26
グレアムの宮殿はこの迷宮都市で一番高い建物なので部屋はいっぱいある為に貴族連中が押し寄せてきても全員余裕で収容できていた。
第2皇子は最上階じゃなくても文句を言わなかったのか、1つ下の階を使っていた。
なんとなくグレアムについて来ちゃった。
エレベーターの中でシロクマちゃんが出してくれた不織布のマスクをみんな付ける。
部屋のインターホンを鳴らしても「殿下はお会いになりません」としか返事が返ってこない。
仕方ないのでマスターキーを使って部屋に押し入る。
「具合はどうですか?」
メイドを押し退けるように寝室のドアを開くと、第2皇子は従僕に支えられて体を起こそうとしていた。
背中に大量のクッションを敷き詰め安定させる。
第2皇子は眉間にシワを寄せてグレアムを睨みつけた。
「入室は許可していないが?」
「そんな事を言っている場合ですか?」
「お前には関係な…っ」
第2皇子はひどく咳き込んだ。
あらら、兄弟仲悪そうね?
皇子、ピンク髪のサラサラストレートロング…
瞳は青か緑か判別がつかないな。
お顔はクールビューティー。
氷の貴公子タイプだね。
でも今は高熱も相まって、色気あるなぁ。
グレアムはベッドの傍らにいた医者に視線で促した。
「……一昨日の深夜から高熱、関節痛、筋肉痛、激しい頭痛が起こり、今朝から時々意識混濁が見られます」
「一昨日だと!?何でもっと早く教えてくれなかった!?」
「その…殿下が…グレアム殿下には言ってはならないと…」
何でだよ!?そんなに俺が信用ならねぇのか!?
俺がこれ幸いに暗殺するとでも思ったのかよ!?
「第2殿下は今の状況をご理解なさっているんですか?」
「…うるさい、出ていむぐ」
あわわ、いつの間にかベッドに乗り上げていたシロクマちゃん達がいきなりストローを第2皇子の口に押し付けた。
突飛な行動に周囲の大人達はフリーズした。
シロクマちゃん達、ナースキャップかぶってるのかわいい。
ラムネちゃんだけ白衣と聴診器。
あとで写真撮らせてもらおう。
「のど乾いてないー?」
「飲めるだけ飲んでー」
「ゆっくりねー」
ストローを挿したハイポトニックスポドリをぐいぐい押し付けるシロクマちゃん。
皇子は押し退けることなくしばらく見つめ合っていたが、ちゅーっと大人しく飲んだ。
もふもふ小動物の好意には抗えまい。
第2皇子、実はいい人説あるんじゃない?
シロクマちゃんが500mlペットボトルをいっぱい出すので、「1時間に2本までね」と一言添えた。
ハッと金縛りが解けたグレアムが再び口を開く。
「感染症なんですから早急に適切な対策をとらなければならない事くらいわらかないんですか?」
第2皇子はもうシカトを決め込んだのか、お布団の上でわちゃわちゃやっているシロクマちゃん達をぼ~っと眺めている。
3匹はシャカシャカとシェーカーを振りだした。
「ご飯食べたー?」
「食欲ないならー」
「まずはコレー」
皇子はシェイカーにストローを挿して差し出すシロクマちゃんごと膝にのせて飲み始めた。
味覚はぶっ壊れているだろうが、香料で多少味は感じるだろう。
私はメイドちゃんに置き換えダイエットスムージーの作り方を教えた。
水か牛乳に粉を溶かすだけだけどね。
幼女に指示されて素直に頷く大人達。
見るからに迷宮遺物だった為、神にも縋る思いで神妙に受け取っていた。
あと、メイドさん達は高級品を大量に渡されて実はめっちゃ緊張してた。
メイドさんとあれこれ確認していたら、またシロクマちゃんが第2皇子の口に何か突っ込んだ。
「のどの痛みにはー」
「ハッカのトローチー」
「ゆっくりなめてねー」
口に入れた途端ハッカの清涼感が広がり、のどの痛みが軽減しですうっと呼吸がしやすくなったのでコクンと頷く第2皇子。
熱で朦朧としているからか素直だ。
メイドさんに、「2時間おきに1個。1日6個まで」と補足しておいた。
グレアムが小言をあきらめ部下にあれこれ指示している間、私は不思議に思っていた。
回復魔法で病気は治せない。
それは自己治癒能力を魔法で活性化すると同時に病気まで活性化するから。
というのが定説の1つだけど、戦闘中に回復魔法をかけられた人が急死したとか聞いた事ない。
もう1つ、時間を巻き戻すから欠損部位も治るという説もあるけど、それだと若返り自由自在だね。
話が逸れた。
病気…病原菌…ウイルス…毒……
そうそう、解毒は出来るよね?
