44
ハーキュリーズ試験飛行場はパニックに陥っていた。
ランチにやって来ない幼女+3匹を探していたら、変な場所に放置されていた馬車を発見。
その中にはシロクマちゃん達とメリッサ、そして傍に御者が倒れていたからだ。
「ナナは何処だ!?」
アデルの叫びに答えられる者はいなかった。
すぐにセディに【文蝶】を飛ばした。
『ナナが誘拐された』と。
自分の持つ『影』よりも、王家の『草』の方が情報が早い。
ナナに付けていた『影』は四六時中側に居て守るのではなく、不穏な輩を排除しまわるタイプ。
それに何より、今回はイチゴちゃんの転移魔法で飛んできたので『影』は側に居なかった。
ナナは迷宮都市にいると思われているハズだったので油断もあった。
そう、ナナが囮などとは単なる被害妄想。
これは本当に不測の事態だった。
アデル達は飛行場内を隈なく探した。
が、何処にもいない。
ご飯も食べずに駆けずり回り、日も暮れてしまった。
医務室にシロクマちゃん達とメリッサと御者を寝かせている。
アデル達はベッドの脇の窓際に座っていた。
「連絡も来ない。クマ達もまだ目を覚まさない」とアデル。
ラムネちゃんが起きてくれさえすれば【千里眼】でナナの居場所がわかるかもしれないのだが……
「ナナも眠ったままなのかな?」とアデル。
「連絡がないという事は、そういう事なのだろう…」とレスター。
「この眠り方は魔法か?」とアデル。
「『眠り香』かも?」とレスター。
「両方ともここまで効き目は長くない。迷宮遺物では?」とサイラス。
「大正解」と寝たフリをしている御者は心の中で呟いた。
実は御者はとっくに目を覚ましていた。
そもそも、御者は別の人物を拉致する為に潜伏していた。
だが、より重要人物が目の前にいる。
ならばと予定を変更する事にした。
ただ、隷属の首輪を1個しか持っていなかった。
目が覚めて暴れられては敵わない。
だがまあ、テイマーを洗脳すれば従魔は自ずという事を聞くので3匹は放置していても問題ないだろうと、とりまナナだけ誘拐したのだった。
彼が行ったのは次の通り。
ナナ達が馬車に乗り込んですぐに『糸車の針』という呪いのアイテムを使用した。
もちろん迷宮遺物だ。
サイラス大正解。
呪いのアイテムは『いばら姫』モチーフだが、100年の眠りなんて強力な効果はない。
せいぜい24時間。
ただ、魔力抵抗が強い人は早く目覚める可能性あり。
使用するにあたり、直接対象に針を刺す必要はない。
条件は密室。
1回使用したら消えてしまうアイテムなので足がつかない。
眠ったのを確認し、馬車を目立たない場所に移動させる。
ナナに隷属の首輪をはめ、袋に詰めて定期船の人間に金を握らせたら自分は馬車に戻って睡眠薬を飲む。
途中で目が覚めても寝たフリをし、頃合いを見て起きれば誰から見ても被害者である。
自分を疑う者はいないだろう。
ちびゴーレムという目撃者がいた事を知らない御者は楽観視していた……
一方、アデルから報告を受けて方々に指示を出していたセディ。
セディもアデルの報告書を読んでナナを『特異点』だと思っている。
それだけでなく、一緒に遊園地で遊んだ小さなお友達なのだ。
イチゴちゃんが転移魔法を使える事を国王に秘密にしてでも守るくらい大切に思っている。
全力で捜索にあたらせているが色よい報告は来ない。
国王まで話を持っていくか迷っていた……
明日の朝、王と顔を合わせる朝食までに居場所がわからなかったら王に協力を仰ごう……
その為にはナナがどれほど有用かを証明しなければならない…
転移魔法の事を話せばナナが自由を失ってしまう。
が、このまま知らない場所で辛い目に遭うかもしれないのなら、せめて自分の目の届く範囲で……
話はハーキュリーズ試験飛行場に戻る。
その夜はいつシロクマちゃん達が起きてもいいようにアデル達は同じ部屋で交代で眠った。
しかし、翌朝になってもまだ目を覚まさないシロクマちゃん達。
「頼む、起きてくれ……」
布団を剥いで縋る様にラムネちゃんを抱っこするアデル。
「……んぁ?」
「起きたか!?」
「んにゃ~………おはよー?」
サイラスとレスターもイチゴちゃんとカリンちゃんを抱っこする。
「あり~……朝ー?」
「うにゅ~……お腹空いたー」
シロクマちゃん達が目を覚ました!
