第32話「畑を広げる」
冬が来る前に、畑を広げることになった。
初穂の実りが良すぎたのだ。リエラの売り先は増える一方で、来春はどうしたって作付けが足りない。村の北側、旧王国街道の遺構に沿った荒れ地を起こすことに決めた。
増えたのは、作付けの予定だけでは、ない。持ち込みの、壊れ物も、増えた。巡察のお墨付き——「腕のいい修理屋の村」の評判が、行商人の口伝いに、じわじわと効いて、リエラの荷車は、来るたびに、よその村の、欠けた鍋だの、止まった時計だのを、積んでくるようになった。修理の手間賃は、村の、悪くない現金収入に、なりつつある。
問題は、人手だった。開墾は力仕事だ。年寄りの多いこの村では、鍬を振れる者が限られる。
——ここで、思わぬ助っ人が現れた。
療治場の常連に、岩みたいな大牛がいた。甲羅——としか言いようのない、岩色の硬い背中を持つ魔物で、後ろ脚の捻れを治してやった個体だ。そいつがある朝、開墾中の畑の縁に、のっそりと現れた。
ザラが得物に手をかけ、俺が止めるより早く、大牛は畑に入り——耕し始めた。
蹄と鼻先で、固い土を返していく。俺たちが半日かかる面積を、一刻で。しかも畝が、恐ろしくまっすぐだった。
「……なあ、ヴェルク。魔物って、畑を耕すもんなのか」
「あやつら、元は働く獣じゃからの」
祠の神様は、こともなげに言った。
「牛はの、坊主。千年経っても、耕したいんじゃよ」
その言い方に引っかかりを覚えたが、例によって続きはなかった。大牛はミナに「ドン」と命名され(名付けの基準は今回も謎である)、以後、堂々と村の農業の主力になった。畝が曲がると機嫌が悪い。うちの職人衆と気が合いすぎる。
*
事件は、開墾五日目に起きた。
ドンの蹄が、がこん、と嫌な音を立てた。空洞の音だ。掘ってみると、石畳——ではなかった。石畳の縁から一段下がって、切り石を組んだ「枠」が現れた。枠の中には、土に埋もれた、下りの階段。
「……地下室?」
「蔵じゃないの」とリエラ。「昔の街道沿いなら、荷の保管庫とか」
「教会の検分が入るやつじゃな、これは」とマルタ婆さん。
その一言で、村の方針は決まった。リエラが以前言った通り、「遺跡」は面倒の種だ。入口には板を掛け、表向きは「崩れた古い蔵。危ないので立入禁止」とした。半分は本当である。危ないかどうか、まだ誰も知らないのだから。
——そして、夜。
俺は角灯を提げて、板の前に立った。傍らには、ミナに拉致されていない日のヴェルク。それから、見張り役を強引に買って出たミナと、その膝のポポ。
「いいか、ミナ。お前は入口番だ。誰か来たら、合図」
「なんであたしは中に入れないの」
「崩れるかもしれないからだ。……頼んだぞ、相棒」
「……ふん。相棒なら、しかたない」
ちょろい、と言ってはいけない。信頼の形の話である。
階段は、二十段ほどで底に着いた。積もった土を踏み、角灯を掲げる。狭い前室。その奥に、両開きの石の扉。千年の埃の下に、扉はまだ、まっすぐ立っていた。
そして——扉の表面に、文字が刻まれていた。
見たことのない、古い文字だった。読めない。読めないのに、なぜだろう。
懐かしい、と思った。




