49.教室
子供達がアニョウ包囲網を縮めていく。
そして、ある地点に近づいた瞬間、ドサリドサリと重い音が立て続けに響いた。
「罠だ。」
「足元に注意!」
「この平地は危険だ。」
「左側は大丈夫だ。」
「そっちに回れ。」
と慌てふためく声がアニョウの背後、七時方向から聞こえてきた。
しばらくすると、四時方向からもドサリドサリと同じ音が聞こえた。
「こっちも罠だ。」
「避けろ避けろ。」
「右は罠が無いぞ。」
「そっちだ。」
「足元に気をつけろ。」
同じ様なことを子供たちが喚く。
―おやおや、草を結んだ只の輪に足を取られてこけたか。兵士としての訓練はまだまだだな。その過程に進んでいないのか、素養が無いのか、どちらだろうな。はい、これで全周が破綻。背後の敵も正面へと合流し、包囲作戦失敗。このまま逃げてもいいが、ガキどもは納得しないだろうな。―
とアニョウは事の発端を思い出す。
ネービャと共に校舎に戻ると一つの教室が教師を取り囲み、騒いでいた。
「俺達が射撃できるはずだ。」
「なぜ、あんなオッサンに譲らなくちゃならない。」
「俺達はこの日をずっと待ってたんだ。」
「たった一人が撃つくらいなら、俺達が撃つスペースあるだろう。」
「今すぐ、段取りしろよ。」
という具合に生徒三十名ほどに取り囲まれ、銃を撃たせろと詰められていた。
ネービャは教室に入る。誰も気づかない。ネービャは、誰もいない空間に向け、ファイブセブンを抜き、引き金を絞る。
パンと乾いた音が教室に響き、一瞬で静まり返る。
射撃音と共に遮蔽物に身を隠したのは、先生一人のみであった。
子供達は音源へと視線を向け、銃口が自分たちに向いていることにようやく気が付いた。
それでも射線から身を隠そうとする者は居ない。兵士としての訓練を受けていないのか、未熟か、のどちらかだろう。
「全員動くな。話すな。教室長前に出ろ。」
ネービャの命令に子供達は大人しく従う。見たところ十五歳前後の日焼けした少年が前に出る。どうやらこの子供が教室長らしい。
「状況を簡単に説明しろ。」
ネービャは銃口を教室長へと向けながら詰問する。
「カンパニーのお偉いさんでもない奴が突然やってきて、俺らが待ち望んでいた実銃射撃を邪魔されたっす。むっちゃムカついてるっす。
俺達の射撃訓練に混ざるのであれば、納得できっけど、貸し切りは我慢できないっす。
俺達、この日の為にペイント弾で我慢してたっす。」
「で、担任に詰め寄って要望していたわけか。」
「そうっす。」
「わかってねえな。こんなんだから、貸し切りにするんだよ。手前らみたいに自分をコントロールできない人間に実銃を渡して、大事なお客様と一緒にできるか?普通に考えろ。できる訳ねえだろ。馬鹿野郎。誰か一人トチ狂って、客に銃口を向けてみいどうなると思ってんだぁ。あぁ。言ってみい。」
「誰に銃口を向けてるんだと言ってぶん殴られるっす。」
「甘えぇ…。なあ、アニョウ、お前は銃口を向けられたらどうする?」
ネービャの背後に居たアニョウに声が掛けられる。
「即座に射殺する。マガジンが装填されていなくとも射殺する。安全装置がかかっていても射殺する。殺意がなくとも射殺する。ジョークであっても射殺する。」
淡々と述べるアニョウの声は低い。アニョウはティハを守る為、こんなところで死ぬわけにはいかない。子供の命などここでは軽い。補充などスラムに行けば容易いのだ。
アニョウの返答に子供たちの顔色から血の気が去る。アニョウが嘘でも大げさに言っている訳でもなく、事実を述べていることにすぎないことが実感できたからだ。
「これが、モノホンの兵士だ。俺はお前達の命の恩人だぞ。
銃の反動に負けて、銃口が客に向いてみろ。その瞬間、お前達はハチの巣だぞ。そんな世界にお前達は足を踏み込むんだ。いい加減、ストリートギャングの癖は抜け。さっさと死ぬぞ。」
「わ、わかったす。その客は凄腕なんすか?」
「隣国の内戦で五体満足生きているぞ。」
子供達から驚嘆の声が上がる。
「確か、ローラー作戦で反乱軍は全滅とか。」
「東部に十万人投入して、ジャングルを虱潰しにしたってな。」
「雨季の満水のダムを爆破して水攻めしたとか。」
「それの生き残りか、すげえ~。」
