第22話「隊商の少年」
祭りの翌朝、隊商は麓の町へ発っていった。ドガの護衛付き試験輸送、第一便である。
——が、一人だけ、残った。
「ピンです。次の隊商が来るまで、置いてもらえませんか」
例の、身なりのいい少年だった。歳は十二、三。旅装は上等だが、荷物は小さな背負い袋ひとつ。聞けば、隊商の親方に「町までの駄賃働き」で拾われた口で、決まった家はないという。
「親はいないのか」
「はい。あちこちで暮らしてます。風の吹くまま、ってやつです」
深刻ぶるでもなく、少年はからりと笑った。マルタ婆さんが例によって上から下まで二往復の値踏みをして、「飯の分は働きな」の一言で滞在が決まった。この村の入国審査はいつもこれだ。
*
ピンは、驚くほど使える子だった。
水汲みを頼めば、天秤棒の使い方を知っている。リエラの置いていった売掛の帳面を見れば、「この換算、銅貨三枚ずれてます」と言い当てる。ハンナさんの厨房では香草の名前を全部知っていて、ザラの部下たちとは兵隊の賭け札遊びの札さばきで渡り合った。
「お前、何歳だ」
「十三です。たぶん」
「どこでそんなに色々覚えた」
「道端です。世界って、けっこう親切なんですよ。歩いてれば、だいたい教えてくれます」
言うことがいちいち、渡り鳥じみていた。
そして彼は、よく喋った。この村に来てからの俺は、村人の無口さに慣れきっていたから、ピンの口数は新鮮だった。曰く、港町メルカの市場では朝に魚の競りがあって騒がしいこと。曰く、王都グラナの大通りは石畳で、雨の日も靴が汚れないこと。
「——あ、でもここの石畳のほうが、上等ですね」
畑の下から掘り出した旧街道を見て、ピンはさらりと言った。
「王都のより、上等?」
「ぜんぜん。王都のは、ところどころ直しが雑なんです。これは……直しが要らない置き方をしてある。すごいなあ」
十三歳の言うことではなかった。俺は少しだけ、この少年の値踏みをし直した。
*
夕方、事件——と呼ぶほどでもない何か——が起きた。
村の縁の療治場は、ピンが来てから「休診」にしてある。外の人間に見せていいものではないからだ。シルヴァにも、悪いが顔を出すなと頼んであった。
頼んで、あったのだが。
夕闇の塀の向こうに、銀色の巨体が、ぬっと現れた。休診の意味が分かっていなかったのか、単に俺の顔を見に来たのか。まずい、と思った時には、ピンが井戸端からまっすぐそれを見ていた。
大の男でも腰を抜かす大きさの、狼型の魔物である。
「わ」
ピンは言った。
「大きい犬ですね」
「……犬?」
「犬じゃないんですか?」
シルヴァは、犬扱いされた不服より先に、何か別のものを感じたらしく、じっとピンを見た。ピンもじっと見返した。それから銀狼は、ふいと闇に消えた。
「行っちゃった。人見知りなんですね」
からから笑って、ピンは水汲みに戻った。
怯えなさすぎである。旅慣れた子供は肝が据わっている、にしても——あれは、据わり方の種類が違う気がした。まるで、もっと大きいものを見慣れているような。
「……なあ、ヴェルク。あの子、何だと思う」
夜、祠で聞くと、人形は妙な間を置いてから、言った。
「客じゃよ。……ただの、な」
嘘は言わない神様の「ただの」ほど、ただでない言葉もない。




