47.経験
天高く昇る太陽がアニョウの肌をジリジリと焼く。湿度も高く、肌にまとわりつく空気も暑い。
今、アニョウはジャングルで敵に囲まれていた。
だが、敵の練度は低く、新兵同様であった。正直に言えば、突破することは可能だった。
それどころか、全滅させることも容易いと言えた。
アニョウは音が出ぬ様に静かに溜息をついた。
―なんで、俺がこんな面倒なことをするんだ。いったい俺が奴らに何をした。俺は何もしていない。恨まれることはないはずだ。わからん。ガキの考えは本当に分からん。殺しは禁止。怪我は骨折まで。こんな縛りプレイの戦争なんて無いぞ。
クソガキ共の練習台にされるなんて、面倒なことになってしまった…。―
アニョウは、稚拙な敵の包囲が狭まるのを感じながら、ゴム弾をマガジンに装填したサブマシンガンP90を握り直した。
三時間前。
アニョウは目隠しをされ、ジャングルに連れ出された。まだ、マフィアに信頼はされていない様だ。
車から降ろされ、目隠しをとる。そこはジャングルを切り開いた広大な運動場と射撃場が目の前に広がっていた。すぐ横には平屋建ての木造校舎が一棟建っていた。
校舎は教室二つ、職員室、医務室、食堂等があるようだ。
窓は大きく開けられ、ガラスは嵌められていない。風がそのまま校舎を吹き抜けていく。
教室には、十代前半の子供が数十人集められている。男女比率は、偏っている。ほぼ男子だ。女子は歳の割に体格が良く、男子と運動能力に差が無さそうな者達だった。
皆に共通している特徴は、ストリートチルドレンの不良共と同じ雰囲気を纏っている。
大人を信じず、いや、憎み、妬み、這い上がろうと野望に満ちた目をしている。
つまり、マフィアの予備軍だ。ここから出世し、幹部に抜擢される者も出てくるのかもしれない。
もしくは、全員が使い捨てにされ、二・三年の命しかないかもしれない。
つまり、ここはマフィアが使えそうな孤児を拾い、教育と訓練を施して構成員にする学校なのだろう。
もっとも施される教育は、学問は算数と地図の見方程度だろう。メインは、脅迫、誘拐、強盗などの犯罪指南だろう。
そして、体育の代わりに軍隊まがいの訓練をする。つまり犯罪者予備校だ。
それでマフィアにとって便利な鉄砲玉の出来上がりだ。
補充は簡単だ。ストリートチルドレンにとって寝食が保証されるのは大きな利点だ。さらに手柄を立てれば、マフィアに取り入れられ、それなりの地位を得ることも可能だ。
貧困から抜け出す大チャンスに違いない。スカウトされれば、NOとは言わないだろう。
そんな学校に闖入者が一人現れたわけだ。注目を浴びないはずが無い。皆の視線がアニョウへと集中した。
校舎から三十代前半の男がアニョウへと近づいてくる。
Tシャツが弾けんばかりの筋骨隆々の体躯に、毛の一本も生えていないスキンヘッド。暴力を商売にする者の特有の危険な気配を周囲に放つ。
男は自信にあふれた態度でアニョウへと右手を差し出す。アニョウは素直に握り返す。恐れなど微塵も抱かない。握手程度で不利になる様な敵ではない。
男は強く握る。力比べでも始まるかと思ったが、すぐに解放された。そこまで知能指数が低い訳ではないようだ。
「よく来たな。アニョウ。俺はお前を担当するネービャだ。武器習熟訓練を担当する。カンパニーからは優秀な人材だと聞いているが、俺流で教える。いいな。」
「武器習熟訓練とは何のことだ。俺は何も聞いていない。俺は何をすればいい?」
「カンパニーの秘密主義は変わらねえな。説明無しかい。アニョウも聞かねえのか?」
「俺から聞くことは無い。言われたことを可能な限り遂行するだけだ。」
「軍人みたいな奴だな。元ゲリラだと聞いているぞ。」
「その認識でいい。元ゲリラだ。」
余計な情報は渡さないに限る。アニョウはあえて軍人であったことは明かさない。
「何、使ってた?」
「AK―47だ。」
「想像通りか。OK。まあ、最初は戸惑うだろうが、数をこなして馴染んでくれ。俺が撃たせても良いと判断したら、射撃場で実射させてやる。さて、何日で実射に辿り着けるか楽しみだな。さて、教官室へついて来い。そこで相棒とご対面だ。」
「わかった、よろしく頼む。ネービャ。」
そして、二人は校舎に入り教官室へと向かった。仕切りがほぼない校舎の移動中、子供達に見つめられていた。
無論、歓迎の視線はただの一つも無い。どちらかと言えば、敵意に近かった。
教官室と呼ばれる部屋へと入る。ここは窓ガラスが嵌められ、エアコンも効いていた。
どうやら、子供達と待遇が大きく違うようだ。
隅の机をネービャが指す。その机には、サブマシンガンのP90が置かれていた。メーカーはサブマシンガンとは言ってはいない。個人防御兵器という新しいカテゴリーで宣伝している。
サブマシンガンは、ハンドガンと同じ銃弾を使用することが多い。つまり、速射性と装弾容量はハンドガンより優れているが貫通性や命中精度はハンドガンと変わらない。
ドラマや映画では、ハンドガンを使って一撃必中で敵を仕留めているシーンが多いが、実戦では不可能に等しい。動いている目標物にはまず当たらない。射程距離はそこそこあるが、それが有効射程距離となると互いの顔がハッキリと区別できる距離でなければならない。