そこかしこで驚きと感嘆の声が上がる。心なしかアニョウへの敵意が和らぎ、尊敬のまなざしがチラホラと混ざる。
ようやく、教室から熱気が去り、落ち着いた空気が流れ始める。
頭に昇った血が下がった教室長が口を開く。
「すんません。そこまで考えていなかったす。」
「ほら、席に戻れ。今なら何も無かったことにしてやる。」
銃口で席を指し示す。
「ネービャさん、お願いがあるっす。俺達がどこまでできるか教えて欲しいっす。自分たちの実力を知りたいっす。」
「何が言いたい?」
「客人と摸擬戦を希望するっす。」
「客であるアニョウに何のメリットもないだろう。やる意味がわからん。」
「けど、俺らには自分らがどこに立っているか分かるっす。分かれば、カンパニーの為、仲間の為、自分の為、もっと頑張れるっす。
もう路地裏に戻りたくないっす。食べる物も着る物も寝る所もない。命を奪い奪われ、命を繋ぐ。そんな生活に戻りたくないっす。
俺はカンパニーで出世して、家を買いたいっす。庭付きで犬を放し飼いにしても生活できるようになりたいっす。
これは、本物を知るチャンスっす。俺達に本物を教えて欲しいっす。」
教室長の目は真剣だった。ストリートチャイルドは、大人になれるのが半数。それまでに、餓死や病死、または殺害される。
大人になれても学が無く、働き口は限られている。男は日雇いの肉体労働かギャングの使い走りで肉体を酷使し、若死にする。
女は春を売り、精神と肉体を病んで死ぬ。
共通する死に方は薬中毒だ。薬にはまり、心も体もボロボロになってぼろきれの様に道端で死ぬ。
長生きはできない。うまく物乞いの組合に入り込むことができれば、そこそこの年齢まで物乞いとして生きていくことはできるだろう。
だが、物乞いは組合により完全に管理された職業だ。誰がどこのエリアを担当し、上納金を収めるなど事細かに決められている。
空き缶一つ置いて、街角で物乞いをしようものならば、すぐに組合と提携しているギャングがやってきて行方不明になるだろう。
あれは、そういう仕組みが出来上がっている。
流れ者やストリートチャイルドが入り込む余地は無い。
カンパニーも下部組織に物乞い組合を幾つか囲い込んでいることだろう。
ネービャはファイブセブンをホルスターに戻し、アニョウに向き直る。その顔は悪だくみに満ちていた。
「なあなあ、お前さん。」
ネービャは馴れ馴れしくアニョウの肩に腕を回し、耳元で囁く。
「ここは一つ摸擬戦やらねえか。俺もお前の実力を知りたいんだわ。無理にとは言わんが、ここで実力を見せておけば上層部の覚えも良くなるぞ。」
「つまり、さらに待遇が良くなるということか。」
「そういうことだ。ちょいと馬鹿どもをひねってやってくれ。」
―待遇が良くなる。つまり、カンパニーで出世すれば、自由度が増えるだろう。今の何も知らされない状況から知る立場へと変化する。
それは、ティハを守るための力となるか…。―
何も言わないアニョウに対し、ネービャは話を続ける。
「ルールはシンプル。アニョウ対ガキ三十人。ゴム弾で生き残った方が勝ち。フィールドは二キロ四方のジャングル。怪我は骨折迄。ガンガン、ゴム弾を当ててやれ。お前さんなら余裕だろう。あんな烏合の衆。簡単に蹴散らせるだろう。」
「ネービャはできるのか?」
「いや~、数の暴力には勝てんな。半人前でも三十人も集まれば脅威だ。俺はパスだ。」
「それを俺に勧めるのか。正気と思えん。が、負ける気はしないな。」
その言葉を聞いた瞬間、ネービャは子供達へと振り返り宣言する。
「全員、戦闘準備。校庭に集合。摸擬戦を行う。走れ。」
「イエス、サー!」
子供達が校庭へと一斉に走り出し、教室にはアニョウ、ネービャ、先生の三人だけが残された。
「俺はやるって言っていないぞ。」
「勝ったら、女子生徒を好きにしていいぞ。褒美だな。」
「いらん。興味無い。」
「ああ、男の方が良かったか。」
「そうだな。そっちならば考えてもいいな。」
「へ?アニョウは男色家なのか?」
「違う。使えそうな奴がいれば手下にしたい。」
「なるほど、その手があるな。ふむふむ、そうか。その線がいこう。
よし、考えておこう。まあ、頑張れよ。負けてもペナルティはないからな。」
こうして、なし崩し的にアニョウは摸擬戦に巻き込まれるのだった。




