入る前にもう一度身分証明書の確認が行われる。
こちらの受付は、軍の基地並みの警備が行われていた。車を通さないスパイクが路面に埋め込まれ、トーチカから機関銃の銃身が覗く。
許可が下りるとゲートが開かれ、スパイクが地面に収納される。
車をゆっくりと発進させ、指名された区画へと車を止めた。鍵をつけたまま、アニョウ達は車を降りた。
手荷物はP90のみ。着替えなどは途中の都市で調達し、ホテルに置いてきた。
鍵をつけたままにするのが、ここでのルールだ。カンパニーに個人所有の車は、基本的にない。皆が空いている車を勝手に使う。
洗車や整備も専門の部署が随時行う。
その方が車の管理が楽だからだ。
次にこの車にアニョウが乗ることは恐らくないだろう。必要な時に空いている車を割り当てられるだけだ。
アニョウは、ボスの部屋へ直接向かう。ゲートで訪問先を聞かれている為、アニョウ達が部屋へ向かう連絡が入っているはずだ。
アニョウは、地下施設の無機質な廊下を進み、ボスの部屋の前に立ち、備え付けのインターホンを押す。
「アニョウとリトルです。入室の許可を。」
インターホンに向かって話す。カメラでこちらを確認していることだろう。
扉が開くと屈強な体格をした男が出迎えた。見覚えは無い。だが、護衛の一人だろう。
「武器を預かります。こちらに。」
男は手を差し出す。アニョウは躊躇うことなく、P90とファイブセブンを手渡す。リトルも迷うことなく手渡した。
「では、中へどうぞ。」
男は下がり、部屋への道を開けてくれた。
―コンバットナイフも言われるかと思ったが、これは良いのか。近づく前に処理できる自信の表れか?―
そんなことを思いつつ中に入る。
重厚な机とその前に応接セットが置いてあることは依然と変わりない。
ただ、違ったのはこの部屋の主が座るべき椅子に現地人であるボスではなく、赤髪の白人が座っていた。
年の頃は四十代半ばの中年。微笑みを表情に貼り付けているが、目は笑っていない。上質なスーツを熱帯地方にもかかわらず着こなし、左胸がわずかに膨らんでいる。恐らく、ハンドガンであろう。
その背後には、体格の良い護衛がP90を手に佇んでいる。隙は無い。アニョウ達が敵対的行動を起こした瞬間にハチの巣にすることに躊躇うことは無いだろう。
そして、机の前に床に一人の男が転がされていた。外見上、怪我はない様だ。猿轡に手枷、足枷が嵌められ、行動の自由を奪われていた。
その男は、アニョウのボスだった。
―何が起きている。敵か味方か。いや、カンパニーの施設に居る時点で味方なのだろう。だが、俺の味方である保証はない。事実、ボスは拘束され床に転がされている。さて、どう動くか。いや、ここは待ちか…。―
というアニョウの悩みを打ち消す様に明るい声が部屋に満ちる。
「ボス~。」
背後からリトルが黄色い声で叫び、前へ飛び出す。
アニョウは、巻き添えで撃たれる覚悟をした。だが、発砲は無かった。
リトルは、床に寝かされているボスを跨ぎ、机を飛び越し、白人男性の胸へと飛び込む。
「ボスだ。ボスだ。この香水、ボスの匂いだ。会いたかったよ~。」
リトルは、白人男性の膝の上に座り、猫の様にじゃれつく。
誰もそれを止める様子はない。白人男性も嫌がる素振りは無く、この行動を予期していた様だ。
白人男性は、リトルの頭をやさしく撫でる。
「久しぶりだね、リトル。元気そうで何よりだよ。」
低音の利いた声がリトルを迎える。
「会いたかったよ。半年ぶりだよ。長期休暇の申請出しても却下するし、僕のこと要らないのかと思ったよ。」
今までと違う甘えた声に話し方。アニョウはリトルの豹変に面食らった。
―つまり、これがリトルの本当のボス。そして、カンパニーの上層部ということか。リトルのことを大分、理解したと思っていたが、表面だけだったか…。
しかし、何が起こった。反乱ではないな。それなら、大事になっているはずだ。ならば、ボスの失脚か。今回の作戦の責任を取らせるのか、それとも違うところでミスをしたか。いや、その積み重ねだろうか。これは、俺とティハの今後の分岐点になる。何が正解だ。アニョウ。気を引き締めろ。
これは戦場だ。判断ミスが命を失うぞ。絶対にティハの命を守らなくては。―
じゃれつく猫の様なリトルを見ながら、アニョウはそんなことを考えていた。




