第53話「とぼける村」
ヘルガの「探し物」に対する、村の答えは、全員一致の「とぼけ」だった。
打ち合わせなど、いらなかった。この村は、巡察を一度、生き延びている。とぼけることに関して、村人たちは、すでに玄人だった。
「整備兵? さあ、聞かんねえ」とマルタ婆さん。「うちにいるのは、腰の曲がった年寄りばかりさ」
「アルマってのは、あの鎧のことかい」とハンナさん。「うちは畑と竈しか知らないよ。あんた、麦粥のおかわりは?」
「昨夜は、村の者は全員、寝てました」とフィオナさん。「就寝の祈りの記録も、つけてあります。様式で言うと——」
「もういい」とヘルガが、片手を上げた。
ガンツの爺さんに至っては、ヘルガが工房を検分しに来ると、無言で、目の前で「そこそこの出来」の鎌を打ってみせた。わざと、七掛けで。剣聖は、その鎌をしばらく眺めて、それから、深く、息を吐いた。
「……見事だな」
「へえ。ただの田舎鍛冶で」
「そうじゃない。……その、『わざと下手に打つ』腕がだ。爺さん、あんた、相当のもんを、隠してるな」
爺さんは、答えなかった。ただ、鎚を、打ち続けた。
*
ヘルガは、丸一日、村にいた。
とぼける村人たちの間を、ゆっくりと歩き、見て、聞いて——そして、何一つ、証拠を掴めなかった。掴めないことを、彼女自身、面白がっているようだった。
夕方、彼女は、馬の支度をしながら、俺に言った。
「領主どの。わたしは、諦めが悪い性質でな」
「はあ」
「この村には、隠し事が、山ほどある。それは、確信した。魔物のことも、アルマのことも、あんたのことも。……だが、証拠は、一つもない。剣聖ってのは、証拠がなきゃ、剣を抜けん立場でな」
彼女は、馬に跨った。見下ろす目が、また、あの深い目になった。
「だから、今日のところは、引く。……だが、覚えとけよ、領主どの。わたしは、『何を隠してるか』を知りたいだけで、あんたを害したいわけじゃ、ない。むしろ——あの、嘘の討伐で稼いでる連中のほうが、わたしは、ずっと嫌いだ」
心臓が、跳ねた。この人は、そこまで、見えているのか。
「いつか、あんたの隠し事が、あの連中とぶつかる日が来る。その時は——まあ、その時だ」
ヘルガは、馬首を巡らせた。去り際、肩越しに。
「今日の飯代と、宿代。それから——ボルト一本の礼。三つ、借りにしとく。剣聖は、借りを忘れん主義でな」
そして、彼女は、去っていった。
俺は、その背中を、長いこと見送った。敵か、味方か、まだ分からない。だが、一つだけ、分かったことがある。あの人は——ドガと、同じ「石」を、腹に抱えている。嘘の被害で、人が死ぬことへの、静かな怒りを。
*
帝国の一行が、完全に去った、その夜。
安堵の空気の中で、フィオナさんだけが、青い顔をして、俺のところへ来た。手に、村の名簿を——彼女が几帳面につけている、教区提出用の、村人台帳を、握りしめて。
「領主様。……一つ、大変なことに、気づきました」
「どうしました」
「調査隊が、村人の名簿を、写していきました。人数照合のためです。それ自体は、応じるほかなかったのですが……」
彼女は、名簿の、ある一行を指した。指が、震えていた。
「ミナちゃんが、どの台帳にも、載っていません」
「……載っていない?」
「あの子は、流民の子です。祖母様と流れてきて、その祖母様も亡くなって。……つまり、あの子は、六歳の鑑定を、受けていない。教会の記録の、どこにも、存在しない子供なんです」
フィオナさんの声が、掠れた。
「未鑑定児の秘匿は……重罪、です。もし、調査隊の写した名簿と、教区の記録が、照合されたら」