毒だって何種類もあるのに、魔法は1つじゃない?
おかしくない?
ばい菌という概念はあるから【キュア(浄化)】はある。
けど、これも病気は治せない。
ウイルスという概念がないから対象外だったり?
そもそも、体内には色んな物質があるよね?
何でも活性化するのなら、活性酸素や血液凝固因子もなのでは?
でも、回復魔法をかけたら元気になってるよね?
魔法はイメージなのは感覚的に学んだ。
だったら、ウィルスをイメージできれば殺菌できるのでは?
「………………………【キュア(浄化)】」
一部屋ずつ回るのは面倒臭いので、ステッキを出していっぺんに浄化しようと魔力を込めたら5フロア分くらいカッと光った。
うむ、やり過ぎた。
「今、何やった!?」
グレアムが勢いよく振り返る。
「えっと、一応ね…?」
「何が!?」
何だろう?凄い魔法を使ったと誤解されている気がする…
魔法名が聞こえていた従僕やメイドさん達のキラキラした眼差しに居た堪れなくなっていると、文蝶が飛んできた。
グレアム宛だった。
「ノア王国からだ。特効薬の量産法を確立したから、必要ならレシピを提供できるそうだ」
ほ~ぅ、さすが魔法の世界、完成までめっちゃ早かったな。
やはり魔法は科学を越えるのか。
「んじゃ、私達は帰るね」
きゃっきゃと笑いながら後ろをついてくるシロクマちゃん達。
なぜ、魔法を暴走させると喜ぶのか…
帰りは玄関から帰った。
戻ったらすぐに自分の部屋のドアに感染者と接触したから立ち入り禁止の張り紙をした。
翌日、グレアムから文蝶が飛んできた。
みんな重篤化せずに回復傾向にあるって。
よかったね。
それと、私がかけた【キュア(浄化)】が効いたんじゃないかって書いてあった。
う~ん、でもそれは微妙なんだよね。
だって、私がイメージしたインフルエンザウイルスって『もやしもん』のヤツだもん。
そう返事したら、文蝶で『www』と返ってきた。
そして最後に、『第2皇子がお前に会わせろと煩い』と書いてあった。
まあ、そうなるよねぇ。
でも、あの人多分そんなに悪い人じゃないと思う。
シロクマちゃんを抱えはしたけど、それだけだったし。
わしゃわしゃ撫でたり、顔を近づけたりしなかった。
大きな声でもしゃべらなかった。
「ねえ、シロクマちゃん達。第2皇子のこと好き?」
「まあねー」
「別にー」
「嫌いじゃないよー」
そうよねぇ、あんなに自分から構っていたし。
何でグレアムと仲が悪いのか知らないけど、一度腹を割って話したらどうだろう?
『インフルエンザが落ち着いたら一度お会いしましょう』と伝えてもらう為、グレアムに文蝶を送った。
1週間後、インフルエンザは世界的にも落ち着いてきたと連絡を貰った。
ノア王国から世界中にタミフルのレシピを積極的に王室に送りつけたのだという。
一時的な金儲けに目がくらんで独占販売はしない。
だって、疫病が発生するたびに検問や出国禁止とかやってたら経済が停滞して世界恐慌を引き起こすかもしれないから、だって。
ノア王国って誠実なんだな。
この世界に来て最初に訪れたのがノア王国だっただけだけど、知り合いもいい人ばっかりだし、私はこの国の味方をしよう。
幼女+3匹もアデルからタミフルを貰った。
あ、名前は『タミフル』にしたんだって。
多分グレアム提案だろうけど、あの人、名前考える気ないよね?
さすが元生臭坊主。
宮殿から帰ってきて翌日に貰ったので、予防の為その日から1日1回半分の量を飲むように言われた。
シロクマちゃん達は体が小さいので3分の1ずつ。
10日間飲まないといけないけど、たぶん感染はしていない。
それから数日後、宮殿に呼ばれた。
アデル達も一緒だ。
本当はセディも出席したかったらしいが、感染症対策の為に断念した。
よって、なんとアデルがノア王国代表代理なのだ。
まあ、アフタヌーンティーにご招待、らしいのでそこまで大袈裟ではないのだけど。
15時、やっぱり着飾って宮殿へ赴く。
サロンに通され、お茶やお菓子、サンドイッチがテーブルの上に並べられていく。
今度は幼女+3匹に丁度いい高さのソファが用意されていた。
わはは、いつの間にか常連さん。
第2皇子が眉間にシワを寄せている。
機嫌が悪いのかな?
