58.肉片
作戦は順調に進行していた。
アニョウ達ホワイト小隊の三人は、畑から離れた小高い丘の繁みの中で変化をドライアイスに告げらることにより、状況は一変した。
「警告。東方より砲撃音一。」
アニョウには、目の前の戦闘による射撃音しか聞こえなかった。
「兄貴、これってなんだ?」
ネービャがキョトンとした表情でアニョウに顔を向ける。
「先生、これって。」
リトルは唇を噛みしめ、アニョウに視線を飛ばす。
二人の反応は、正反対だった。戦場慣れしているかどうかの経験の差だろう。
恐らく少年兵達もネービャと同じく、何の警告か理解していないことだろう。
アニョウの判断は早かった。
「全隊、交戦中止。即時撤退。撤収地点まで各自の判断で行動せよ。砲撃来る!」
アニョウは、即座にカラーズ中隊に命令を下す。その声は、硬く冷徹だった。
『了解。』
少年兵全員から同時に返事が入る。
ドライアイスが表示する戦術図の青い点が西方へ移動し始める。
「俺達も撤退だ。畑を迂回だ。急げ、弾着来るぞ。」
アニョウは、立ち上がり二人を促す。
リトルは、マットや狙撃銃をその場に放棄し、P90を構える。
ネービャは、よく分からぬまま後片付けを始める。
「後片付け不要だ。リトルの様に身軽な格好でいい。走れ!」
そういうとアニョウは走り出した。リトルもそれに続く。
ネービャは対物ライフルを放棄し、置いていかれぬ様に慌てて走り始める。
しばらくすると、空からヒュルヒュルという音が聞こえた。
「各員、遮蔽物に隠れろ。」
アニョウは中隊に命令を下し、己もジャングルの起伏の狭間に身を滑り込ませる。同じく、リトルとネービャが続く。
「兄貴、何が…。」
「頭と腹を守り地面に伏せろ。口を大きく空けて、目と耳を塞げ。来るぞ。」
ネービャの質問を無視し、全隊へ命令を下す。
アニョウはできるだけ体を地面に平たく伏し、比較的人体で頑丈な背中を畑の方に向ける。
リトルも同じ姿勢をとっている。
訳の分からぬネービャはとりあえず見様見真似で同じ姿勢をとる。
風切り音はますます大きくなる。確実に畑に近づいている。
ドーンと腹の中心に響く重低音の爆音と地響き、爆風がアニョウ達を襲う。
爆発は畑の中心で起きた。
「全隊走れ!次が来るまでに少しでも離れろ!」
アニョウは、命令を叫びながら走り出す。
リトルとネービャも走り出す。ようやくネービャは、状況を少しずつ理解し始める。
「警告、砲撃音一。」
ドライアイスが再び警告を発する。
一分後、またしても風切り音が聞こえてくる。
「走れ。次は効力射の可能性が高い。現場より少しでも離れろ。」
アニョウは足を止めることなく、畑から離れていく。後のことは考えない全力走だ。
背後で爆発音が響く。ジャングルの濃い樹影の為、見ることはできない。その濃い樹影のお陰で爆風は遮られた。
「ドライアイス、どこに落ちた。」
「計算します。」
そう答えるだけで沈黙する。
アニョウ達は足を止めない。さらに風切り音がし、爆発が続く。その感覚が二回目より短い。
「効力射に切り替わった。走れ、走れ。次々爆発が来るぞ。絶対に足を止めるな。
ドライアイス、計算中止。状況報告のみでいい。」
「了解。砲撃音三分間隔。次弾、九十秒後着弾。」
アニョウの質問を解析するには、マシンスペックが不足していた。
市街地であれば、即座に返事があったことだろう。
いつ返ってくるか分からぬ結果より、少しでも状況がわかる情報が欲しかった。
アニョウ達は走り続ける。己の身を守ることで精一杯だった。砲撃音の感覚は、短くなっていく。
少年兵達が無事に逃げることを祈るしかなかった。
護衛特化のブルー小隊の隊長であるブルー1は、防弾盾を前面に掲げ、敵のAK-47の銃弾を受け止めていた。
ブルー1は、十代前半でニキビ面のあどけない少年だった。平和な国に生まれていれば、学生としてのびのび青春を謳歌していただろう。
だが、治安の悪い国ではそうはいかない。早くに親を亡くせば、ストリートチルドレンとして生きるしかない。
そんな中でほんの少し良い運を掴んだ。衣食住が揃い、教育も受けられる。その代わりに与えられる仕事は厳しい。