「ナナが誘拐された!」
一気に目が覚めたシロクマちゃん達は怒りまくった。
「むきーっ、誰だ!私達のナナを攫ったのはー!!」
「不覚ーっ、眠らされるなんてー!!」
「許さーんっ、カチコミだー!!」
「一旦落ち着け。ナナがどこにいるかわかるか?」とサイラス。
ラムネちゃんが【千里眼】を使った。
が、モフモフなのに顔色が悪くなったのがわかった。
「どうしようっ、有効範囲外ー…」
ラムネちゃんは蒼天みたいに何処までも見渡せるワケではなかった。
熟練度が足りない。
目が届くのはせいぜい5km未満と言ったところだ。
1日近くも移動したナナを見つけるのは不可能だった。
遅すぎたか……
誰もが諦めた。
悲痛な表情を隠す様に下を向く。
ふと、夜空色の蝶が現れた。
セディからだ!
アデルが急いで手を伸ばす。
『ナナを発見。大型貨物帆船にてハドリー川を下流へ移動中。本日午前、フローレス領のメイヤーズ港で受け渡しとの事。至急向かわれたし』
3人と3匹は馬の調達に医務室を飛び出した。
「ちっ、もう嗅ぎつけやがったか……」
人のいなくなった医務室。
御者は起き上がって独り言ちた。
懐から取り出したメモ帳にサラサラと書きつけ1枚破った。
「【エスト・パーピリオ(蝶になれ)】」
メモが赤い蝶となった。
ふわりと羽ばたき、飛び立つ。
が、シャッとカーテンを開ける音がしたと思ったら、ナイフが飛んできて羽根を貫き壁に縫い付けた。
文蝶の魔法は解け、ただのメモ紙に戻った。
「誰だ!?」
御者は医務室のベッドを仕切るカーテンを勢いよく開いた。
すると、向かいのベッドに人がいた。
「私も起きてたんですよ」
メリッサだった。
シロクマちゃん達が騒いでいた時に少し意識が浮上した。
ぼやぼやした意識の中、聞こえてきた会話の内容で自分達の状況を知ったのだった。
そんな時にいかにも犯人と思しきセリフが耳に入る。
その上、何処かと連絡を取ろうとしているではないか。
だから咄嗟に、魔力を追いかける術が施されたナイフを投げたというワケだ。
「よくも眠らせてくれたわね。おまけに幼女誘拐ですって!?」
「ちっ、めんどくせぇな。遺体の処理は面倒なんだよ」
遠回しな殺害宣言。
物騒だが、メリッサは引かない。
「あら、宮廷錬金術師を舐めない方がいいわよ」
メリッサはさっき投げたナイフみたいに、兄に護身用アイテムをいっぱい持たされていた。
「笑止!」
御者がメリッサに飛び掛かったが、手に持ったナイフが届くことはなかった。
御者は巨大な植物に挟まれて身動きが取れないでいた。
「改良したハエトリソウよ。素早く動くモノだけを狙うの」
メリッサは御者がカーテンを開ける前にハエトリソウの種をベッドの下に滑らせておいた。
それは数秒で発芽し、獲物を狙っていたのだった。
「警報ブザーを鳴らしたからもうすぐ衛兵が来るわ。観念なさい」
警報ブザーと言っても、大きな音が鳴るわけではない。
対となる探知機に報せが入る仕組みだった。
御者は不敵に笑った。
こんな状況で何ができるの!?
