第47話「帝国の目」
帝国の調査隊は、村の入り口に、天幕を張った。
指揮官らしき士官が一人、書記が二人、そして——幌車から降りてきたのは、油と鉄の匂いのする、技師たちだった。腰に工具帯を巻き、目つきが職人のそれで、俺は思わず、親近感を覚えかけて、慌てて引っ込めた。今は、敵だ。少なくとも、味方ではない。
「ガルド帝国駐留軍、北辺調査隊である」
士官は、慇懃だが、冷たかった。
「北緩衝帯にて、魔物の大群が『鎮圧』された事案について、調査に来た。……貴領で、何があった」
「魔物が来ました。逃げ込んできた、というほうが正確ですが。村の狩人と、うちの防衛隊が、追い払いました」
「追い払った? 数十頭を?」
「運が良かったんです。群れが、勝手に散った」
士官の目が、細くなった。信じていない目だ。当然である。数十頭の魔物が「勝手に散る」ことなど、この世界の常識では、ありえない。
*
調査は、執拗だった。
士官は村人を一人ずつ呼んで、同じことを聞いた。魔物はどこから来たか。どう散ったか。領主は何をしたか。村人たちは、口々に「よく分からないうちに、いなくなった」と答えた。この村の「訳の中身は聞かない」流儀が、そのまま「訳の中身は言わない」流儀として、見事に機能した。
一番、危うかったのは、ザラだった。
彼女は、調査隊が来てからずっと、顔を伏せ、頭巾を目深にかぶり、村の奥で薪を割っていた。帝国に顔が割れている——除隊を、実質は逃亡した女。ここで士官に見つかれば、村の「奇跡」どころではない、面倒が増える。
「あの防衛隊長を、呼べ」
士官がそう言った時、リエラが、割って入った。
「あー、隊長さんは今、腹を下しておりまして。裏で唸ってます。お呼びしても、お聞き苦しい音しか出ないかと」
「……行商人。貴殿は?」
「当領の登録行商人、リエラと申します」
彼女は、商業ギルドの鑑札を、これ見よがしに掲げた。
「申し上げますが、当領での聞き取りは、商取引の秘密に触れる恐れがあります。帝国駐留軍とはいえ、テラ王国領内での過度な尋問は、両国の通商協定第九条に抵触するのでは? ……検算がご入用でしたら、麓の商業ギルドを通していただけますか。有償ですが」
士官が、鼻白んだ。数字と条文で武装した小娘は、鎧を着た兵隊より、時に厄介だ。
*
膠着を破ったのは、意外にも、技師たちだった。
彼らは、士官の尋問には興味がなかった。代わりに、村の「物」に、目を奪われていた。直した井戸の滑車。継ぎ目のない塀。ガンツの工房の軒先の、金物。技師の一人が、修理された荷車の車輪を検分して、仲間を呼んだ。
「おい、これ見ろ。この輪金の締め方」
「……嘘だろ。型にないぞ、この組み方」
「いや、型にはある。あるんだが……許容のど真ん中に、寸分違わず入ってやがる。人の手で、こんな」
職人は、職人の仕事に、正直だった。彼らは尋問を忘れ、村の直し物を、片端から検分し始めた。感嘆し、首を捻り、また感嘆した。「常識人」というのは、時に、一番厄介な目撃者になる。俺の仕事は、彼らの目に、はっきりと「異常」として、映っていた。
まずい、と思った。
この技師たちは、士官よりずっと、核心に近い。物を見る目が、本物だ。
——その、技師たちの背後。
天幕から、遅れて、一人、降りてきた者があった。
他の兵とは、格が違った。鎧の上からでも分かる、鍛え抜かれた体。背に負っているのは、士官のものより、ずっと大きな——大剣。
女だった。
その姿を、村の奥から盗み見たザラが、薪割りの手を止め、凍りついた。




