表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/55

第4話「工匠神ヴェルク」

人形が喋った場合の正しい対応手順は、どの作業標準書にも載っていない。


「……ええと」


「うむ」


「返品は、受け付けてません」


「直しておいて返品とは何じゃ」


人形は——喋る人形は、台座の上で器用に足を組んだ。造ってやった左腕の具合を、まだ嬉しそうに確かめながら。


「まず礼を言おう。よい腕じゃった。芯の油まで替えたのは近年……いや、千年で初めてじゃ」


「千年」


「うむ」


「あんた、何なんです」


人形は少し黙った。値踏みの目、というのはこの村で三度目だが、これはそのどれとも違った。深かった。真鍮の目の奥に、底の見えない何かがあった。


「——わしはヴェルク。忘れられた、工匠の神じゃ」



神。


前世の俺なら鼻で笑った。だが今世の俺は、六歳の鑑定で司祭が俺の中の「回路」を視るのを実際に見ているし、洗礼で加護とやらを授かった奴が素手で岩を割るのも見ている。この世界に神はいる。五柱。教会が祀る五大神。


「工匠の神なんて、聞いたことがない」


「じゃろうな。忘れられた、と言うたはずじゃ」


「五大神の親戚か何かで?」


「……まあ、遠からず、じゃな」


後から思えば、この時のヴェルクの言葉選びは、徹頭徹尾こうだった。嘘は、ひとつもない。ただ、全部でもない。当時の俺にそれを見抜けというのは無理な話である。


「工匠の神への祈りはな、坊主。礼拝ではない」


ヴェルクは自分の新しい左手を、ゆっくり開いてみせた。


「作ること。直すこと。それ自体が祈りよ。……お前さん、昨日から夜通し、わしを直しておった間、何か考えとったか」


「いえ。何も」


「じゃろう。あれが祈りじゃ。千年ぶりに捧げられた、極上のな」


だから少しだけ力が戻った、とヴェルクは言った。喋れる程度、動ける程度。神を名乗るには、我ながら情けない量じゃがの、と。


「そこでじゃ、坊主。契約せい」


「契約」


「お前はわしに祈りをよこす。どうせ黙っておっても直すのじゃろ、お前は。わしはその祈りで在り続ける。代わりに——お前のその眼に、手を貸そう」


「……眼?」


「視えておるんじゃろう。物の、あるべき形が」


心臓が、嫌な跳ね方をした。


十二年間、誰にも言っていない。母にすら、はっきりとは。物の声を聞く者は「不吉」だ。教会に通報される。俺は反射的に戸口を見て——それから、目の前の相手が人形であることを思い出した。通報も何も、こいつ自身が大概、教会的にアウトである。


「あれは《神匠の眼》と呼ばれたものじゃ」


「しんしょう……?」


「昔の言葉での、まあ、偉い職人の言い回しじゃな」


ヴェルクはさらりと流した。流されたことに、俺が気づくのはずっと後だ。


「眼は物のあるべき姿を教える。じゃが、お前の手は人の手じゃ。木を削り、油を差し、一日がかりで直す。……わしと契約すれば、そこに橋が架かる。眼が視た『あるべき形』へ、触れた物を、還せるようになる」


「還す?」


「やってみるのが早かろ。——ほれ、その椀」


台座の脇の、供え物の椀。縁が欠けて、(ひび)が入っている。俺は言われるまま、それを手に取った。


「眼で視ろ。あるべき形を。……そうじゃ。ほんで、願え。『戻れ』と」


罅の入った椀。頭の中には、とっくに図面が開いている。欠ける前の、完全な形。いつも通りの、現実と図面のずれ。いつもなら、ここから漆を練って、金継ぎの段取りを組んで——


「戻れ」


——ずれが、消えた。


音もなかった。光もなかった。ただ、手の中の椀が、欠ける前の椀になっていた。罅の走っていた面を指でなぞる。何もない。継ぎ目も、直した痕も、何も。


「なん……」


膝から力が抜けて、俺はその場にへたり込んだ。椀は抱えたままだった。落として割ったら、また直せばいいのだが、それとこれとは話が別だった。


「《万象修復》。触れた物を、あるべき状態へ還す力じゃ」


ヴェルクの声は、静かだった。


「言うておくがの、坊主。それは椀を『新品にする』力ではない。あるべき姿に『還す』力じゃ。……この違いが分かるのは、直す側の人間だけじゃがな」


分かる。分かってしまった。だから多分、俺はこの時もう、契約とやらを受けていたのだと思う。手続きも署名もなかった。ヴェルクいわく「祈った時点で成立しておる」とのことで、後から考えるとかなりの押し売りである。


「対価は」


一応、聞いた。うまい話には裏がある。転生してまで痛感したくない教訓だ。


「祈り。つまり、お前が勝手にやることじゃ。……ああ、それと」


人形は台座から、よいしょ、と降りた。膝丈の神様は、(かし)いだ(ほこら)の戸口から、外を指差した。


崩れた石塀。穴の空いた屋根。死んだ井戸。草に還った畑。俺の領地。俺の、十七人の村。


「この村、直しがいがあるじゃろ」


神様は、実にいい性格をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