人生そういうものだと達観していた。
今も命をかけている。透明の盾に銃弾が当たる度、その部分に小さなひびが入り、白く曇る。この程度のひびは、複合装甲板の表面が削れただけで盾を貫くには至らないことを知っている。
ブルー小隊の五人は、隙間なく盾を並べ、同じ歩速でゆっくりと前進していく。
背後からのレッド小隊のP90の銃弾は間断なく、前面にばら撒かれ、椅子や机といった障害物を易々と貫通していく。
その度に、様々な悲鳴が飛び交う。押し殺した声。鳥を締めたような声、圧し潰された声、声にならぬ声。
人間は如何に多種多様な悲鳴が上げられるのかという見本市のようだった。
―よし、もうすぐ制圧できるな。―
ブルー1が確信した瞬間、インコムに警告が入る。
「警告。東方より砲撃音一。」
―なんだこれ?どうすればいい…。―
ブルー1が疑問を感じた瞬間、命令が入った。
「全隊、交戦中止。即時撤退。撤収地点まで各自の判断で行動せよ。砲撃来る!」
『了解。』
条件反射で答えるが、状況を理解できない。
―砲撃?砲撃って何だ?―
体に染みついた反射で体はすでに撤退を開始している。
背中を見せることはできない。後ずさりをしつつ、屋外へと向かう。他の者も同じ様に撤退を開始している。
射撃戦を続けながら、ゆっくりとした後退だった。
「各員、遮蔽物に隠れろ。」
アニョウの命令だ。
―隠れる場所は無い。何が起きる?建物の中にまだ居た方がいいのか?―
ブルー1は悩む。
だが、時間は悩むことを許してくれない。
すぐ外の畑から爆発音とともに爆風と砲弾の破片が襲い掛かる。
装甲のないレッド小隊の体に幾つもの破片が食い込み、血反吐と肉片を周囲に撒き散らかす。
腕をとばされる者。足をとばされる者。首に深々と破片が刺さる者。腹を切り裂かれ腸がこぼれる者。背中から胸部へと破片が貫通する者。
レッド小隊は、P90のマガジンを全身にまとわせていたが、P90のマガジンは樹脂製であり、防御効果は一切ない。
「くそっ!レッド大丈夫か?」
とっさにそんな言葉がブルー1から出る。だが、明らかに致命傷だった。全員の出血は止めようがなかった。
ブルー小隊は、レッド小隊が肉の壁となって守られたに等しい。
一方、砲撃の余波は敵にも及んでいた。
銃撃が止んだ。
「全隊走れ!次が来るまでに少しでも離れろ!」
「警告、砲撃音一。」
アニョウとドライアイスの命令と警告が入る。
「盾を捨てて、走れ。逃げろ!」
ブルー1は、ブルー小隊の四人に命令をようやく下す。
―くそ、砲撃って迫撃砲のことか。座学でやったのに思い出せなかった。そんな攻撃が来るなんて思わなかった。
くそ。レッド達が死んだのは経験不足だ。俺が悪いんじゃない。俺じゃない。俺じゃない。
ああ、ボディアーマーが重い。邪魔だ。走りづらい。だけど脱いでいる暇はない。
くそくそ、走るしかない。こんなところで死にたくない。やっと、糞ったれの裏町から脱出して、人間になれたんだ。
絶対に生き残ってやる。―
次の砲撃は、母屋に直撃だった。ブルー小隊の背後から爆風と家の破片が襲い掛かる。
ブルー1は爆風に吹き飛ばされ、地面を転がされる。ボディアーマーとヘルメットのお陰で衝撃は吸収され、大したダメージを受けなかった。
「みんな無事か?」
ブルー1が振り返る。そこには、血だまりに沈む四人がいた。
ボディアーマーの隙間から入り込んだ破片が、肉体を刻みつけ肉片を周囲にばら撒いていた。四肢を痙攣させ、意識は混濁している様だ。
「皆立て、走れ。」
だが、誰もブルー1の声に反応しない。
「了解。砲撃音三分間隔。次弾、九十秒後着弾。」
ドライアイスの警告が発せられる。
ブルー1は、踵を返し走り出す。
―すまないみんな。俺は死ねない。絶対に生き残る。ブラックのあの子に思いを告げるんだ。こんなところで死ねるか!―
それがブルー1の最後の思考となった。
何が起きたかは分からない。
もう、それを気にする必要は無い。
こうして、アニョウ達が育て上げたレッド小隊とブルー小隊は肉片と化し、ジャングルに消えた。




