第27話「巡察前夜」
作戦会議は、詰め所で開かれた。
集まったのは、俺、マルタ婆さん、ガンツ、ザラ、リエラ(わざわざ商いを一日延ばした)、フィオナさん、ハンナさん。議題は一つ。「十日後、何を隠し、何を見せるか」。
「まず確認だけど」とリエラが切り出した。「巡察って、何を見に来るの?」
「礼拝堂と奉仕記録の監査が主です」フィオナさんが答えた。「加えて、異端の兆候の視察。……具体的には、無認可の祭祀、型を外れた工作物、それから——魔物との、不適切な関わり」
全員の視線が、示し合わせたように、誰のことも見なかった。見事なまでに、誰のことも。
この場の全員が、療治場のことを知っている。そして全員が、知らないことになっている。この村の流儀は、こういう時、実に燃費がいい。
「……仮の話をしましょう」と俺は言った。「仮に、村の縁に、その、獣が集まりやすい場所があったとして」
「仮に、ね」とマルタ婆さん。
「仮に、です。その場合、巡察が来て、済んで、発つまで——念のため、しばらく長めに、獣たちに遠慮してもらう必要がある。いつ発つかは向こう次第ですから、期限は切れません。……誰か、獣に話が通じる心当たりは」
「仮の話なら」とザラが真顔で言った。「銀色の大きい犬あたりが、適任だろうな」
会議は終始、この調子で進んだ。
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シルヴァへの「説明」は、俺がやった。
村の縁で、月明かりの下、俺は世界で一番間抜けな任務を遂行した。すなわち、狼に向かって、両腕で大きくバツ印を作る仕事である。
「療治場は、しばらく休みだ。今日から半月——いや、それより延びるかもしれん。偉い奴が来て、いつ帰るか、俺にも読めないんだ」
伝えながら、我ながら無茶を言っている気がした。相手は狼である。「半月」も「巡察」も通じるはずがない。
「だから——済んだら、俺がここに来る。この場所に俺が立ったら、その時が終わりだ。それまでは、療治場は閉める。みんな、縄張りの奥にいてくれ。……頼む」
シルヴァは俺をじっと見て、それから、俺の背後——村を、長いこと見た。守るべきものの配置を確かめるような目だった。ひとつ鼻を鳴らして、銀狼は闇に消えた。
翌朝から、村の縁の気配が、潮が引くように消えた。期限を切らない休診は、どうやら受理された。あの銀狼は、俺が思うより、ずっと賢い。
ポポだけが問題だった。角兎の角は、どう見ても魔物のそれである。野に返す案はミナが全力で拒否し、最終的にミナが一晩で編んだ「耳あて付きの帽子」を被せることで決着した。帽子を被った角兎は、太った普通の兎に……見えなくも、なかった。五割くらいは。
「かわいい」とミナは言った。
「問題はそこじゃないんだが、まあ、かわいいな」
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そして、最悪の工程が残っていた。
「品質偽装」である。
この半年、俺は村を直しすぎた。屋根は雨漏り一つなく、井戸の滑車は音もなく回り、塀はどこも崩れない。辺境の廃村が、である。目の肥えた巡察官が見れば、「誰がやった? どんな技で?」となるのは必定だった。
だから——わざと、壊す。
「……儂は、やらんぞ」
工房の前で、ガンツの爺さんは腕を組んだ。
「直した物を、わざと傷める? 職人に、それをやれと?」
「俺だってやりたくない。だが、爺さん。完璧すぎる村と、そこそこの村、聖都送りになりにくいのはどっちだ」
爺さんは長いこと唸って、それから、地獄のような顔で鑿を取った。
その日の作業を、俺は多分、一生忘れない。完璧に直した雨戸の滑りに、わざと砂を噛ませる。井戸の滑車に、絶妙に耳障りな鳴きをひとつ仕込む。塀の漆喰を、それらしく剥がす。一箇所やるたびに、頭の中の図面が悲鳴を上げ、隣でガンツの爺さんが呻いた。
「ぬ、ぐ……儂の、雨戸が……」
「耐えろ爺さん。終わったら全部、俺が三日で戻す」
「その言い方も職人としてどうなんじゃ」
夜、祠に報告に行くと、ヴェルクは腹を抱えて笑っていた。
「ふぉっふぉっふぉ! 作り手が総出で、下手くそのふりの稽古とは! 千年生きて初めて見たわ、こんな祭り!」
「他人事だと思って……あんたも本番は頼むぞ。『ただの人形』の」
「わしを誰と心得る。置物歴千年じゃぞ」
妙な貫禄だった。
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十日目の朝。
街道の先に、砂埃がひとつ。教会の紋を掲げた馬車が、ゆっくりと村へ近づいてきた。
「……開演だ」
俺は深呼吸をして、領主の顔を作った。




