60.帰還
結局、カラーズ中隊の生き残りが全員帰還したと判断されたのは、三日後の朝だった。
情報部門のドローンが戦場やその周辺を捜索し、ジャングルで行き倒れている少年兵達を構成員達が回収に向かったのだ。
回収に行けたのは、敵戦力が麻薬工場を再占領し、それ以上侵攻をしなかった為だ。
車やバギーで回収された少年兵達は、町の病院に収容された。
その病室にアニョウ、ネービャ、リトルは居た。
ようやく、面会の許可が医者より降りたのだ。
生き残ったのは、グリーン小隊とブラック小隊の十名だけだった。大部屋にひとまとめで入院をさせられている。
入口には目つきの悪い男が二人、歩哨代わりに立っている。
カンパニーの構成員だろう。警護をしているのか、監視をしているのかはわからない。
だが、アニョウにとって戦力にならぬ二人に興味は無かった。
アニョウ達は病室へと入る。大部屋の中央に大きなカーテンが左右を仕切り、男女を分けている様だ。
右側が男子、左側が女子。一応、子供だが男女分けはされている。子供だと言えどもこの国では一桁の歳の子が身売りをしている。
十歳前後であれば、これくらいの配慮は必要なのだろう。
アニョウには、よくわからない感情だ。
女子五人が寝かされている方は比較的静かだ。砲撃の雨からの逃避行に身も心も疲れているのだろう。静かな寝息をたてつつ、熟睡している。
病院に収容されるまで、まともに寝ることなどできなかっただろう。
一方男子側五人からは呻き声が聞こえてくる。
皆、どこかしかにギプスを巻いており骨折か外科手術を行った形跡が見て取れた。その痛みに苦しむ声が呻き声の発生源だった。
「女子には大怪我は無く、男子は大怪我をしている。さて、この違いに何かあるだろうか?」
アニョウは思わず思考が口から洩れる。
「そうですね。体の柔軟性と被弾面積の小ささでしょうかね。」
リトルは、それらしい回答を持ち出してきた。
「いやいや、姐さん。男は自分の身を挺して女を守るもんすよ。その勲章っすよ。」
と、ネービャが浪漫あふれる回答をする。
「なるほど、二人はそう考えるのか。ふむ、興味深い。」
「兄貴は違うんで?」
「運。その一言だろう。運が良ければ、弾は当たらない。運が悪ければ弾が当たる。それ以上でもそれ以下でもない。」
アニョウ達は、一人一人の顔色を見て回る。まだ幼さが抜けきっていない少年少女達。みな、砲撃の恐怖により青い顔をしている。
医者の説明では、重傷者は何人かいるが現場復帰には支障はないとのことだった。
大半の者は、極度の疲労と脱水症状により寝込んでいるとのことだ。
ネービャが一人一人に手を握っていくが、それに反応する者は居ない。それ程、少年達の眠りは深かった。
三人は病院を後にし、一軒家へと戻った。意識がない人間にできることはないからだ。
医者は最後に一言だけ小さな声で付け加えた。
「PTSDの者がいるだろうな。」
アニョウは分かり切っていたことだった為、反応はしなかった。
「なあ、兄貴。レッドとブルーが帰って来ないけど、あいつらも無事だよな。」
家に着くなりネービャは、アニョウへと質問をぶつけた。
この三日間、聞きたくとも怖くて聞けなかったのだろう。ネービャの拳が震えている。
「ネービャ、お前は理解している。認めろ。奴らはどこに居た。砲撃はどこを起点にされた。それが答えだ。」
「だってよ、護衛特化のブルー小隊はボディアーマーに大盾装備だぜ。砲撃から身を守れるのだろう。」
「ボディアーマーは万能じゃない。アサルトライフルの弾丸は受け止められるが、それ以上のエネルギーをもつ物には効果が無い。
ましてやアーマーの隙間から入った拳銃弾で死亡した事例もある。万能ではない。迫撃砲には無意味だ。」
