41話 凍えていない空の国
「ハッ!キサマらイッタイナニを――」
「ちょ―っと精神に介入させて貰うね」
{……精神のプロテクトが中々硬そうだな。エンデール。手を貸そう}
起きた天使にエンデが魔法を放ち、そのエンデのしかめた表情を察したファザーがエンデと共に魔法を放ち始める。
エンデ曰く、敵国の捕虜や犯罪者の尋問などによく使われる精神干渉の魔法らしい。今まで大技を放つような魔法や移動手段に関する魔法ばかりだったが、精神に直接干渉する魔法もあるとは……少々驚きだ。まぁ少なくとも、エンデとファザーに任せれば大丈夫だろう。それをやられた天使については、その様子を見る限り大丈夫とは言えなさそうだが。
『それで、これからどうしますか?』
「ベランダに向かうのは変わり無い。だが、まずあの天使について詳しく知らなければ、不意を突かれた時が怖い。天使があれだけとは限らないからな。恐らく、今の攻撃で儂等を敵対者と認識しているだろう」
『「……」』
先程の蹂躙を見る限り、戦闘に関しては心配など全く無い。だが……あいつ等バケモノだ死なば諸共!という感じで天空城ごと自滅されたらせっかくここまで来た苦労が台無しだ。
「アババ……ババ、バババ」
「……大丈夫か?自我が崩壊したような顔になっているが」
なんと言えば良いか……その天使は自我の欠片も感じないような表情で単音を言い続け、ビクンッビクンッと身体を震わせ、目は焦点を捉えず口からは体液が止めどなく溢れ出ている。そうだ、危険な薬に手を出した廃人の人間の状態だ。
形容できる言葉を見つけて満足していると、エンデが満足そうにこちらを向いた。ついでにファザーはエンデの頭に乗っている。
「充分な情報は引き出せたよ。その代わりあっちは廃人になったけど」
情報を引き出したエンデ曰く、あの天使は魔法使いによって人工的に生み出された人造生命体らしい。らしい、と言葉を締めているのは、奴等自身何百年以上も前の話のようで、天使自身は何故造られたのかは知らないようだとエンデは言った。ファザーから補足で、人体を錬成するのは難しいが不可能では無い。つまりここにはかつて凄腕の魔法使いがいたことを証明するようなものではないだろうか。エンデも同じ考えに至っているようだ。
それと天空城の地図は本と天使の記憶との相違はほぼ無いようだ。天使が今までに増築した建築については紛れもない相違ではあるが、これなら本の地図で道筋を作っても問題は無さそうだな。
最後に、あの天使以外にも天使が住民として天空城に住んでおり、住民数は万に近い。下手な街よりも多いな……。あと天使には羽の無い人間は低俗で劣化した動物という選民思想があるようだ。儂含め全員羽が無いな……ならば強行突破しか無いか?どうせ差別意識を持たれるなら。
「……そう言えば、氷像になっていないな。この天使」
『そう言えばそうですね。空には凍えた影響が無かったのでしょうか』
こればかりは未だに分からないからお手上げだ。一歩一歩真実に近づいている感触はあるが、その真実が遠すぎて片鱗すら見えない。ここで千歩くらいは進められれば良いが。
「おー、空にあることを除けば普通の街だな」
『これが普通の街と言うやつですか。先程まで雪景色ばかりでしたので新鮮ですね』
塔から見える城壁内部の国ないし街。城が中心にあり、かなりの存在感を放っている。領地の大きさを考えれば小国と呼べるだろう。一応普通の街とは違う点があり、背に羽を持つ天使達が空中を飛んで移動している。羽を持つ国民達だからこその光景だろう。
差別意識が無ければ友好的な関係を構築して安全に色々と調べられたりするのだろうがな……こればかりはどうしようもないか。
「あの城に色々あるみたいだから、次に目指すはあの城になるね。あ、そうそう。多分もう私達が侵入しているのはバレてるだろうから、そろそろ天使が集団で襲ってくるはず」
