第23話「客人の目」
ピンの滞在は、村に妙な効能をもたらした。
外の目、である。
「アルトさん。この村、変ですよ」
三日目の朝、水汲みの帰りにピンは言った。悪意のない、観察の声だった。
「どこがだ」
「まず井戸。あの水、メルカの湧水亭って有名な茶屋の水より旨いです。次に屋根。全部の家の屋根が、同じ時期に直ってる。村に大工はガンツ爺さん一人なのに。それから——」
彼は指を折った。折りながら、目がきらきらしていた。
「畑の実りが早すぎます。塀の直し方が丁寧すぎます。あと、夜に獣の気配がいっぱいするのに、鶏が一羽も獲られてません。極めつけはあの祠。あんなボロい祠なのに、供え物の椀だけ、いっつもピカピカ」
「……よく見てるな」
「見ますよ。歩いて暮らしてると、見るのが仕事みたいなものなので」
俺は内心、冷や汗をかいていた。この村の「変」は、暮らしていると麻痺する。だが外から来た目には、こんなに透けて見えるのか。巡察がいつか来たら——考えかけて、やめた。起きていない故障の報告書を書く趣味はない。
「で、ピン。お前はそれを、どう思うんだ」
「最高だと思います」
即答だった。
「変なものって、だいたい、誰かが本気で何かをやった痕なんです。ぼく、そういうの見るのが、世界で一番好きで」
少年は屈託なく笑った。その言い回しも、やっぱり十三歳のものではなかった。
*
ピンは村中を見て回った。
ガンツの工房では、爺さんの仕事を飽きずに眺め、「その鎚の持ち替え、三通りあるんですね」と言い当てて、爺さんに初めて「小僧、目がええな」と言わせた。ミナとは犬猿——正確には、ミナが一方的に警戒した。自分の縄張り(俺の現場とヴェルク)に入ってくる同年代への、猫のような威嚇だった。
「あいつ、うさんくさい」
「お前も最初、俺をそういう目で見てたぞ」
「アルトは鈍かった。あいつは違う。あいつ——見えてないふりが、うまい」
ミナの言語感覚は、時々、ぞっとするほど正確だった。
そのミナの警戒をよそに、ピンは祠にも行った。俺は少し離れて見ていた。少年は傾いだ祠の前に立ち、首を傾げ、もう一度傾げ、それから供え物の椀に、懐から出した干し棗をひとつ、置いた。
「……どの神様か知らないけど。お邪魔してます」
そう言って、ぺこりと頭を下げて、戻ってきた。
夜、祠で聞いた。
「棗、食ったのか」
「匂いだけな」
ヴェルクの声は、いつもより少しだけ、複雑だった。
「……律儀な子じゃの。誰に習うたか、拝み方の筋がええ」
「筋?」
「なんでもないわ。ほれ、寝ろ寝ろ」
言わない時のこいつは言えないことを抱えている——のはいつも通りとして、今回は少し、毛色が違う気がした。抱えているのが、苦い秘密ではなく、なんというか……懐かしいものであるような。
*
報せが来たのは、その翌日だった。
麓の町から戻ったドガの部下が、一通の書状を預かってきた。上等な封蝋。ハーヴェル家の紋。宛名は「リンデ辺境領主 アルト・ハーヴェル殿」——ご丁寧に「殿」ときた。
差出人は、実家の家宰だった。要旨はこうだ。
「近隣にて貴領の繁栄の噂を耳にし、家門一同、大変喜ばしく思っている。ついては近日、しかるべき使者を遣わし、貴領の現況を検分させたい」
「……検分、ね」
読み終えて、俺は書状を執務室の机に置いた。棚の上でヴェルクが、置物のくせに露骨に「読め」という気配を出していたので、読み上げてやった。
「なんじゃ、要するに」
「金の匂いがしたから、様子を見に来る」
「身も蓋もないのう」
身も蓋もない話なのだ、これは。捨てた土地が金を生み始めたら、捨てた側はどうするか。前世でも今世でも、答えは一つしかない。
——回収に、来る。