「じゃあ、あいつらは…。」
「そうだな。そのなんだ…。」
「母屋付近の土に肉片として混じってます。これですっきりしましたか。」
言い淀むアニョウの代わりにリトルがはっきりと言い切った。
―恐らく事実だ。ドローンを飛ばして手掛かりがないということはそういうことなのだろう。俺が言うべきことをリトルに言わせてしまった。俺もまだまだ甘さが残っているのか。―
「姉さん、やっぱりっすか。アイツら生きてねえんすか。夜中に痛いよ痛いよって俺のところに来るんすよ。」
よく見れば、ネービャの目元にクマが出来ている。どうやら悪夢による寝不足の様だ。
「今回のミスは情報部門だ。恨むなら情報部門を恨め。アイツらには可能な限り、教えられることを教えた。だが、それでも生き残れなかった。これは俺達にはどうしようないことだ。」
「事前にドローンを飛ばして索敵をするとか、ロケットランチャーで母屋を吹き飛ばすとかできたんじゃないっすか。」
「後からは、どうとでも言える。作戦立案時に何も言わなかったのなら、お前も俺と同じだ。良い大人を演じるのを止めろ。少年兵を使う大人が良い人間であるわけがない。」
アニョウは、ネービャを冷たく突き放す。この程度で廃人になってもらっては困るのだ。
戦争は、もっと悲惨で陰惨で無価値なのだ。
権力者のパワーゲームであり、一般人には意味は無い。国民の上澄みの階級に居る者だけが甘い汁を吸う。
マフィアに戦争は手に余る。
せいぜい、敵アジトの急襲が精一杯だったのだ。
「すまねえ、部屋に戻る。」
ネービャはそう言うと力なく、背中を丸め、幽鬼の様に部屋に籠ってしまった。
「先生は優しいところがあるのですね。てっきり、ハッキリとミンチになったと言うと思ってました。」
「人によるな。リトルになら、その様にはっきりと伝える。だが、ネービャは兵士になっていない。ここで潰れてもらっては困る。ゆえに言葉を探していた。」
「ということは、第二ラウンドをやるつもりがおありで。」
「いや、そんな気はない。敵は正規軍か傭兵を抱え込んでいる。そんな敵に準備も無し、兵力も無し、情報も無しで挑むことはしない。それは馬鹿がすることだ。」
「ですよね。先生ならそうだと思っていました。では、今後の予定はお決まりで?」
「ここから撤収する。ボスと話し合いをする必要がある。カラーズ中隊の使い方を間違えている。中隊は、圧力だけでいい。いつでもお前達を根絶やしに出来るぞという暴力装置に見えたら良かった。
それ以上を望むのなら、傭兵を使った方が的確で安上がりだ。今回の敵の様にな。」
「さすが経験者は語るですね。説得力がありますよ。」
「リトル、お前も経験者だ。説得に付き合ってもらうぞ。」
「は~い、わかりました。で、ネービャさんはどうします?」
「奴は置いていく。感情論でしか話ができなさそうだ。感情論でマフィアを説得できるわけがない。」
「了解。」
「では、明日の朝、車でここを出よう。一台借りられるか交渉を頼めるか。」
「はい、お任せあれ。融通して見せましょう。これでも権力は持ってるんですよ。」
「そうだろうな。俺より古株でボスの覚えもいい。」
「正確にはうちのボスとは違うんですけど。ちゃんと車の用意しておきます。」
そういうとリトルは家を出ていった。
アニョウはリビングのソファに身を任せ、天井を仰ぐ。
「ティハが聞いたら哀しむだろうな。学校にも顔を出していたし、子供達も慕っていた。」
アニョウは、王都に帰還した時にティハへどの様に伝えるべきか悩み始めた。
その姿は、傍から見れば滑稽な物だった。表情は目まぐるしく変わり、時折、大きい溜息をつく。
アニョウにとって、今回の報告の中でもっとも難しい報告者はティハであったのだ。




