第21話「十七人の祭り」
畑が、初めての実りをよこした。
春に起こした土に蒔いた、早生の麦と根菜。正直、初年度は土作りだけのつもりだった。だがこの村の土は——例の、理屈に合わないほど良い土は——半年を待たずに、穂を実らせた。
「祭りだね」とマルタ婆さんが宣言した。「初穂の祭りだ。この村で祭りをやるのは……何年ぶりかね」
誰も覚えていなかった。それが答えだった。
*
祭りの支度は、村の人口比からすると、暴挙に近い規模になった。
広場に篝火の組み木。ガンツの工房からは、俺と爺さんが「祭り用」の名目で拵えた長机(二人とも途中から楽しくなって、明らかに祭り以上の品になった。反省はしていない)。ザラの部下二人が丸太を運び、フィオナさんは「祭事は教会の管轄です」と言いながら誰より張り切って飾り紐を編み、ミナとポポが完成した飾りを片端から検分して回った。
そして、竈場は、ハンナさんの戦場だった。
「新麦、挽けました!」「窯、温度いいよ!」「兎、三羽、下処理済み!」
俺も焼き窯の修理と増設で参戦した。竈の火床を直し、熱の回りを図面で確かめ、窯の天井の丸みを、あるべき形に、ほんの少しだけ「戻し」ておいた。ヴェルクが祠から「窯はええぞ、窯は。人の暮らしの心臓じゃ」と講釈を垂れた。珍しく、全面的に同意見だった。
フィオナさんは、最初に刈った一束を広場の神棚へ供えた。春の種はテラに、沢から汲んだ水はミアに、篝火はソールに、狩りの無事はガルドに、祭りへ客を運んだ道はメルに。五柱への祈りは大仰な礼拝ではなく、暮らしの仕事を五つに分けて礼を言うものらしい。
古い神棚には、供え先のない六つ目の窪みがあった。そこだけは空のまま、誰も気にせず、祭りの灯を受けていた。
日が暮れて、篝火が入った。
主役は、ハンナさんの新作——窯焼き麦粥だった。
新麦の粥を素焼きの深皿に張り、兎の出汁と根菜を沈め、上に薄く麦の粉と油を刷いて、窯で焼く。表面はこんがりと香ばしい薄皮になり、匙を入れると、下から湯気と一緒に、金色の粥が現れる。
一口で、分かった。これは、事件だ。
薄皮の香ばしさ。粥の甘み。出汁の深み。そして全部を支える、あの井戸の水。村人たちは最初の一匙で黙り込み、次の瞬間には奪い合いになった。ザラは五杯目で部下に止められていた。
「塩がもうちょっと安けりゃ、もっと化けるんだけどねえ」
ハンナさんは悔しそうに言った。塩。辺境の塩は、大回りしてくるから高い。俺とリエラは、思わず目を見合わせた。地面の下の、あの真っ直ぐな道のことを、多分二人同時に考えていた。
*
宴もたけなわの頃、マルタ婆さんが杯を掲げた。
「初穂に。井戸に。……それから、まあ、なんだ」
婆さんは俺のほうへ、杯を少し傾けた。
「——何日もつか分からんかった領主様が、まだおることに」
どっと笑いが起きた。ひどい乾杯の音頭である。だが村人たちは笑いながら、みんな俺のほうへ杯を掲げていた。ガンツの爺さんまで、無言で杯を上げていた。
「領主様、ありがとうねえ」
井戸の時の婆さんが、また俺の手を握った。あの時と同じ、皺だらけの小さい手で。
「ありがとうねえ。今年の冬は、ひもじくないよ」
——井戸は、公共インフラなので。
あの日は、そう言って逃げた。礼の受け取り方のデータがなくて、手を引っこ抜いて、道具箱に逃げ込んだ。
今日は。
「……はい」
俺は、婆さんの手を、握り返した。
「どういたしまして。来年は、もっと穫れます」
言えた。たったそれだけのことが、十八年——いや、四十二年と十八年かかって、やっと言えた。祠の方角で、誰かさんが「ふぉっふぉ」と笑った気がしたが、篝火の爆ぜる音ということにしておいた。
*
宴の輪の外れに、リエラの姿があった。
彼女は今日、商売抜きの客として来ていた——はずなのだが、広場の隅で、見知らぬ男たちと話し込んでいた。旅装の商人風が二人。護衛らしき狩人がひとり。ドガの言っていた「試しの一回」の隊商が、祭りの噂を聞いて寄ったらしい。
その一行の後ろに。
身なりのいい少年が、ひとり、立っていた。
歳はミナより少し上か。旅塵にまみれてなお仕立ての良さが分かる外套。商人の子——にしては、目つきが違った。少年は祭りの輪を、篝火を、笑う村人たちを、そして俺を——面白くてたまらない、という目で、眺めていた。
目が合うと、少年はにこりと笑って、ぺこりと頭を下げた。
行儀のいい子だ、と俺はその時、思っただけだった。




