47話 煌めいた夜が過ぎた日
「……朝か」
ガラス窓から朝日が差し込み、快晴な空がそこに見える。久しぶりに熟睡した気分だ。日差しが差し込む朝とは、これほどまでに気分が良いのか。儂が心の中で関心していると、儂が寝ている部屋の扉からコンコンッと叩く音が聞こ――
「おはよう!ルーダ!」
……聞こえた瞬間に扉が開かれた。普通は中にいる人から了承を得て開ける物だが、見ろ、背後にいるメイドがオロオロしているぞ。
「おはよう、エンデ。怒神とファザーは?」
「怒神はもう壊れた建築の修繕に向かってて、ファザーは図書館に行ってる」
「そうか、ルシ――」
「アレならメインストリートでハリツケにしてマス」
エンデの後ろにいたメイドがドスの効いた声でそう言い放った。ルシフェル……かなり嫌われているな。
儂等は今、とある条件を呑む代わりとして、先王によってある程度の支援を受けることになった。支援の内容は食事や食料の提供、個室や寝床の一時提供、公的施設の利用許可、無理ない範囲の資材や物資の提供、最後にこちらが戦闘を仕掛けない限り天使たちによる攻撃禁止。かなりの大盤振る舞いである。とても蹂躙した一味の待遇とは思えないほどだ。
そして先王が提示した条件は、戦闘で巻き込んだ天使や精神がボロボロになった天使の治療。破壊した建築物の修復。それさえ完璧にしてくれれば、上記の支援を約束するという。
昨日の時点で巻き込んだ重軽傷者や精神崩壊者は全てエンデとファザーの手によって回復した。建築物の修復は今日、怒神が進めるらしい。
昨日の戦闘の終わりに石板を渡して貰い、儂等の目的を話した時、先王はこう言った。
「バケモノにハンコウするキなどオキヌ。イマではこのクニをホロボサなかったダケでオンジョウとさえオモッテイル」
正直何も言い返せなかった。
城の食堂に案内されテーブルに座ると、作りたてであろう温かさを感じる料理が朝食として運ばれて来る。その中に、小さなステーキがあった。形状的に見ると牛肉。それを主張の少ないソースに包まれていた。
この凍えた世界では生物は氷像となっている。それは動物肉、魚身も例外では無い。そして既に切り分けられている物も同じく凍っており、それは野菜類の比では無い。硬過ぎるし、下手に触れればこちらが凍る。故に五十年余り、野菜のみの食生活であった。だが、見間違いでは無い。肉がある。
肉をフォークで取り、食べ、咀嚼し……あぁ、涙が出てきた。五十年以上もの肉の無い食生活。肉の味と食感と旨みに感動して、悲恋劇を見たほどの涙がボトボトと瞼から零れ落ちる。
同じ料理を出されたエンデも、深く味わいながら食べ、号泣と言って差し支えないほどの涙が出ている。エンデに至っては封印期間を合わせると、千年は肉を食べれていない。使用人たちがかなりドン引いているが関係無い。久方ぶりの肉だ。極限まで味わってやる。
食事を終え、空になった食器が下げられる。腹を擦りながら、昨日の夜に先王に一番気になっていたことを質問し聞いた情報を整理する。質問をしたものの、昨日は疲れて整理する余裕が無かったので、今のうちに思考の世界に入り浸る。
先王から聞いたこの地の差別についてだが、元々水面下で羽の無い人間を見下す差別があったらしい。だが当時の魔法使いや軍隊が普通に強く、ルシフェイル以外では確実に勝つことが難しく、当時は変わり者として見られていたらしい。だがルシフェイルのコーヒー強制誤飲事件によって、ルシフェイルと人間に憎悪が募り、その果てにルシフェイルに対し革命。そして年月の経過と交流の断絶で人間が強いことが風化して行き、現在では羽の無い人間への差別として国中に深く根付いているようだ。
つまりまとめると、ルシフェイルの自業自得と人間への完全なる飛び火である。
