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西門から迷宮都市『デルタ8』を出た。
極力直線で向かうから、少し進路を外れている【庭園迷宮】には寄らないらしい。
商隊は短距離定期便といった感じなので、幌馬車が2台のこじんまりとした隊だ。
規模が大きい方が魔物にも盗賊にも襲われにくいので家馬車が1台増えるだけでも安全が向上するので歓迎された。
しかも子供なのにD級冒険者なので腕がいいのだろうと、もしもの時は期待されているようだ。
もちろん、やぶさかではない。
休憩で焚火を囲んでいるこの護衛(荷運びもする)2人は冒険者ではなく、商隊専属だそうだ。
夫婦でこの定期便を担当しているらしい。
まあね、定期便(週2)ならそっちの方が安上りだろう。
それに何と言っても信頼度が違う。
「イーデン王国内は少し荒れているらしいです。その影響で難民がこっちに流れて来ていて国境付近は治安があまりよくありません」
情報は商人にとって生命線だ。
護衛も商会の一員の意識が高い為にアンテナを広く張っている。
イーデン王国はオーランド帝国、ザカライア共和国、クルト連邦国の3ヵ国と隣接している。
今回の疫病の発生地はかなりオーランド帝国に近かった為、その付近から逃げ出したイーデン国民の一部がオーランドに亡命してきているらしい。
イーデン王国は疫病患者の隔離の為に小さな村々を焼き払ってしまったのだ。
冬の間だけ都市部に出稼ぎに出ていたその村出身の若者が故郷の仕打ちに反発し、賛同した者達の抗議活動が無関係の市民の不満を呼び込み大きな流れとなって国との武力衝突にまで発展した。
いったん沈静化したものの、一触即発らしい。
「今、王国ではティリオン教の宣教師が活発に活動していて異様な雰囲気ですよ」
ティリオン教会は世界中にあるが、熱心な信者以外には生活とはほぼ無縁である。
この世界は多神教で、一般人は一柱の神だけを崇めたてまつるなんて事はしない。
教会は神に仕える人がいる場所、くらいの認識だ。
勿論人々は寄付をするし、教会側も奉仕をする。
神聖な物ではあるが、都市機構の一部と考えられている。
それなのに、入信を進めるような演説を広場で声高らかに叫ばれても雑音でしかないだろう。
「そういう事もあり、ギリギリまでオーランド帝国内を通るルートにしています」
これは、グレアムに感謝だな。
自力での移動だったら、そこまで気が回らなかっただろう。
ちなみに、お昼休憩にたぬき蕎麦をふるまった。
リアム見てたら『緑のたぬき』を思い出して…
でもリアムは蕎麦よりも食後のデザートの方が嬉しそうにしてた。
今度からコーヒーは甘くした方がいいのかな?
夜、みんなでログハウスで休む。
冬仕様に真ん中に囲炉裏を設置したのでほんのり暖かい。
寝る時は囲炉裏の周りで雑魚寝だ。
お馬さんは鍵付きの馬房でお休み中。
で、これは裏技なんだけど、馬車ごと荷物をアイテムボックスに保管したので見張りはいりません!
早く思いつけばよかったね!
でも、囲炉裏の火を絶やすと寒いので誰かが火の番をしないと…
「それなら私達がやるわよ。本来は外で見張りをしないといけなかったのだから」
護衛のお二人のお言葉に甘えさせていただきました。
そんなこんなで4日が経った。
この辺りまで来ると、数cmだけど雪が積もっている。
だいぶ北に来たんだなぁ。
なのに、リアムとは距離を感じるのよねぇ。
常に眠そうではあるけど、別に愛想が悪いワケじゃない。
ただ、時々遠巻きに見られてるような?
しっぽ触ろうとしたの嫌だったのかなぁ…
じっと見てたら隠されるようになったし…
ん?そういえば、シロクマちゃん達がリアムに絡みにいかないなぁ…
警戒していた第2皇子には自分から構いにいってたのに?
寒いのへっちゃらなシロクマちゃん達の居る家馬車の上に登った。
雪だるまを作って遊んでた。
かわいい。
写真撮った。
「シロクマちゃん達、何だかおとなしいね?リアムに遊んでもらわないの?」
「んー」
「なんかー」
「ちがうのー」
何が?
