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『私はアイリスって呼んで』
ちっちゃい妖精さん、名前あったんだね。
セディはアイリスにもお茶を、と言ったが、妖精さん用の小さなサイズの食器なんてない。
するとシロクマちゃん達がドールハウス用のミニチュア食器を出した。
それだけではなく、テーブルとソファも。
人間用のテーブルの上に人形用の応接セットを置いてアイリスにくつろいでもらう。
かわいい。
写真撮ってもいいですか?
コープランドが近づいてくると、これからの話になった。
「段取りを聞かせてくれ」とアデル。
セディは1つ頷いた。
「今から迷宮を誕生させます」
「え? 被災地の人達は大丈夫なの?」
つい口をはさんでしまった。
だって、あの街結構大きかったから人はいっぱいいたよね?
この世界では引越しって簡単じゃないんでしょ?
大人数を受け入れる余力のある街とかもそうそうあるワケないし。
「こっちは2ヶ月も準備期間がありましたからね」
「あぅ…2ヶ月も余計に不便な思いをさせて申し訳ないです」
龍が街を破壊してから私達が迷宮を攻略するまで3ヶ月以上経っていた。
だからアデルは貸出期間をせめて1ヶ月で収めようとしていたのに、埒が明かないと思って私が口を出したから2ヶ月になっちゃったのよね……
「いえ、何事も望み通りにいかないものです。妥協と譲歩は必要です。ですがこちらの都合で民に不便を強いた分、手厚い補償を約束しましょう」
セディは外交にも出ているらしいから交渉事には慣れてるんだろう。
感情ではなく手持ちのカードで対処するタイプ。
「人がいるのに迷宮建てていいの? またデッカイのが出来上がったら危なくない?」
同じ迷宮が誕生する事はないって聞いてたけど、小さい迷宮になるという保証はないのだ。
「勿論、その辺も抜かりありませんよ」
私が質問攻めにしたせいか、セディは詳しく説明してくれた。
ダンジョンコアが戻って来るのが2ヶ月後と聞いて最初に手を付けたのは周辺諸国への報復と街づくりだった。
新迷宮の候補地はバレバレだし、コアを手に入れたと気付かせない為に街は人間の力で再建すると見せかける必要があった。
「まあ、そうすると、迷宮設置時に人払いをしないといけない訳で。そんな大掛かりな動きを見せると何かあると嗅ぎ付けられ妨害行為を受ける事になるでしょう。なのでその時期すら悟らせない為には自然に人払いをしないとなりません。そこで地中から呪いのアイテムが発見されたという事にして解呪するまで工事は一時中止としました」
手を付けたのは中心地から。
そこは領主の館などがある貴族街だ。
市民はもともと中心地から離れた場所に住居を構える為、そちらから先に作る事にしたので常に人払い状態。
コープランドはもともと城塞都市ではなかったので壁はない。
故に、どこから手を付けてもOK。
というか、中心地は迷宮に巻き込まれて壊滅するだろうから最初から外側から作るのが好ましいのだが。
「中心地は立ち入り禁止にしていますので人払いは完了。なので今から特攻してダンジョン・コアを発動させます」
なるほど、ゲリラライブね!
……違うか。
「古い文献によると、迷宮は7日かけて育ちます。迷宮都市も時間がかかるので同時に発動させます。コアですが、発動すると周辺一帯を飲み込むと言われています。まあ、なので全力で逃げるのですが。そこでこの飛行船で一気に離れます」
「迷宮誕生の影響はどこまで広がるの? 居住エリアまで届かない?」
「文献には街1つ分と書かれていましたが、大昔の街は今より小さかったので大丈夫でしょう。念の為、バリアの用意もあります」
なら、大丈夫かな?
