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大司教セオドアの護衛をしていた大男の名前はジャック。

とっても無口だけど、話は聞いてくれているみたい。

高い所に行きたいと言ったら、さっき訪れた大聖堂の鐘楼に連れてこられた。

延々と続く狭い螺旋階段。

どうやら700段以上あるらしい。

地獄である。

それなのに、文句も言わず私を肩車したまま上っていくジャック。


す、すまぬ……

この世界は通常は中世ヨーロッパ風だったね……

【巨大迷宮】も迷宮都市『デルタ8』も転移陣とかエレベーターがあったからすっかり失念していたよぅ。


「マジでゴメンね。考えなしに高いトコロとか言っちゃって…」


「ん」


素直かっ! 文句言ってもいいんだよ!?

他に人がいないって事は、普通は誰も登ったりしないって事だよね!?

なんだか不憫に思い、ジャックの頭をナデナデした。


途中で鐘楼を追い越したけど、今鳴ったら気絶するのでは…?


「鐘は普段正午にしか鳴らない」


今は10時過ぎ。

通常の鐘の他に、カリヨンもある。

音階を調整した鐘がいくつもあって、ワイヤーで鍵盤と繋がっている楽器である。

音色は聞いてみたいが……


「普段はって、緊急時には突然鳴ったりするの?」


「魔物の襲撃とか、火事とか」


お、おぅ……

今鳴らないことを祈る……


無事、20分くらいで天辺に到着した。

展望台はちょっと広い。

が、ちびっこの私には窓は床から始まっているワケではないので、外は見えにくい。


「もうちょっと上があるぞ」


ここからは自力で階段を上ると空が広がった。

ここが正真正銘、人が上れる最高地点。

塔を360度ぐるりと歩ける回廊になっていた。

が、こっちも柵があるので街並みを見るのは難しい。

気を利かせたジャックが肩車をしてくれるのだが。

前世みたいに観光地によくある安全対策として金網で覆ってあるとか何にもないのだ。

強めの風がちょっと怖い。

ジャックの頭をきゅっと掴んだら、くすりと笑われた気がした。

バレバレだからねっ! っと頭をぺしぺししたら、足をしっかりと掴んでくれた。


川側を眺める。

海は見えない。

ここからまだ100kmはあるという。

ずっと船内にいたから知らなかった。

広すぎる川幅、大小さまざまな船の数々。

帆を畳んだ帆船がずらりと岸に並んでいた。

それだけでなく、引っ切り無しに行き来する船の多いこと。

大型船が通れるような場所に橋はない。

渡し舟が主流だ。

人が多く住んでいる港の傍などは大丈夫だが、人気が少ないと川に住む魔物に襲われることもあるとか……


私はジャックに気付かれないよう、こっそりカメラを出して風景を写した。

シロクマちゃん達にも見せてあげたい。

あー…シロクマちゃん達どうしてるかな?

私のコト、探してくれてるかな…?




下に降りると11時過ぎだった。

正午の鐘の音を聞きたいのなら、少し離れた方が丁度いい音の大きさになるらしいので大聖堂から300mくらい離れる。

そこは丁度公園なのでゆっくりできた。


「お昼前だけど、ジュース飲みたいねぇ」


言ったら、買ってきてくれるそうだ。

アイテムボックスを使えると悟らせないように、腰のポーチからコップを出すふりをする。

こっちでは飲み物のテイクアウトはない。

使い捨ての食器がないからその場で飲まない場合はコップや水筒をお店に持参して入れてもらうのだ。

なので、コップをジャックに渡す。

子供用の木製のコップをジャックが持つとお人形サイズだね。

ジャックは素直にちょっと離れている屋台へと向かった。

どうやら、もう逃げないとわかってくれたらしい。

ま、隷属の首輪が外れるまでは大人しくしてますよー。


ベンチでボーっとしていると、背後から声を掛けられた。


「こんなところで何やってんだ?」


「にゃ!?」


このベンチは背中合わせに設置されてるけど、人が座った気配なんて全くなかったよ! びっくりした!


「振り向くな」


「えぇぇぇぇぇ」


もう見ちゃったよ。

ウサ耳のおにぃさんじゃん!

座面に膝立ちになって、背もたれに上半身を預ける。

近くで見て確信した。

黒いウサ耳は見間違いじゃなかった!

キラキラした目で見たら、めっさ怖い顔で睨まれた。

うむ、解せぬ。


「貨物船の食堂に居たおにいさんでしょ?」


バンダナで潰したウサ耳がピンっと固まってるよ!

じっと見ていたら、しおしおとペタンコになった。

そして眉間をぐしぐしと揉む。


「えっと、私に何かご用?」


「………逃げ出せたんだよな?」


質問したのに答えてくれないのね。


「まだだねぇ。この首輪を外すには19時以降じゃないと無理なんだって」


シロクマちゃん達なら外せるのになぁ。


「危険はないのか?」


全然こっちを見ないね。

まさか、昼下がりの公園で幼女に話しかけるのは事案なの!?

周りをキョロキョロしたけど、誰もこっちを気にしてない。


「今のところはね。コレちょっと壊れてるみたいで、精神支配は出来ないっぽい」


ウサ耳おにぃさんは顎に手を当て考え込んだ。


もしかして心配して探しに来てくれたの?

船長さんは私をアッサリ売り渡したのにね!