差別については王族が何とかするらしい。一般市民には危害を加えなかったのと、城内での攻撃はほぼルシフェイルがやった為、人間に対しては、差別は無くなるだろうと聞かされている。ルシフェイルは別だそうだ。
メイドの案内で、比較的まだマシな城の一室に案内された。城はエンデとルシフェイルによって大部分が破損または崩壊している。遠くから現在進行系で怒神が作業し修復する音が聞こえるが、この規模だとまだまだ掛かりそうだ。儂は有用そうな物を探しす為にここに案内されたが、この場にエンデはいない。エンデは駆け足で城下に降りて行っており、この国の見聞を広げたいらしい。
恐らくだが逃げた。大多数をルシフェイルが壊したとは言え、エンデも一部壊している。この城にいる天使たちはにこやかな顔をしているが、気不味かったのだろう。儂も若干気不味い。
……頭を切り替えよう。こんなことを考えていたら何も進まない。
さて、この国に来てから何度か多様な魔法具を目撃したが、天空に存在するこの国では魔法具が特産らしい。意味深コレクションとして様々な魔法具を収集している儂の目から見ても、実用性のある物ばかりだ。
「おお!まだ入るのか!凄いな魔法具のリュックは!」
王弟の計らいでこの国の様々な魔法具が一室に並べられた。その中で特に儂が注目しているのが、内容量がかなり増大した魔法具のリュック。外見に比べ何倍も入る上に、しかも軽い!見た目の重さとなんら変わりないほどだ。
「ワガクニはマホウグのイチダイサンギョウコク。ニンゲンいじょうのマホウグがアリますゾ!さてルーダドノ。ヘンレイのチジョウのギジュツテイキョウについてデスガ……」
ニンマリとした愛想笑いで王弟が手をこねる。昨日ルシフェルにボコボコにされたが、商魂逞しい様子には尊敬の念が絶えないほどだ。
「ならばもう一品見せてくれないか?旅に合う物を一つ。代わりにとある国から拝借した軍法書はどうだ?戦争をふっかけられても、言葉で言いくるめることもしやすくなるはずだ」
「アナタもオヒトがわるいデスナァ。ハハハハハ。タビニアウものデスナ?ならアレがヨイカ……マイゴボウシのマホウグはいかがデスカ?コレがアレバ、ナカマのイチがワカリ、ゴウリュウがヨウイデスヨ?」
「おお!それは助かるな!」
―――天の国・城下町―――
……避けられてるなぁ。
ルーダから逃げるように来たけど、特に用事は無いんだよなぁ。治療とかのやるべきことはやったし。
あっ、そうだ。
「この近くにおすすめの店はある?」
近くにいた天使の子供に声を掛けてみる。
「ギャ……ッ」
「ぎゃ?」
「ギャぁぁぁぁぁアァぁっ!!!」
天使の子供が奇声を上げて一目散に逃げていく。
本当に、大丈夫なんだろうか。人間への差別は無くなるらしいけど、子供がそんな反応をするなんて……正直望み薄な気がしてならない。
私の身体は天使の羽や悪魔の角みたいに変なオプションは無いし、ルーダみたいな人間にそっくりな身体的特徴を持っている。だとしても、あの子供の絶叫からはそれ以上のものを感じたけど。
「うーん。王族から渡された金はあるけど、買い食いできるかな?……店閉められそうだなぁ」
―――天の国・王立図書館―――
やはり、素材は人間か。
王立図書館と言うらしい建物の書物を読み漁り、ようやく目当ての情報を見つけた。
我はこの天の国に辿り着き、天使を見て正直驚いた。我が魔界から現世に顕現してから、既に世界が滅び生まれるほどの時間が経過している。過去に存在した魔物、竜、獣人、エルフ……様々な種族がいた。だが時と共に数を減らし、時に我のような悪魔を召喚し再びの繁栄を願い逆に悪魔に利用され滅びた種族がいたと風の噂で聞いた。
過去幾千年と今現在。たったその年月の違いでも、多くの異種族がいた記憶がある。その時はエンデールの中にいたから何故今はいないのかの理由は分からぬが。