メリッサは身構えたが、為す術もなかった。
ハエトリソウが爆発した。
爆風に飛ばされ気を失うメリッサ。
衛兵が駆け付けた時には御者の姿はなく、メモも燃え尽きていた。
爆音を聞きつけ駆け付けたアデル達。
遅れて副所長達も慌ててやって来た。
衛兵にメリッサが倒れていたと知らされ、副所長が駆け寄った。
出勤してきた医者がメリッサの怪我の具合を見る。
火傷は大したことないし、吹き飛ばされた衝撃で気を失っているだけとのこと。
「御者がいないな」とサイラス。
誰もが奴が犯人だろうと結論付けた。
副所長は怪我人の治療と御者の捜索と現場の片付け等を部下に命じた。
「こんな時に悪いが、オレ達はナナを追いかける」とアデル。
「居場所が分かったのですか?」と副所長。
「ああ。かなり遠い。急ぐ」
「遠い?何処ですか?」
「メイヤーズ港だ」
「ふむ……もしかして、馬で行くつもりですか?」
「他にないだろう?」
「川を下るならいい方法がありますよ」
事件から20時間ほど経っている。
馬で駆けても1日60km程度。
ここから300km以上離れた港まで5日もかかってしまう。
船を出してくれるなら、とアデル達は副所長について行った。
「じゃじゃ~ん!『魔導機艇』です!」
研究棟の一角に船があった。
なんでも、飛空艇の研究途中に思いついて副所長が趣味で作ったのだという。
「馬は疲れるので走り続けられませんが、『魔導機艇』なら魔力さえあれば最高時速90kmです。川には他の船舶などの障害物もあるし、カーブを曲がり切れないといけないので平均50kmでしょうが、それでも6時間ほどでメイヤーズ港まで行けますよ」
「それは素晴らしい!」
副所長が自慢げに説明した『魔導機艇』は帆のない小型船。
地球で言うところのプレジャーボートだ。
マリンレジャーでよく見る、操縦席だけカバーの付いたオープンタイプのモーターボートと言えばいいのだろうか。
「操縦者はこちらで用意します。なので後4人乗れます」
船の後部にベンチが2つあるだけなのでもっと乗れそうだが、重量制限があるのでやはり後4人とのこと。
ならば勿論アデル、サイラス、レスターとシロクマちゃん達だ。
シロクマちゃん達は体重が軽いので3匹で1人分である。
港は少し上流にあるので、研究棟に近い河原に魔導機艇を馬で牽引し、直接川に浮かべる。
「操縦者は誰だ?」とアデル。
「僕です」
ニコリと返事をしたのは副所長。
「はあ!? お前が現場を離れてどうする!?」
「現場はココじゃない!」
「握りこぶしで力説しても、ダメだろ」
「だって! 僕のかわいいメリッサが怪我させられたんだよ!? 許さない!」
メリッサは副所長の義理の妹だった。
御者もその一味も根絶やしにしてやるんだ!と譲らない。
「敵は俺らがとってきてやるよ、ひょろガリ」
戦えないだろお前、という目で見られ、図星の副所長。
「………どっちにしろ、コレ運転できるの僕だけなんで」
開き直りやがった。
アデルは周りを見渡した。
副所長の護衛がサッと視線を外した。
どっちだ? 本当にこいつしかいないのか? それとも他にいるのを知ってて隠しているのか?
「お前達は護衛としてついて行かなくていいのか?」
「そいつらは僕の護衛じゃなくて、所長がつけた監視だから」
僕が活躍するのが許せないんだよ、と付け加えられた言葉で察した。
所長は研究者でも何でもない上級貴族。
名ばかりの役職のくせに、手柄を独り占めしようとしているのだと。
誘拐犯を追うのは魔導飛行船完成の功績とは関係ないし、なんならこのままいなくなってくれても構わないとでも思っているのだろう。
ちっ、貴族ってマジでめんどくせぇな。
「わかった、時間が惜しい。行こう」
アデル達が乗り込んでも、護衛は止めなかった。
「しっかり掴まっててね」
副所長がいくつか操作すると、船の後方から水が噴射された。
ゆっくり岸から離れる。
「いくよっ」
水の噴射が強くなり、あっという間にトップスピードに乗った。
水を吸い上げて吐き出す力で進む『ウォータージェット推進システム』である。
水上オートバイでよく使われているシステムだ。
きゃっきゃとはしゃぐシロクマちゃん達。
だが、アデル達は初めてのスピードに不安を感じていた。
この速さでぶつかったらどれほどの衝撃を被るのか…?
大型船を追い抜いていく。
「どうだ、スゴいだろ!」
副所長も子供のようにはしゃいでいる。
「って、前見ろ、前っ!!」
「ぎゃーーーーーーーっ!?」
間一髪舵を切って正面衝突は免れたが、すれ違った大型船の波に乗り上げてしまい、船体が跳ねた。
ふわりと感じた浮遊感にゾッとしたアデル達。
シロクマちゃん達はさらにはしゃいだ。
「お、まえ、本当に運転に慣れてるんだろうな!?」とアデル。
「いや、だって、この船走らせるの初めてだもん」
「ふざけんなーーーーーーーっ!!!」
アデルの叫びなんぞどこ吹く風。
ひゃっはーっと血走った瞳でスピードを上げる。
副所長はハンドルを握ると人格が変わるタイプだった。
ナナ、出番なし…