二百から三百メートルの交戦距離が普通の戦場では、全く役に立たないのがハンドガンとサブマシンガンだ。
だが、塹壕戦ではどうだろうか。曲がりくねった通路。敵と出会うのは直前。道幅は狭く、左右に走れない。ライフルは銃身が長く即座に振り返ることができないが、銃身の短いサブマシンガンならば自由に取り回しができる。サブマシンガンは塹壕の王者だった。
だが、塹壕戦は廃れ、近代戦の交戦距離では役に立たなくなってしまった。
さらにボディアーマーの性能が向上し、至近距離ですらアーマーを貫くことができなくなった。
そこで、命中精度を高め、ボディアーマーを貫通するサブマシンガンが開発された。従来の拳銃弾を使用することは止め、専用弾を使用するサブマシンガンだった。メーカーは、これは新しい武器であることを明確化にするために個人防御兵器という新ジャンルを確立した。
だが、メーカーの思いとは別に多くの人間がサブマシンガンの一種だと認識している。
命中率、威力が向上し、アサルトライフルの代わりに成りうる性能だったが、致命的欠点があった。それは専用弾を使用することだ。
従来の拳銃弾を使用するサブマシンガンであれば、9ミリパラベノム弾というハンドガンの大多数が採用している銃弾を使用できる。
つまり、補給が容易いのだ。ハンドガンから銃弾をかき集めることもできるし、ガンショップにも普通に販売されている。
だが、専用弾を使用するP90は、その汎用性が無い。簡単に補給できないのだ。さらにデビュー当時は、専用弾を他に流用することもできなかった。
P90専用弾を使用するハンドガンが発売されたのは、デビューから十年後であった。
だが、9ミリのハンドガンよりも命中精度も貫通能力も比較にならぬほどの威力を発揮した。しかし、欠点が一つあった。P90専用弾は拳銃弾より長いのだ。ゆえにハンドガンのマガジンも長くなり、グリップが大きく太くなってしまった。小柄な人間には、引き金を引くことも難しい。
だが、成人男性が使用する分には問題は無かった。9ミリに慣れた人間は違和感があるが、それも習熟訓練でどうとでもなることであった。
どうやら、その訓練にアニョウは参加させられる様だ。
よく見れば、P90の隣には、ファイブセブンが置かれている。P90専用弾を使用するハンドガンだ。
どうやら、マフィアは武装をP90で統一している様だ。
―M-16やM-4の方が普及し、銃弾も手に入れやすいだろうに…。どういう拘りだ?理解できん。コストを考えれば、AK-47の後継であるAK-74でも良いと思うのだが、これだけは確かだな。ここのマフィアは金を持っている。それもかなりの大金だ。恐らく国内だけのマフィアではないだろう。世界規模のマフィアだ。これは、意外にも好条件のところに拾われたかもしれない。
P90の高い専用弾を撃ち放題か。羽振りのいい話だが、逆に言えば、普通のサブマシンガンでは対応できない敵と相対しているということか。
かなり危険な組織の様だ。己の身の振り方を考えておくに越したことは無いな。―
アニョウは、マフィアに対する認識を改めた。
―いつでも逃げられる。どうにでもなる。そう考えていた。だが、装備の拘り、それを向ける相手。そこから導かれた考えでは、マフィアから逃れることは至難の業であるということだ。
訓練をまじめに受け、早くクリアした方が心証は良いだろう。やれやれ、面倒な組織に入ってしまったものだ。―
とP90が置かれた机の椅子に座るまでの間に考えたことであった。
ネービャの説明の元、P90の操作、分解、組み立ての説明を受ける。
そして、実銃に手を触れた瞬間、視界が真っ白に染まった。
だが、今回は一瞬だった。すぐに現実に戻る。一瞬、アニョウが気を失ったことにネービャは気づいていない。
―参ったな。これも訓練済み、いや実戦経験済みか。敵はハイジャック犯。狭い飛行機内でも銃身の短いP90は取り回しが楽で、乗客を誤射する可能性が低い為、これで突入したのか。一体、俺は何者なのだ。どこかの軍のスペシャルフォースに所属していたのは間違いない様だが…。―
アニョウが戻った記憶は、ハイジャック犯制圧戦だった。突撃から十一人のハイジャック犯を射殺するまで三分間。その時の記憶が蘇ったのだ。
その時に使用していた武器がP90だったのだ。
アニョウはネービャの前で、教えられた通り即座に分解組み立てを一発で行う。
「これでいいか?」
ネービャは目を大きく開き、驚いている。初めて触る銃の分解組み立てを一度の説明でできるとは思わないからだ。
ネービャはマガジンと本体に銃弾が入っていないことを確認し、空撃ちをする。
「OKだ。完璧に組みあがっている。念のため、もう一回してくれるか。」
「了解。」
アニョウは、ばらし、組み上げる。そして壁へ向かって空撃ちをする。
カチリと正常に動作した。
「OK。ファイブセブンもいけるか?」
アニョウは、分解組み立てから空撃ちまで淀むことなく行う。
「OKOK。射撃場に行こう。さらなるミラクルを見せてくれるんだろう。」
「期待に添いたいところだな。」
そう言うとアニョウは、P90とファイブセブンを持ち、教官室を後にした。