「えっと、悪い人、とか?」
「んー」
「それはー」
「わかんないー」
おぉぅ、私もわかんない…
でも、警戒をした方がいいのかな…?
寒いのですぐ室内に戻った。
「キャラメルマキアートだよ」
「これはこれはありがとうございます」
甘い物が好きだとわかってから、リアムへの差し入れは甘い系にした。
ちゃんと喜んでくれているのはわかるのよ。
しっぽが犬みたいにユラユラしてるから。
「リアムは、普段何してる人?」
「え?それはどういう意味ですか?」
「ん~、この旅、往復1ヶ月くらいの長旅じゃない?よく時間とれたなぁって思って」
子守りを言い付けられて左遷されたって思ってたら、お腹の中ではムカムカしてるのでは…?
「ああ、普通に内勤ですよ。事務方です。ちゃんと引継ぎをしてきましたから大丈夫ですよ?」
あわわわわっ、何でそんな人がコーディネーターなの!?
御者までやってるよ!?
やっぱり左遷!?リアムって何やらかしちゃったの!?
横領とかしちゃった!?
(それは犯罪です)
それからナナの監視が始まった。
馬車を運転している時も、休憩の時も、トイレに立った時も、食事中も……
何もないじゃない。
荷物にも、資金にも手を付ける素振りはないよ?
でも、なんだかソワソワしてるんだよねぇ?
(((見られていることに気づいているからだろうね…)))
シロクマちゃん達のじとっとした視線に気づけないナナだった。
夜、いつものようにログハウスでまたーりする。
「今夜の火の番ですが、後半は私が担当しますよ」
今日の商隊の皆さんは幌馬車1台で護衛も1人だった。
おじいちゃんと孫みたいな2人。
リアムが立候補してくれてみんなホッとした。
しかし午前2時の交代後、リアムは皆が寝入ったのを確認して外へ出た。
ふっと目が覚めた。
シロクマちゃん達と団子になって寝ているので寒いワケじゃない。
でも、トイレ……
うう、気づいたら我慢できないよぅ。
シロクマちゃん達を起こさないようそっとお布団から這い出る。
トイレは外だけど、しっかり着込むのもめんどい。
横着してコートだけ羽織った。
あれ?リアムがいない…
トイレかな?
大人数じゃないから1個しか出してないんだよねぇ。
戻って来るまで待つか…
囲炉裏に薪を足す。
焚火ってなんかいいよね。
ボーっと見てられる。
…………………………………………………………おしっこ!
幼女の体でトイレ我慢は無理があった。
外に出て、トイレをもう1個出そう!
冷気で皆が起きないよう、少しだけ開けて一瞬で外に出る。
ドアに落ちた自分の影で明るさを知り振り返る。
わぁ…!でっかい満月!
っと、月を背にして誰かが立っていた。
逆行でシルエットしかわかんない。
え、盗賊!?
「ナナ……やっぱり、気づいていたんですね?」
え?リアムなの?トイレ終わったんだね!
よかった、盗賊じゃなくて。
てか、何の話…?
「仕方ありませんね。知られてしまったからには…」
「いや、だから何の話…?」
困惑気味のナナを置いてきぼりに、上着を投げ捨てたリアムの輪郭が崩れた。
平均的だった身長がみるみる膨らんでいく。
ひょろりとしていた体躯は野性的なシルエットへと変貌し、耳がピンと立ち、髪の毛がフサァっと伸びてタテガミみたいになった。
鋭い爪と牙……狼みたいだ……
「きゃぁう!かっこいい!あんまりタヌキっぽくないね!」
「……………へ?」
「もっふもふだね!抱きついていい!?」
返事が返ってくる前にもう首に巻き付いたナナ。
リアムはナナを首にぶら下げたまま硬直していた。
ナンダコレ…???