でも、視線はシロクマちゃんなのに。
ああ、抱っこしたいのを我慢しているのか。
大丈夫だよ。
今は目の前のお菓子に夢中なだけで一段落したら動き回るから、その時に捕まえればいいよ。
心の声が聞こえたわけないけど、第2皇子の表情がフッと変わった。
お仕事の顔だった。
「先日はタミフルのレシピを無償で提供いただき深謝申し上げる」と第2皇子。
無償と言いつつ、世界各国から続々と『お礼』が王室に届いているらしい。
タダだったけど、『恩』は売ったのよね、結局。
これからしばらくは何かしら交渉の場ではノア王国が有利である。
最初に開発して公開したノア王国の一人勝ちだった。
ここまでが計算だったら王族って怖い……
「とんでも御座いません。国際協力は世界平和の為には不可欠。国際社会の一員としての義務を果たしたにすぎません」
「いや、ノア王室は高尚な理念をお持ちだけでなく実践なさるとは感嘆に値する」
う~む、こういう社交辞令は難しいわぁ。
これが10代の若者の会話かね。
よくつっかえずに言えるなぁ、2人とも。
「ナナにも数々の迷宮遺物の提供感謝する」
うぉっ、こっちに来た!
「えっと、少しでもお役に立てたのなら幸いに存じます?」
((((何故、疑問形?))))
フッとみんなが笑った。
「堅苦しい話題はここまでとしよう。どうぞ召し上がれ」
お利口さんにも『まて』していたシロクマちゃん達が『よし』を聞いてお菓子に飛びついた。
本日のシロクマちゃん達の服装は王子様スタイル。
いつぞやのセディの格好が気に入ったらしく、クラバットを付けている。
クリームまみれになるから外そうか。
うん、全部は脱がなくていいんだよ。
結局すっぽんぽんになっちゃったよ。
シロクマちゃんのお陰で場は和んだが、さっきからグレアムが一言もしゃべっていない。
第2皇子の横に座っていいるものの、微妙に距離が開いている。
う~む、何をどうやって切り出したらいいんだろう?
いきなり、腹を割って話し合おうって言っても相手にされないだろうし…
『グレアム、実は第2皇子は悪い人じゃないんじゃないかと思うのだけど』
困ったときの日本語頼み。
『何が言いたい?』
『ちょっと、探りを入れてみて?』
グレアムはため息をついた。
『何の作戦も立てずに?今ここで?』
「2人だけでコソコソ話すのはお行儀が悪いから、はいどうぞ」
急に共通語に戻し、退路を断った。
お家騒動に巻き込まれるの面倒いから早く解決してね。
再びため息をつくグレアム。
幸せ逃げちゃうよ。
(誰の所為だ!)
「…疫病の脅威は去りましたが、まだ世界が平和になったとは言い難いですね」
「ん?どの角度からの切り込み…???」
「イーデンに現れた白い大鷲の姿をした疫病の魔物が、世界が滅ぶ前兆という噂が広まっています」
「私も聞いた事があります。7つの厄災という終末論ですね?」とアデル。
「ええ、幸いな事に疫病は大災害とはならずに収束しましたし、原因となった大鷲は大きな犠牲を払う事になりましたが、S級冒険者達によって排除されました」
あ、勝ったんだ。
さすが人外認定された人達だ。
でも…
「大きな犠牲って?」
「死体から瘴気が溢れ一帯が死の土地となり、冒険者も半数が犠牲になりました」
うそ、だろ…?
主人公クラスが負けるなんて!?
