44話 王族蹂躙の夕刻
「本当に大丈夫だろうな?本当に王が石板を持っているんだな?そもそもそれは何年前の話だ。下手したら代替わりして持ってない可能性もあるのではないか?」
「賢者が遺し石の予言を未来に託せ。これがこの地に伝わる伝承であり、大賢者が俺に言った言葉だ」
「直接会っているのか?!」
今まで見て聞いてきた伝承、書物、言伝。それらの一部に大賢者と呼ばれる人物が登場していた。数え切れぬほどの無数の過去の文献。それが一部でも関係するのはそう簡単なことではない。どんな英雄も悪王も賢王も、良くていくつかの国に登場するのが限度だ。儂は数多の国を巡り、それを実感している。しかし大賢者は、石板と世界中に散らし、過去の湖上の国に登場し、挙げ句にこの天空までもに関係していた。……賢者は中々に行動力に溢れた者だったのだろう。
「それ千年前……」
エンデの言葉でハッとした。天使の寿命は知らないが、ゴーレム、悪魔、悪魔を親に持つ者。と、人間の規格では収まらないが故に長年を生きている者達だ。儂には想像できないほどの年月を生きている。だが天使は生物。魔法や魔法具があったとしても、流石にそう長くは生きられ……いや少なくとも千年生きている天使がここにもいたな。
「一般的には二、三百年くらいの寿命だ。だが俺は大賢者に番人を任されている。番人がそう安々と寿命で死んでたまるか」
……天使はそもそも長寿なのか。だが、その三、四倍の年月を生きている理由にはならないと思うが、これ以上質問する理由は無いな。
『一つ質問があります。ルシフェイルと大賢者との関係はどういったものですか?』
「素材提供者だ。考えても見ろ。この天空の国を造るのに、どれだけの資材がいると思う?」
もっともな返答に怒神が口を閉ざす。
「そう言えば勝手にここの住民を天使と呼んでいるが――」
「天使で問題無い。羽を持つ人間に向けた名称なんてそれくらいしか当時は無かった」
儂の知る羽の生えた人型はハーピィ、悪魔、天使くらいしか知らない。ハーピィはかつて考古学者の友人が馬鹿真面目にその存在の確証を探す同僚への愚痴で何度か酒場で付き合わされたのを覚えている。悪魔は羽の生えた人型だが肌色、羽の形状、禍々しい様相からルシフェイルには似ても似つかない。天使くらいしか無いだろうな。
「あっ、日が沈んできた。で、あと距離どれくらい?!」
「おっと、会話に夢中で通り過ぎてた」
エンデが今にも張り倒しそうな圧と諦観の籠もった形相でルシフェイルに迫り、ルシフェイルは咄嗟に指をさす。全員の視線がその指先に向かう。
「王のいる執務室はあそこだ!だからそれ止めてくれ!俺が死ぬ!」
豪華な扉だ。金や宝石や税を贅沢に使ったような趣味の悪い扉がその先にあった。逆になぜ気付かなかった?と疑問視するレベルで存在感を放っている。そこにエンデが魔法で炎の塊を投げ入れ、爆発音と爆風が放たれ儂の衣服が大きくなびく。
ルシフェイルがエンデの早い行動に唖然としている。エンデの判断がルシフェイルにとっては早かったのだろうか。まぁそれに一々気にする時間はない。石板を持っているであろう者がそこにいるかも知れないのだ。多少強引でも石板は必ず得る。
執務室の中には羽を携えた青年が一人。鎧を着た騎士が二人。使用人と思われるメイドが一人。雑務の補佐をしていたと思われる青年の腹心が三人。計七名の天使が執務室の中にいた。
ちなみに青年と使用人は気絶、扉に近かったのか、騎士と腹心の二人がボロボロの重症。残る一人の天使が恐怖を顔に貼り付けもう無い扉と儂等を凝視していた。
「ん?おー!王子じゃないか。前にあった時は赤ん坊だったのに、こんなにも趣味が悪くなりやがって」
既に意識の無い青年に吐き捨てるようにそう言い放ち、鋭い眼光を唯一意識が残っている天使に向け、胸ぐらを掴み上げる。
「王は、どこだ」
先程までの様相からはかけ離れたドスの利いた声。その変わりように儂が若干驚いていると、胸ぐらを掴まれている天使がガクブルと震えながら青年に指をさす。
「チッ、代替わりしていたか」
『何をやらかしたんですか、アナタ』
「元々こいつら王族が反乱を……あっ俺?!」
ルシフェイルが己なのかと怒神に聞き直し、怒神が首を縦に振る。今何か気になることを口走りしそうだったのだが。
「俺は何もしてないぞ。何もしてないからな!」
{何かをした言い草だな天使}
「何度も言うが心当たりなんて無いぞ!」
死屍累々な執務室で、ルシフェイルが必死気味にそう宣言した。
その後手当たり次第ルシフェイルが部屋に突撃し、何人もの天使がボロボロになった。あの時天使から情報を知ったエンデ曰く、執務室の青年が現王。次にルシフェイルが突撃した部屋にいたのが現王の娘の第一王女。そのまた次に突撃した部屋には現王の弟の王弟。
王族を尽く蹂躙している。主にルシフェイルとエンデの魔法が。
城内を上に下に。端から端まで主にルシフェルが移動しており、追い掛けている儂としては体力が限界である。
「流石に、流石に疲れてきた。一度休憩にしないか?」
『先程まで走りっぱなしでしたしね。一度落ち着いて目標を明確にした方が良いかと』
怒神も賛成し、一度この場で休憩することに決まった。取り敢えず荷物を椅子代わりにして腰を下ろす。流石にこの歳になると、疲れの溜まり具合が凄い。若い時とは比べ物にならないほどだ。
「ルーダは何を飲む?」
「水でいい」
儂がそう言うと、エンデが儂の荷物を広げ、水入りの水筒と水入りの水筒の二つを取り出す。
「……コーヒーはあるか?」
突然ルシフェイルがそんなことを言った。
「一応あるにはあるが……」
あるにはある。コーヒーの豆が。基本的に儂とエンデは水しか飲まないし、怒神とファザーはそもそも飲料を必要としない。だが夜通しの作業が必要な時用に小瓶一つを常用している。基本使わないが。
「ん?あぁ、豆さえあれば充分だ。この俺が開発した専用魔法を使えば……」
ルシフェイルが小瓶の蓋を開け、中の豆を十粒程度取り出した。すると水球が出現し、ルシフェイルがその中に豆を全て投げ入れる。水球の中はどうなっているのか想像つかないが、豆が一瞬で粉々に砕かれ、水球が一瞬で沸騰する。数十秒。その時間が経過するとルシフェイルの手に氷のカップが生まれ、水球の中からチョロチョロと黒い液体が注がれていき、コーヒーが完成した。
エンデが才能の無駄遣いと呟き、怒神が興味深く見つめ、ファザーは眉をひそめているような気がする。恍惚とした表情でコーヒーを飲むルシフェイルに、儂がおずおずと尋ねる。
「コーヒー……好きなのか?」
「ああ!大好きだ」