思い出してほっぺを膨らませていると、ベンチに猫が飛び乗ってきた。


「にゃ~、かわいいぃぃぃぃぃ」


この世界では、街中でよく猫を見かける。

備蓄の穀物を狙うネズミを追い払ってくれるので重宝されているのだ。

逆に貴族は犬を飼う。

狩りに連れて行くから。


この白黒のハチワレさんはふっくらしているから飼い猫かも。

公園にいるなんて、行動範囲が広いんだなぁ。


撫でても逃げない。

人懐っこいね。


ふと気づくと、ウサ耳のおにぃさんはいなくなっていた。

きっと、心配してくれたんだよね?

ありがとう。

でも、危ないから私に関わらない方がいいよ。



ジャックが戻ってきた。

オレンジジュースを受け取る。

しぼりたて100%生!

うまうま。



ウサ耳おにぃさんはジャックに姿を見られないよう木陰に入り身を隠した。

自分は昼には港を出る船に戻らねばならない。

急いで【文蝶】を飛ばす。


『首輪が外れない限り身動きが取れないようだ』


上司に指示を仰ぐ。

そう、彼はセディの『草』だった。

現地に潜伏し、命令がなければずっと現地人のフリをし続ける情報専門のスパイ。


返事はすぐに来た。


『救出は他の者があたる』


ウサ耳おにぃさんは港へ向かった。




正午、カリヨンの鐘の音が響き渡った。

とても荘厳で美しい。

古い鐘の方が音がいいという。

この音は500年物らしい。

たった十数個の音階が奏でているとは思えないほどの重厚感。

1分にも満たない演奏は終わっても私の耳に余韻を残した。



ジュースを飲み終わっても、ハチワレさんは私の膝の上にいた。

が、急に立ち上がって去って行った。

と思ったら止まってこっちを振り返る。


なんだろう?

ついて来て欲しいの?


ホイホイされて辿り着いたのはテントの前。

公園の一角にサーカス団が来ていた。

テントを見上げていたら、ハチワレさんの姿は見失ってしまった。

秋が終わり、冬になればサーカス団はテントを畳んで移動してしまう。

折角なので中に入った。




こちらは川を下っているアデル達。

先程【文蝶】を受け取り、4人と3匹はこめかみに青筋を作っていた。

今、初めてナナが隷属の首輪をつけられている事を知ったのだ。

サイラスの手が速度を調整するスロットルを限界まで倒した。

お陰で予定より1時間は早く着いた。

メイヤーズ港に正式に入港するのは手間も時間もかかるのでちょい手前で河原に船をつける。


「ナナはどっちー?」

「んーっと……こっちー!」

「あー、船はアイテムボックスにー」


「待て待て。距離はどれくらいだ?馬車を拾った方が早くないか?」とサイラス。


走り出そうとするシロクマちゃん達を皆で一斉に抱き上げる。


「んーとね、2kmくらい先でね、サーカス見てるー」とラムネちゃん。


「サーカスー!?」

「わたしも見たいー」


うまく馬車を拾うことが出来た。

シロクマちゃん達は馬車の屋根の荷台できゃっきゃとはしゃぐ。

対して、アデル達はサーカスと聞いて心配が杞憂に終わったかとホッとしたが、余裕が生まれると段々ムカついてきて不機嫌オーラ全開。

車内の雰囲気は最悪で、ジュードはついて来た事を後悔していた。




公園ではほどなくしてサーカス始まった。

家族4人でやっている小さなサーカスだった。

満席ではないけど、ジャックは背が高いから一番後ろに座っている。


ジャグリングやアクロバット、パントマイムくらいの小規模なパフォーマンス。

でも、動物がいた。

にゃんこ達が綱渡りとか演奏とかやるの!

かわい過ぎる……っ!!!


あ、さっきのハチワレさんだ!

撫でさせてくれたのは営業だったの!?


1時間弱の公演はあっという間だった。

カーテンコール後、客が、特に子供達がステージの周りに集まる。

私も駆け寄ったら、ハチワレさんが近寄って来た。

手を出すと、頭を寄せてくれた。


「んもう、営業上手なんだから」


んなーっと機嫌よく一鳴きしてくるんと身を翻した。

バイバイ。

楽しかったよ!


ホクホクしてテントを出ると、知った顔が仁王立ちしていた。

アデル達がなんか怒っているみたいだけど、そんな事より……


「シロクマちゃん達…っ!!」


「「「ナナーっ!!!」」」


飛び込んでくる3匹を受け止める。

ああ、この温もり、このモフモフっ!

再会の感動に酔いしれていたが、外野の声が耳に入った。


「あれって犬?」

「シロクマじゃない?」

「あれ、サーカスから逃げ出したのかな?」

「シロクマって出てたっけ?」

「わたしも触りたいー」


あわわ、急いでここを離れた方がよさそうだ。

が、ジャックに摘まみ上げられた。

久々だな、この扱い……


「その手を放せっ!」


武器を構えるアデル達。

シロクマちゃん達もナナを返せーっと憤慨している。

いや、こんなところで戦闘とかヤメてちょ…?

人だかりが出来かかってる……


「あー、ちょっと落ち着いて?」


ぷら~んと摘ままれたまま、私は騒ぎを収めるのに苦労した。

サーカスの余興だと思われたようで、みんなでその場を立ち去る時は拍手が起こったよ……


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