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第59話「地下へ」

コルヴォが去った、その夜。


ヴェルクが、(ほこら)でめずらしく、俺のほうから話しかける前に口を開いた。


「坊主。……潮時じゃ」


「潮時?」


「あの審問官。次に来る時は、証拠を掴んでか、あるいは、証拠なしで踏み込んでくる。オルフェとかいう爺の眼も厄介じゃ。……お前が、自分が『何者か』を知らんまま、あいつらと向き合うのは、もう危うい」


人形は、台座から降りた。


「見せたいものがある。……ずっと、見せずにきた。器が育つまで、待っておった。じゃが、もう待てん。ついてこい」


俺は、ついていった。ヴェルクが向かったのは、あの地下工房——ではなかった。工房のさらに奥。俺が、まだ足を踏み入れていなかった、闇のそのまた奥だった。



道は、下へ、下へと続いた。


地下工房の奥の壁にヴェルクが手を触れると、石が音もなく退いた。その先に下りの階段があった。工房のものより、ずっと古く、ずっと深い。角灯の火が、闇に呑まれそうになりながら俺たちは、降りていった。


静域。


村人が「禁足地」と呼ぶ、村の真下の一番深いところ。魔物すら、畏れて近づかない場所。そこへ俺は今、向かっている。俺の足で。


「ヴェルク。ここは」


「黙って、降りい」


ヴェルクの声は、緊張していた。千年、置物のふりを完璧にこなしてきた神様が初めて、声を震わせていた。



途中に、一つ扉があった。


巨大な両開きの、鋼鉄の扉。地下工房の石の扉とは、比べものにならない。人の三倍——いや、もっと高い。表面に、封印の幾重もの紋。そして、その封印は、明らかに「内側から何かが出ないように」施されていた。


俺の眼が、勝手に、開いた。


視ようとして——弾かれた。ヴェルクの器を視た時のような、白い光ではない。もっと、重い拒絶。この扉の向こうにあるものは、俺の眼を跳ね返した。ただ、扉越しに気配だけが、伝わってきた。


大きい。


一つじゃない。何十もの、巨大な鋼の気配。眠っている。息を潜めて。主を待つように。


「……ヴェルク。この扉の、向こうは」


ヴェルクは、答えなかった。


扉を一瞥しただけで、通り過ぎた。触れもせず、説明もせず。だが、その一瞬、人形の真鍮の目が、扉に向けた眼差しは——懐かしさと、痛みと、そして、静かな覚悟の混ざったものだった。


俺は、それ以上、聞かなかった。開かない扉には、開くべき時がある。あの夜、そう決めた。


「その先じゃ」とヴェルクが、扉のさらに奥を指した。「お前が、見るべきものは」


階段は、まだ、続いていた。


やがて、闇が開けた。広い、広い、空間だった。角灯の火では、天井も、奥も、見通せない。ただ、空間の中央に。


何か、巨大なものが、横たわっていた。

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