第7話「狩人ドガ」
狩人は、五人だった。
日暮れ前に村の入り口に現れた彼らは、皮鎧に弓、腰には山刀。先頭の男は他より頭ひとつ大きく、歳は四十半ばか。右耳が半分ない。
そして、髭面の中の目が——崖みたいだった。
切り立っていて、取り付く島がない。うっかり覗き込むと、足がすくむ。ああいう目の前では、嘘は多分、崖から落ちる。以後この男の目を、俺は頭の中で「崖の目」と呼ぶことになる。
「ここの頭は誰だ」
「領主のアルト・ハーヴェルです」
進み出ると、髭面は俺を上から下まで見た。この村に来てから、俺は本当によく値踏みされる。
「……ガキじゃねえか。まあいい。ドガだ。組合の、この筋の縄張りを預かってる」
狩人組合。緩衝帯で魔物を狩り、討伐の証を教会に納めて報奨で食う男たち。マルタ婆さんの言っていた「縁の村の暮らしの隣人」だ。
「銀の大狼を追ってる。三日前から足跡がこの村の周りをぐるぐる回ってやがる。……見たか」
来た。
俺は嘘が下手だ。だから、嘘は言わないことにした。誰かさんの真似である。
「大きい狼なら、夜に、塀の外で見ました」
「いつだ」
「四日前が最後です」
嘘ではない。四日前の晩に脚を直して以来、あいつは兎を置きに来るだけで、姿は見せていない。ドガは頷いて、部下に顎をしゃくった。
「聞いたか。まだ近くにいる。……領主様よ、村の連中を今夜は出すな。あの大きさは上物だ。銀狼の証なら、報奨は金貨で出る」
「待ってください」
口が、勝手に動いていた。
「あの狼は、誰も襲っていない」
ドガの動きが止まった。振り向いた顔には、呆れと、それから警戒が半々で乗っていた。
「……あのな、領主様。魔物ってのは『まだ』襲ってねえだけだ。狂神の獣だぞ。明日には村の婆さんの喉笛を裂いてるかもしれねえ。だから俺らが狩る。それで婆さんは今夜も寝られる。そういう理屈で千年、回ってきたんだ」
「この村の周りに限っては、その理屈が回っていません。ここひと月、魔物の被害はゼロだ。狼が来てからむしろ——」
しまった、と思った時には遅かった。
「……来てから?」
ドガの目が、すっと細くなった。崖の目だ。獲物の足跡を読む目が、今、俺の言葉の足跡を読んでいる。
「妙な村だとは聞いてたぜ。井戸が急に生き返っただの、屋根が半月で全部塞がっただの。……おい、まさかとは思うがな、領主様。あんた、あの狼に餌でもやってんじゃねえだろうな」
「兎なら、もらった側です」
「アルト様」
割って入った声は、低くて、静かだった。
いつの間にか、俺の斜め前にザラが立っていた。大剣は背負ったまま。だが立ち位置が完璧だった。俺とドガの線を半分切り、かつ五人全員を視界に入れる位置。前世の警備業者が見たら拍手する立ち位置だ。
「日が落ちる。狩りの相談なら、また明日にしてもらえ」
「……あんた、どこかで」
ドガがザラの顔をまじまじと見た。ザラの表情は動かなかったが、俺には分かった。奥歯の噛み方が変わった。
「人違いだ」
「……まあいい」
ドガは深追いしなかった。代わりに、俺に向き直った。
「領主様。あんたがこの土地で何をしようが、俺の知ったことじゃねえ。井戸でも屋根でも直せばいい。だがな——」
髭面が、一歩、近づいた。声は脅しの声ではなかった。それがかえって、重かった。
「魔物は別だ。俺は女房を、東の縁で嬢ちゃんを、それぞれ魔物に持ってかれてる。この稼業の連中はみんな、腹の中に同じ石を抱えてんだ。あんたのその『襲ってない』って寝言はな、その石の前で言ってみろ」
何も、言えなかった。
俺の知っている真実は「あの狼は襲っていない」で、それは事実だ。だがドガの抱えてきた事実は「魔物は家族を喰った」で、それも事実なのだ。事実と事実がぶつかる時、正しさは、あまり役に立たない。
「……夜分に済まなかったな。今夜は村を出るな」
ドガは背を向けた。部下たちが続く。最後に、彼は肩越しに言った。
「あの銀狼——次に見かけたら、殺る」