それにしても、壊す時は一瞬だったが作る時は1週間か。
まるで神による天地創造だね。
「1つ大事なお話があります。10日程前、【聖堂迷宮】が踏破されました。ざまぁです」
フフフ、と笑うセディの微笑みは黒かった。
そう、【聖堂迷宮】はノア王国の東側に位置する隣国メルビル王国にあったものだ。
ノア王国にコアを寄こせと喧嘩を吹っ掛けてきた隣国の1つだねぇ。
資金源を失い、経済制裁を受けるというダブルパンチ。
経済破綻したら国民がとばっちりを受けるんだからお手柔らかに……
【聖堂迷宮】は大昔、隣国の迷宮を踏破して持ち帰ったコアで誕生させたものだったので卑怯な手で奪ったというワケではない。
今回踏破した探索者パーティーはその隣国の者達だったので取り返した体になった。
実は、その隣国は後に周辺の小さな国々が集まって合衆国となったので国自体はないという複雑な事情があったりするが、今回それは問題ではない。
「じゃあ、新しい迷宮が誕生したの!?」
短期間に2つも一新されるの!?
ビックリしてセディを見ると、首を横に振った。
「コアは教会本部に寄進されました」
うそ……探索者にも手が回っているってコト!?
「…というのは表向きで、どうやら教会の裏戦力である『ルプス』の者達が肩書を偽っていたようです」
それってもしかして……
「あなた方を襲った者達でしょう」
ああ、やっぱり本当に強いんだ、あの人達……
移動時間も含めて、2ヶ月足らずで迷宮を踏破したなんて……
私達がコアを手にし、それを奪おうとし、でも失敗した。
代わりに他の迷宮のコアを手に入れたのは名誉挽回のつもりだろうか?
それとも、自分達で手に入れないといつまでもコアが揃わないからと、戦略を変えたのだろうか?
後者だったら、ノア王国に出来る新迷宮も踏破しに来るだろう。
止める、なんて無理。
新たな問題勃発だ。
「しかも、最深部到達前に連絡など一切なかったものだから、スタンピード対策が遅れて一悶着あったんですが、勇者パーティーが冒険者ではなく探索者だった事で責任の所在を有耶無耶にされましてね」
あ、セディがまた怒りの笑みをたたえているわ……
「ところで、教会の地下に居た吸血鬼の始祖はどうなったの?」
ここに迷宮を作っても大丈夫なのだろうか?
「こちらで封印しています。そしてコア発動時に飲み込ませようと思っています」
おおぅ、それなら不死の始祖を倒せるかもね。
しかも迷宮のいい養分になるだろう。
一石二鳥だ。
よく考えてある。
でも、絶対深層のボスになるだろうなぁ。
難易度の高い迷宮になったりして。
コープランド上空に着いた。
みんな窓に集まる。
中心だけ更地だ。
外にいくにしたがって瓦礫が多い。
あんなところで何ヶ月も……
「あの中心に始祖がいます」とセディが指をさす。
セオの大司教館があった場所かな?
土を均しただけの広場。
簡易的な建物と魔法陣。
あの屋根の下に始祖がいるんだ……
「えっと、素朴な疑問なんだけど、オーブはコアに飲み込まれないの?」
「文献にはスウェイン皇国の迷宮都市はダンジョン・コアとクリスタルオーブを同時に発動させたとあります」
競合しないんだ…
さすが、魔女さんにも解明できない不思議物質だな。
まるで神の御業。
神器級の代物だよね。
って、まさか神様が関係してないよね……?
思わずシロクマちゃん達を見た。
いくら何でも知らないだろうけど。
知っていたらもうちょっと口出しただろうし。
「どしたのー?」
「私達の顔にー」
「何かついてるー?」
みんな同じ方向に首をかしげるのかわいい。
じゃなくて…
「ううん。そういえば、セオの大司教館のサロンの壁に神様の姿が描かれていたでしょ?あの人がシロクマちゃん達の知っている神様?」
声を落として尋ねたら、シロクマちゃん達もこしょこしょと答えてくれた。
「違うよー」
「全然似てないー」
「あんな格好もしてないー」
そっか。
神の姿は人間には知られていないんだな。
でも、私がギリシャ神話っぽいと思ったって事は、見た事もない神様の想像図が前世と似てるって事になる。
ま、この世界自体が前世の中世ヨーロッパ風だし、感性が似ているのも頷けるわ。
「だいぶ通り過ぎたけど、いいの?」
「ええ。旋回して戻ってきた時にトップスピードで走り抜けながら、上空から中央広場にコアとオーブを投げ込みます」
そんなに逃げないといけないとは、よっぽど巻き込みの力が強いのね……
「誰が投げるの?」
私じゃなくてもちゃんと中央広場に落とせるのか疑問が残るんだけど…
めっちゃ逃げないといけないなら、居住区の方に寄せちゃったら危ないよね?
