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第35話「器の熱」

異変は、地下工房の発見から数日後に始まった。


最初は、微熱だと思った。体の芯に、灯がともったような温かさ。だが熱の場所が、おかしかった。額でも喉でもない。もっと深い、体の内側というより——内側のさらに内側が、温かい。


「ヴェルク。俺は病気か?」


「ふぉっふぉ。逆じゃよ、坊主」


(ほこら)の神様は、妙に機嫌が良かった。


「器が育っとるんじゃ」


「器?」


「魂の、容れ物の話じゃ。……お前がこの村で祈った量——直した屋根、井戸、塀、農具、獣ども。積もり積もった祈りが、お前の器を一回り、押し広げた。あの工房でお前が捧げた祈りが、仕上げの一押しになったの」


「祈った覚えはないが」


「布を掛けたじゃろうが。作りかけの仕事に」


……あれが、祈りに数えられるのか。この神様の帳簿は、たまによく分からない。


「器が育つと、どうなる」


「入る力が、増える。……ま、じきに分かるわい」



じきに、分かった。


分かり方が、最悪だった。


リエラへの納品用に、折れた(くわ)を直していた時だ。柄と刃の継ぎを組み、仕上げに、いつもの通り、見えない所だけ力を借りる——「戻れ」。


——ぞわり、と。


体の芯の熱が、腕を通って、鍬に流れ込んだ。いつもの倍の量が、一気に。


手の中の鍬が、微かに、鳴った。


「……おい。待て。待て待て待て」


図面を開いて、血の気が引いた。直っていた。直りすぎていた。元の鍬は、良くも悪くも聖認型(せいにんかた)の量産品だ。だが手の中のこれは——柄の木目が握りに沿って流れ、刃の鋼は粘りを増し、重心は振り下ろしの軌道に合わせて半寸ずれて、いた。


元の形じゃない。元より、良い形だ。


「ヴェルク!!」


「おお、出たか」


祠に駆け込んだ俺に、神様は他人事のように頷いた。


「《改良》じゃ。器が育った分、力の届く先が伸びた。『あるべき形に戻す』の、そのさらに先——『もっと、あるべき形』へ届くようになったんじゃよ」


「戻せ! 元に!」


「戻せるわけなかろ。育ったもんは育ったんじゃ。……坊主、お前、背が伸びたのを戻せるか?」


正論だった。正論だが、事態は深刻だった。俺の力は今まで「元に戻す」だけだった。修理は合法。どれだけ完璧でも、理屈の上では「直しただけ」で通る。だが「元より良くする」は——型を、超える。


聖認型を超える物を作る者。それはこの国で、はっきりと、罪の名前を持っている。



そして、隠し事というものは、隠したい相手から順に、ばれる。


翌日、例の鍬を工房の隅に仕舞い損ねていた俺は、戸口に立つガンツの爺さんと、目が合った。


爺さんの視線が、俺と、俺の手元の鍬とを、往復した。


無言で歩み寄り、爺さんは鍬を手に取った。柄を握る。重心を確かめる。刃を、親指の腹で、そっと撫でる。職人の点検が一巡りして——爺さんは、深く、深く、息を吐いた。


「……坊主」


「はい」


「それは、型を超えとる」


知っています、という言葉は、喉の奥で消えた。爺さんの顔が、怒りでも呆れでもない、もっとずっと重いもの——あの幕間の夜と同じ、師匠を見送った男の顔をしていたからだ。

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