様々な異種族がいた。様々な生物がいた。人間達が信仰対象として羽の生えた人間、かつて天使を崇めていたことも知っている。だが、我は知らぬ。エンデールと共に暴れた時も一目も見なかった。本来、天使などという生物はいなかったのだ。
ならば何故、いるのか。可能性は二つあった。一つは技術と魔法の粋を集め新たな天使という人間を生み出したか。二つ目は、錬金術によって強制的に羽を移植されたか。後者で正解だった。
エンデ―ルと共に天使の記憶を引き出した時は天使が人造生命体だとしか分からなかった。しかし、調べれば調べるほど、人間と悪魔の業が良く分かる。
書物を読み漁り分かったのは、かつて悪魔の甘言につられた魔法使いが奴隷をかき集め、洗脳を施し、錬金術で天使として相応しい姿に変え、天使の威光を用いて己だけの宗教を生み出そうとした。と言ったところか。悪魔はそれに便乗しようとしただけだな。その後は絵本のように助け出され新天地を造りハッピーエンド。
悪魔は……その後どうしたかは分からないな。だが恐らく魔界に逃れたのだろう。醜悪な姿を晒して。
かつて同胞たる悪魔たちに言われた。お前は変わっていると。悪魔は残虐で醜悪で悪辣な上位存在だと。しかし我を突き動かすのは純粋な興味と探求。だから悪魔らしくないと何度も言われた。今思えば、本当に馬鹿馬鹿しい。悪魔にも強者と弱者がいる。人間にも、動物にも、他種族にも。強者に出逢えば、悪魔も簡単に蹂躙されるというのに。
善の強者も悪の強者もいる時代。我は興味を抱いた。世界の敵と呼べる者が未だ存在しないこの世界に、世界の敵を放ったらどうなるのかを。かつて我が興味を持ち呼んだ絵本のように勇者が現れるのか、ただ反抗反撃できずに世界は終わるのか、悪の強者が世界を守るために立ち上がるのか。それにエンデ―ルを選んだ。後悔は無い。エンデールは十二分に我の興味を満たした。今はただ満足している。
{本当に我は変なのだろうか……}
変と何度言われても、実感は無い。我はつくづく悪魔なのだと実感していると言うのに。
―――天の国・王城の一角―――
本当にやり過ぎですよ。なんですかこの破壊痕は。ヒビを多方面に入れ過ぎて、丸ごと取り替える必要が出てしまってます。
壊すなら接着部位だけを破壊して欲しいです。ワタシなら可能ですし。実際ワタシが破壊したあの転移の魔法陣がある塔は、塔の主要建材にヒビ1つ入れずにバラバラに分解しましたから。
ルーダさん目線だと大規模破壊に見えたでしょうけど、実際は建築前に戻したようなものです。ですから修繕はバラバラにした建材を流用すれば良いのですぐに終わります。
さて、一刻ほどでワタシが破壊した建築の修繕を終え、半日以上も費やしても破壊された城はまだ直りません。この勢いだと城を半分造り直すレベルになります。
なんだか、ルーダさんやエンデさんが思ってるワタシへの負の印象が何か分かった気がします。
『すいません。ルシフェルさんは今何処にいらっしゃいますか?』
「アア、いまマホウグのバシャにクニジュウをヒキズりマワしてるソウですよ」
『分かりました。この一角の修繕を終えたら、ルシフェルさんに会いに行きます』
マスターに教えられた知識の1つに、拷問学があります。これが終わったら、大人や子供に教えましょう。丁度良い教材がありますから。
――――――
可能な限りエンデとファザーが天使の治療を行い、怒神が破壊した建築物を修復し、儂が地上の知識を天使たちに伝え、やるべきことを全て終え、儂等は天空を後にした。全てが終わった。
地上に戻る転移魔法陣の上に乗った時、天使たちが恐怖と安堵の目をしていたが、心当たりしか無いのでもうどうしようもない。