「俺に任せとけ。お前より上手くやってみせるぜ」
「ヒューバートも私をノーコンって揶揄うのね!」
私は幼女なんだから手もちっさいし、腕も短いし、筋力もないし、バランス感覚も鍛えられてないだけなの!
「そうじゃなくって、慣性の法則が働いてかなりズレると思うけど、大丈夫?」
「なんだ、それ?」
あう、私も人に説明できるほど理解しているワケじゃないんだけど…
「今、私達は結構なスピードで空を飛んでいるでしょ?上にボールを投げたらボールはどんな動きをする?」
「そりゃー………」
ヒューバートは固まった。
ちゃんと手元に落ちてくると答えようとしたが、先にナナが言った「結構なスピードで空を飛んでいる」という言葉が引っ掛かって自分の答えに自信がなくなったのだ。
「だったらー」
「実験しようー」
「おもしろそー」
代表してシロクマちゃん達が3匹同時にボールを上に投げた。
勿論、みんな手元に落ちてきた。
「普通にキャッチボールも出来るよね?」
今度は三角に位置取りしてボールを投げる。
普通にキャッチできる。
「これが慣性の法則よ」
「全然わかんねぇ」
ヒューバートに全員が賛同した。
う~む、言葉で説明するのって難しいわぁ。
私はただ、コアを狙った場所に落とすのは難しいんじゃないかと気付いて欲しいだけなんだけど…
色々なシチュエーションを与えたら想像してくれるかしら?
「んじゃ、時速100キロで進んでいる乗り物から外に向かって進行方向と逆に同じスピードでボールを投げたらどうなると思う?」
「そりゃー………」
またしても言葉に詰まった。
ガリレオの相対性原理を知らないので、乗り物の中と外という新たな条件を提示されて混乱したのだ。
「これは今すぐに実験できないから答えを言っちゃうと、ほとんど真下にポトリと落ちるんだよね、これが」
「なんでそうなるんだ!?」
ジュードがめっちゃ喰いついてきた!
錬金術師だけど、こういうコトは知らないのかな?
「速度が相殺されるからだよ」
「今、飛行船の中では普通にキャッチボールできるだろ!?」とメイソンも乗ってきた
「それは空気も一緒に動いているし」
「空気なんて何の抵抗のないものが関係あるか!?」とヒューバート。
みんな科学の実験に興味を持った子供みたい。
シロクマちゃん達はくふくふと口元に手を当てて笑っている。
これはまたしても私の頭の中を覗いて実験動画を見たな?
やっぱり映像は強いわ。
「私がここで何を言おうが、自分の目で見た方がハッキリするから、後で実験しよう?」
大人達は頷いた。
セディまで目をキラキラさせてる。
これは飛行場に帰ったら実験大会になりそうだ。
「じゃあ、もう1つ実験を増やしてみよう。馬車に乗っている人が、歩道にいる人とすれ違う瞬間にボールを投げ渡したらどうなる?」
「普通にパス出来るだろう?」とアデル。
「ブブー。馬車の進行方向に数メートルズレる。が正解です」
「嘘だ!お前がノーコンだから出来ないだけだろ!?」
「ノーコン、ノーコンうるさいわっ。後で実験したらわかるわよ」
というワケで、いきなりコアを落とすのではなくて、まずは鉄の塊を落としてみる事になった。
失敗できないんだから、予行演習は必要だよね!