「あー……そう言えば。ここに来て少し経った頃に天使が武装して来たな。あの規模の魔法陣だ。起動したことを知る術を持っていても不思議ではないな」
だからと言って、既にもうどうしようもないが。
「イタゾ!アツマレ!」
「シンリャクシャのスキにサセルナ!」
「「……」」
『差別以前に侵略者認定されてますね。逃げますか?』
「「逃げる」」
エンデが儂に手を伸ばし、すぐにその手を握る。そしてベランダの先に向けて走り出し、飛び出した。既に空を飛ぶ感覚を知った儂に飛び降りる迷いなど無い。ただ、思ったよりも高くて多少驚いたが。
背後からは大きな破壊音。恐らく怒神だろう。背後に目をやると、拳を振りかぶった状態の怒神が目に入った。拳を振りかぶっただけで凄まじい威力だ。儂等がいた塔が半壊している。そして天使も一緒に吹き飛んでいる。
「エンデ。儂等の姿を眩ます魔法は無いのか?追手を一々対処するのも面倒だろう?」
「確かに。でも待って。まずは視線を誘導して逃げる時間を稼がないと。姿を消す魔法は一応あるけど、効果が掛かるまでちょっと時間が必要だから」
そう言うと手から禍々しい色の炎を生み出し、儂等が出てきた塔とは別の塔に向けて放った。数瞬の内に炎は塔に到達し、凄まじい爆炎で空の日差しを塗り潰した。あれは、出会ったばかりの頃に門の氷を吹き溶かした炎。あれほどの威力が出るのか……
が、よく見ると炎は塔に当たっておらず、塔を通り過ぎた天空城の外である空中で爆発していた。何故そうしたのか分からなかったが、すぐに納得した。下手に当たれば天空城そのものが崩壊し落下することを懸念して外したのだろう。あの威力が直撃していれば儂等もただではすまなかった筈だ。
怒神と合流し、誰もいない街角で一旦息をつく。天使からの追手は現状無い。
儂、エンデ、怒神、ファザー。全員いる。ちなみにファザーはずっと怒神の肩にへばりついていた。
「それじゃあ全員に魔法をかけるよ。注意点として、これは認識を阻害する魔法だから一度姿を認識された瞬間にバレるからね。特に怒神とファザー!」
エンデが名指しで注意を飛ばす。儂も異論は無い。怒神とファザーについては、正直やらかしたインパクトが強くて何かをしでかす印象しかない。
何もしでかさないことを祈りながら、エンデが目を閉じ集中した様子で魔法を全員にかけていく。頭上から景色が歪む無色の何かが降りかかり、そう時間は掛からず儂の姿も、皆の姿も等しく消えた。
「……仲間の姿も見えないのか?」
「そうだけど」
『ワタシはルーダさんやエンデさんの熱源を感知できるので問題ないです』
{この場の全員の魔力は覚えている}
「私も姿が見えなくても魔力で判断できるから問題ない……けど……あー、そっかぁ。そっかぁ……」
その声色でエンデが頭を抱えたのが想像できる。そして儂も頭を抱えている。問題は無かったのだろう。少なくともエンデ目線では……不味い。このままでは迷子になるし、仲間にぶつかって足を取られる可能性すらある。
「エンデ、認識を阻害する魔法の詳細を教えてくれ。それによっては強硬突破が一番の手段に成りうる」
「まず、この魔法は物理的に姿を消していなくて、この魔法をかけられた対象が、誰か別の存在の目に入る視覚情報を妨害している状態。透明なコップに水を入れるとコップ越しの向こう側の景色は歪むだろう?それをもっと酷くした感じ。ただ、この魔法は誰かに認識された瞬間に連鎖的に周囲の者達に姿が見えてしまうから、実質的に魔法の効果が意味がなくなる。つまり集団よりも単独行動向きの魔法と言えるね」
『……ならワタシがルーダさんを背負い移動すれば良いのではないですか?体力的にルーダさんがこの中で一番無いですから』
その言葉に儂はガックシと項垂れる。そもそも儂以外の人類の観点から見ても、少なくともエンデと怒神はそれを超える脚力を持っているから、比べるまでもなくどうしようもないが。




