第17話「集まる獣たち」
獣の「列」の正体は、三日後の夜明けに判明した。
村はずれの、シルヴァの線のすぐ外。そこに、傷ついた魔物が一頭、伏せて待っていた。狸に似た小さな獣で、後ろ脚が例の捻れ方をしていた。その脇に、シルヴァが座っていた。俺を見つけると、銀狼は短く鼻を鳴らした。
——連れてきた。診てやってくれ。
言葉はなくても、そうとしか読めなかった。
「……お前なあ。ここを何だと思ってる」
シルヴァは尻尾を一度だけ振った。答えらしい。診療所だと思っているのだ。
断れるはずもなかった。触れて、視て、戻す。狸もどきは跳ね回り、シルヴァに頭を擦り付けてから、哭原の方へ帰っていった。……帰るのか。居着かないんだな、と思った俺は甘かった。翌朝には次の一頭が、その翌朝には二頭が、線の外で伏せて待っていた。
シルヴァは順番を仕切っていた。割り込む個体を鼻先で押し戻し、重症を先に通し、治った者を送り出す。完璧な交通整理だった。前世の総合病院の外来より統制が取れていた。
「……なあヴェルク。これ、どこまで増える」
「さての。……お前さん、評判がええからの。あちら側で」
あちら側、の意味を、俺はまだ深く考えないようにしていた。
*
村人たちが気づかないはずも、なかった。
だが、この村の反応は、俺の予想とは違った。悲鳴も、通報もなかった。年寄りたちは塀の上から遠巻きに眺め、「まあ、襲うてこんならええ」と言い、ハンナさんは「あの狸、うちの畑の芋を掘らんといてくれるなら」と言い、マルタ婆さんに至っては「昔からこの村は変なんだ。変が一つ増えただけさ」と締めた。
流儀なのだ。訳の中身は、聞かない。魔物の中身も、聞かない。
ただ一人、ザラだけが、違う顔をしていた。
彼女は治療の列を、遠くから、身動きせずに見ていることがあった。大剣の柄に手を置いたまま。警戒の顔——の奥に、もっと別の、飲み下せない何かを噛んでいる顔だった。
「ザラさん。魔物は、やっぱり」
「……いや」
彼女は首を振った。振ってから、ひとりごとのように言った。
「魔物は、憎い。仲間を殺されたこともある。だが……」
だが、の先は、長いこと出てこなかった。
「……昔、北の砦にいた頃な。妙な命令を、受けたことがある。それだけだ。忘れろ」
彼女は話を切って、薪割りに戻った。斧の音が、いつもより荒かった。
*
その週、村で葬式があった。
逃げそびれ組の最年長、寝たきりだったヨレの爺さん(マルタ婆さん命名の渾名しか誰も知らなかった)が、眠るように逝った。悲しみは静かだった。老人の多いこの村では、死は隣人だった。
俺が凍りついたのは、埋葬の段になってからだ。
棺に納める段になって、マルタ婆さんが、爺さんの愛用していた煙管を取り出した。長年使い込まれた、いい煙管だった。婆さんはそれを両手で持ち——石の上で、へし折った。
「っ、な——」
声が出かかった。隣でフィオナさんが、静かに祈りの句を唱えていた。
「手向け壊しです」と彼女は小声で教えてくれた。「故人の愛用の品を壊して持たせる風習です。壊しておかないと……狂神に、持って行かれてしまうから」
折られた煙管が、棺に納められる。村人は誰も驚かない。当たり前の、千年続いた作法として。
俺の頭の中では、折られた瞬間の煙管の図面が、悲鳴を上げたまま残っていた。あるべき形を、わざと壊す。使い込まれた道具を、最後の最後に、壊してから送る。
——なぜか。理屈より先に、腹の底が「逆だ」と言っていた。
何が逆なのかは、自分でも分からなかった。ただ、直せるのに壊された物の図面は、いつまでも頭の中で軋み続けた。その夜、祠のヴェルクは俺の顔を見て何かを察し、そして、何も言わなかった。
*
数日後。狩人組合の使いが、一通の板書を届けてきた。
宛名は領主。差出はドガではなく、組合の筋の上のほうだった。曰く——リンデ村周辺における討伐実績の異常な減少について、説明を求む。
「……来たか」
魔物が狩れない土地は、狩人が飢える土地だ。そして飢えの音は、俺が思うより早く、上まで届いていた。