「あなた…私が人狼だって気づいて討伐しようとしたのではないのですか?」
「ほぇ?人狼?たぬきさんじゃないの?」
話しにくいのでナナを抱っこするリアム。
「えーっと、つまり……」
「ちょっと待って!…おしっこ……」
リアムは急いでトイレに連れて行ってくれた。
「ふー、人心地~」
出てきたら、リアムは人間に戻っていたし、シロクマちゃん達もいた。
心配してくれたんだね。ありがとう。
仕切り直して、話をしようか。
皆を起こすといけないから、中には入らず扉の外の階段に座った。
寒いのでリアムの膝の上に登ったら、シロクマちゃん達も登ってきてくっつき合ったのでぬっくぬくだ。
「えっと、私が怖くはないのですか?」
「別に?なんで?」
「だって、人狼なのですよ?」
「うん、獣人みたいなものでしょ?」
「違いますよ。人狼は魔石を持つれっきとした魔物です」
「それを言うなら、シロクマちゃん達だってそうだよ?」
「………………そうですね」
「ふふっ、リアムってそんなこと気にしてたの?」
「そりゃあ、しますよ!仲間はみんな討伐されたんですから!」
「それは…なんかゴメン…」
「あ、いえ、あなたの所為ではありません。すみません、怒鳴ってしまって」
「ううん。リアムは話が通じるし、人間社会で生きているのに何で人間は討伐しようとするんだろうね?」
「昔、村を一つ滅ぼした同胞がいます」
「それは怖いね」
「でしょう?だったら…」
「リアムはそんな事しないでしょ?そもそも、人間だって殺人鬼とかいるから種族だけで判断されてもねぇ」
「あなたは、何というか…変わってますね?」
「かわ………いやいや、普通の子供じゃん!」
「いえ、それはないですね」
「即答!肯定!真顔!シロクマちゃん達も頷いてる!」
ナナの膨らんだほっぺをぷひゅっと潰してフフッと笑うリアム。
だが、すぐにしょんもりした。
「初日に、あなたがしっぽをじっと見つめるのでタヌキではないとバレたと思いました。人狼だということまでバレただろうか?と疑心暗鬼になりましたが、あなたは何も言ってこない。その後もずっとチラチラ見られて、いつ討伐されるかハラハラしていたんですよ」
「え……あれはしっぽをモフリたいなーって見てただけだけど…」
「……………………………………」
沈黙がなんか気まずい……
「実はね、人懐っこいシロクマちゃん達がリアムを避けてるみたいだったから、悪い人なのかなって見極めようとしてたんだよ」
「……………………………………」
だから、沈黙が気まずいんだって!
「えっと、シロクマちゃん達、今は平気なの?何でリアムを避けてたの?」
「だってー」
「たぬきなのにー」
「緑じゃないんだもんー」
…………………………………………はい?
あっ、リアムがたぬきだって聞いてから度々口ずさんでたね、あのCMソング。
『あ~かいきつねと みどりのたっぬっき~』
で、お蕎麦食べたくなって……
「たぬきじゃないならー」
「緑じゃなくてもー」
「だいじょぶだもんねー」
えぇぇぇぇぇぇぇ、そういう理屈???
ナナは納得していなかったが、リアムは苦笑した。
噓をついているのが気持ち悪かったのだろう、と。
「私を、テイムしてくれませんか?」
「えっっっっ!?それは………」
そもそも、私、生活魔法を選んだんだからテイマーじゃなくない?
シロクマちゃん達の時は名前つけてって言われて付けたら自動でテイムできたけど、やり方わかんないよ………
「えっとね、主従関係より、お友達がいいな?」
「………忠犬になりますよ?」
「狼でしょ!」
「ダメですか?」
「ダメです」
「………私、強いですよ?」
「ダメなものはダメです!」
「そうだー」
「ナナはー」
「わたし達のものなのー」
「残念ですねぇ」
キシャーっと威嚇するシロクマちゃん達に苦笑するしかないリアム。
「そろそろ戻りましょうか」
扉を開けると2人が起きていた。
「起こしてゴメンね?リアムにトイレに連れて行ってもらってたんだ。そしたらお月様がでっかいまんまるでね、お月見してたの」
物は言いよう。
肝心な事は何も言ってないが、嘘も言っていない。
2人は何の疑いもせずに外に出て空を仰いだ。
オレンジ色の大きな大きな満月。
空は黒いのに辺りは影が落ちるくらい明るい。
積もった雪も月明りを反射してキラキラしている。
見事な月夜に皆でひとしきり感動して再びお布団に潜り込んだ。
そう言えば、ネイティブアメリカンは1月の満月を『ウルフムーン』って言うんじゃなかったっけ?
飢えた狼が遠吠えをする季節、とか……
ナナは夜食と言ってリアムにメロンパンを押し付けてから眠った。
今度は真面目に火の番をするリアム。
幸せそうに眠るナナを見て、しっぽがユラユラ揺れていた。




