第18話「ドガの帳簿」
ドガは、組合の板書の三日後に来た。今度も一人で、今度は帳簿を抱えて。
「読んだか、上からの」
「読みました。……説明を求む、と」
「説明できんのか」
「できません。正直に言えば」
ドガは鼻で笑って、執務室の床几に腰を下ろした。棚の上ではヴェルクが今日も置物に徹している。最近は置物のくせに、話が面白くなると微妙に前のめりになる。
「なら、こっちの帳簿の説明からだ」
ドガが広げたのは、組合の討伐記録だった。この筋の縄張りの、月ごとの討伐数と報奨額。指が、直近の欄を叩く。
「先月、うちの組の討伐はゼロだ。ゼロなんて数字は、親父の代から一度もねえ。今月もこのままならゼロ。……なあ領主様。教会ってのはな、増える数字より減る数字に敏感なんだ」
「討伐が減って、なぜ教会が」
「報奨の申請が減るからだよ。申請が減りゃ、理由を調べる。魔物が減ったのか、狩人が怠けてるのか、それとも——誰かが魔物を狩らせてねえのか」
最後のひとつだけ、ドガは俺の目を見て言った。
「今はまだ、麓の帳簿方が首を捻ってる段階だ。だがこの数字が半年続けば、書類は教区に上がる。教区に上がりゃ、いずれ巡察の耳に入る。……分かるか。あんたの村の『平和』はな、帳簿の上じゃ異常なんだよ」
背中に、遠い雷を聞いた気がした。まだ遠い。だが、確かに鳴っている。
*
「そこで、だ」
ドガは帳簿をめくって、白紙の頁を開いた。
「取引の二回目といこうじゃねえか。……あんたの村のせいで、俺らの狩りは上がったりだ。なら、狩りに代わる飯の種を、あんたが出せ」
「と、言うと」
「護衛と、案内だ」
ドガの計画は、こうだった。リエラの荷車は、今や二週間ごとにこの村に通っている。積み荷は増える一方で、そのうち噂を聞いた別の商人も来る。だが、ここは緩衝帯の縁。街道の治安は保証の外。
「俺らは山を知ってる。魔物の気配も、道の崩れも読める。商隊に狩人の護衛をつけて、銭を取る。討伐じゃなく、通行の安全を売る。……どうだ」
「理に適ってると思います。というか、それ、俺に許可を取る話ですか? 組合の商売でしょう」
「馬鹿。あんたの村が絡まなきゃ成り立たねえ話だ」
ドガは指を折った。
「一つ、護衛の起点と終点はこの村だ。狩人の詰め所と、飯と、水がいる。二つ、装備の修理。山で得物が欠けりゃ命に関わる。ガンツの爺さんの工房を、俺らの御用達にさせろ。三つ——」
三本目の指で、ドガは自分の帳簿を叩いた。
「この『護衛業』の実績を、組合の帳簿に載せる。討伐ゼロの言い訳が立つ。教会には『魔物が減ったんで商売替えです』で通す。……嘘じゃねえしな」
俺は、正直に感心していた。この男、帳簿の上の戦をしている。減る数字を、増える数字で塗り替える。前世の経理部長がよく言っていた。「数字は消せない。だが、意味は変えられる」と。
「乗ります。詰め所は、東の空き家を直しましょう。飯はハンナさんに増員の相談を。修理の窓口はガンツさん——価格は」
「七掛けだろ、どうせ」
「話が早い」
*
商談がまとまって、ドガが帰り支度を始めた時だった。
「……なあ、領主様。ひとつ、余計な忠告だ」
戸口で、彼は振り返らずに言った。
「魔物の療治場のことは、聞かねえ。俺の目は節穴ってことにしといてやる。村の連中も口は堅い。だがな——この村に、これから外の人間が増える。護衛の狩人。商人。そのうち、もっと上等なのも来るだろうよ」
崖の目が、肩越しにこちらを見た。
「隠すなら、今のうちに、隠し方を決めとけ。……試しに一回だけだ。次の隊商から、護衛を出す」




