第24話「実家の使者」
使者は五日後に来た。馬車二台。徴税官がひとりと、実家の家宰の息子——カイル兄の名代を名乗る、俺より二つ三つ年上の優男だった。
「これはこれは、アルト様。ご立派になられて」
名代の第一声が、それだった。屋敷にいた頃、この男は俺と目を合わせたこともない。無録様と廊下ですれ違えば、壁際に寄って袖を払う側の人間だった。その男が今、満面の営業スマイルで手を差し出している。
俺は握手を返した。営業スマイルには営業握手だ。前世で覚えた。
「して、本日は」
「はい。ハーヴェル家として、貴領の復興のご支援をと」
支援。辞書が違う人間と話す時は、まず翻訳から始めなくてはいけない。彼らの「支援」を俺の言葉に直すと、こうなる——「儲かってるなら、家の取り分をよこせ」。
隣の徴税官が、さっそく帳面を開いた。
「では領主殿。直近の収穫高、産品の売上、通行商人からの益、それぞれの記録を」
「どうぞ」
俺は、あらかじめ用意していた帳簿を、机に置いた。
正確には——リエラが用意した帳簿を、だ。
*
三日前、書状の件を話した時、リエラは目を輝かせて袖をまくった。
「任せて。帳簿は嘘をつかずに、別の真実を語れるの」
彼女の帳簿術は、芸術だった。
数字はすべて本物である。一切、偽っていない。ただ、並べ方が違う。村の収入の隣には、必ず支出が並ぶ。井戸の石材費。屋根の板代。塀の補修、農具の鉄代、種代、詰め所の改修費——この半年、俺が村に注ぎ込んだ投資の全部が、几帳面に、容赦なく、書き連ねてある。
「ご覧の通り、当領は現在——大幅な赤字です」
徴税官の指が、帳面の上で止まった。
「し、しかし、産品の売上が」
「はい、こちらに。そしてその真下が、産品を作るための仕入れと工賃です。差し引きをどうぞ」
「通行の商人からの益は」
「井戸と休み場は無償開放です。徴収の記録はありません。……ないものは、課税できませんよね?」
リエラはにっこり笑った。商業ギルドの鑑札を、これ見よがしに帳面の上に置きながら。
「あ、申し遅れました。わたくし、当領の取引を預かる登録行商人です。帳簿の様式は麓の商業ギルド規約第七条に準拠。数字にご不審があれば、ギルドの検算をご請求いただけます——有償ですが」
徴税官は、長いこと帳面を睨んでいた。数字は全部本物だ。睨んでも、変わらない。
「……徴税の、根拠を認めず」
絞り出すようにそう言って、彼は帳面を閉じた。
*
名代のほうは、もう少し粘った。
「では、家からのご支援の話を。人手や資材を家からお送りして、その、共同で」
「お気持ちだけ頂きます。当領は現在、余所の人手を受け入れる宿も食糧もないので」
「アルト様。家門というものは、助け合いで」
「ええ。ですから、助けは要らないと申し上げています。——十八年ぶん、まとめて結構です」
営業スマイルが、初めて崩れた。
その後ろでマルタ婆さんが、盆に載せた茶を出した。例の、渋いやつの、さらに煮詰めたやつをである。名代は一口すすって、微妙な顔のまま置いた。ザラは終始、大剣の手入れをしながら「そこにいた」。それだけで空気が三割ほど重くなるのだから、大剣とは便利なものだ。
帰り際、名代は馬車に乗り込みながら、笑顔を作り直して言った。
「本日のこと、カイル様に、ありのままお伝えします。……次は、ご本人が来られますぞ」
「兄上によろしく。——ああ、それと」
俺は、荷台の車輪を指差した。
「右の後輪、輪金が緩んでます。麓に着く前に締め直したほうがいい。……うちは修理屋もやってますが、今日のところは、サービスしません」