「この事はオフレコのハズでしたが、何故か噂になっているんですよねぇ。トリスタン帝国の商人が言いふらしているようです。ねぇ?ヴァルター殿下?」
「私は何も知らない」
「知らない?あなたの宮殿に出入りしていた者のようですが?」
「知らないものは知らない。そこまで言うのなら証拠を出せ」
「いいですよ?どうせなら皇帝陛下の元で…」
グレアムの言葉が途切れた。
目の端で動くモノ…
皆が反応した。
次の瞬間、鮮血と悲鳴が上がった。
「キャーっ!キャーっ!キャーっ!」
叫んだのは私。
第2皇子の従者が1人短刀を持って飛び出してきたので咄嗟に【バリア(障壁)】で閉じ込めたんだけど、腕を伸ばしていた所為で分断しちゃった。
腕を落とされた本人よりも、落とした張本人が一番騒がしかった。
1つ目の『キャーっ!』で男に【スリープ(睡眠)】をかけ、
2つ目の『キャーっ!』で腕を拾い、
3つ目の『キャーっ!』で【ヒール(回復)】をで腕をくっつけた。
「ふーっ、びっくりしたぁ」
「「「驚いたのはこっちだっ!」」」
全員にツッコまれた。
「しーっ、起きちゃうよ!早く縛って!」
シロクマちゃんが一番に動いて縛ってくれた。
ついでに切れてしまった袖も【リペア(修復)】して、【クリーン(清掃)】で赤いシミを消して証拠隠滅しておく。
「大丈夫か!?グレアム!!!」
鬼の形相で弟の心配をする第2皇子。
怪我がないかペタペタ触り、確かめる。
「は?ちょ、離してください!」
「怪我はないな?よかった……」
ぎゅうっと抱きしめる。
呆気に取られていたグレアムだったが、第2皇子が震えているのに気付いた。
「ヴァル兄……」
「ああ、そう呼ばれるのは久しぶりだな」
体を離し、困ったように見つめ合う2人。
彼らの耳に『カシャッ』という音が聞こえた。
音の方を向くと、グレアムが赤面した。
そう、美しい兄弟愛を激写しました。
すぐに現像して第2皇子にあげると笑顔になった。
わぉ、幼くなってちょっとグレアムに似てる。
さすが兄弟。
グレアムが恥ずかしがって第2皇子から写真を引っ手繰ろうとするけど、身長差が大きい事もあってひょいひょい避けている。
が、グレアムは運動神経がいいのでとうとう奪い、火魔法で一瞬で灰にしてしまった。
しょんもりする第2皇子。
後でまたこっそり現像してあげよう。
「仲直りが出来てよかったよ。ところでそろそろ刺客について語ろうか?」
ゲンドウポーズを決める私。
敬語は取っ払わせていただきます。
もう、カッコつけても仕方がないと第2皇子にも許可を得た。
この世界の王族ってゆるくていいわ。
グレアムは男を警備に連れていかせ、尋問を命じた。
そしてお茶を入れ直してもらい、人払いもされた。
サロンに残ったのは第2皇子、グレアム、アデルに幼女+3匹だけ。
残念ながら、サイラス達も残れなかった。
「さて、仕切り直そうか」と第2皇子。
座っている私以外の膝の上にモグモグしているシロクマちゃんがいる。
ずっとお菓子を食べていたのに、まだ入るのか。
お腹がポッコリしているけど、それもまたかわいい。
「さっきのって、狙われたのはグレアムであってる?」
「ああ、すまない。おそらく母上の手の者だろう…」
悲痛な表情の第2皇子。
「後継者争いってコトでいいのかな?」
「まあ、そうなるな」
「兄上は帝位なんて興味なかったですよね?一体どうしたんですか?」
第2皇子は語った。
4年ほど前、母親がとある思想に傾倒し始めたと。
ああ、一番厄介なヤツだ。
「地上は罪人達の牢獄で、迷宮という試練を乗り越えれば天界へ戻れる、というのが彼ら『コルウス』という秘密結社の共通理念だ」
えっ、それってあの考古学者、ジスカール・ゲオルギオスの手記の内容と似てる。
「それに似た文章を迷宮の中で見たよ。途中までしかなかったけど、最後は【碧落迷宮】に秘密がある筈だ、で終わってた」
「へぇ、トリスタン帝国の【碧落迷宮】か…」とグレアム。
「何かあるの?」
「トリスタンは私の母上の故郷だ」
ふむ。第2皇子の母親の実家か。
これは危険な臭いがプンプンするね。
「『コルウス』は試練の克服を、ダンジョン・コアの入手だと考えている」
ほ~ん。私にも話が見えてきたぞ。
「ちょっと待ってくれ。ひとまず『コルウス』の目的はわかった。が、それと兄上の立太子とどんな関係が?」
「トリスタンは単純に力が欲しいのさ。権力、武力、財力……そうできる何かが【碧落迷宮】にあるのかもしれない」
「タイミング的に終末思想と何か関係があるの?」
「どうだろうな?『コルウス』は何百年前も前から存在はしていたようだ。だが、なぜ今になって動き出したのかはわからない」
「数か月前から妙に【巨大迷宮】を踏破せよと国からせっつかれていたのは政治的判断だと思っていたんだが…」
アデルの言葉を受けて、グレアムは頷いた。
「そうか、神託か!」
「なあに、それ?」
「半年くらい前にパクストン教皇領から発表された『12人の勇者が世界を救う』というものだ」とグレアム。
「ほうほう……んじゃ、ゲオルギオスの手記と合わせると、12個のコアを【碧落迷宮】に持っていけば、天界への門が開くってコト?」
「正解だ。そしてこれが最も重要で、パクストン教皇の裏の顔が『コルウス』の最高幹部なのだ」
むむ。また新たな人物の登場!
これは複雑な話になりそう。
頭使うから糖分を摂取しなきゃ。
私はプチケーキを1つ皿に乗せた。




