第14話「礼拝堂の司祭様」
司祭様が来る、という報せは、村を軽い騒ぎにした。
「三年ぶりじゃ」とマルタ婆さんは言った。「前のは、赴任して七日で逃げた」
歴代領主といい歴代司祭といい、この村の記録はどれも辛辣である。
やってきたのは、荷物を自分で背負った、若い女性だった。歳は二十歳ほど。旅装の上からでも分かる、糊の効いたような姿勢。彼女は村の入り口で立ち止まり、深呼吸をひとつして、告げた。
「聖ソール法国より参りました、司祭見習いのフィオナと申します。本日よりこの地の礼拝堂を預かります。……辺境伝道の、栄誉ある任です」
「栄誉ある」のところだけ、わずかに声が硬かった。この世界にも建前というものはある。
*
問題は、礼拝堂だった。
村の礼拝堂は、俺が先月直してしまっていた。屋根、壁、床、祭壇。倒れた長椅子も組み直し、五大神の祭具も磨いておいた。信心からではない。壊れた建物が村の真ん中にあると、疼くからだ。
フィオナさんは礼拝堂の敷居をまたぎ、中を見回して、固まった。
「……直って、いる」
「はい。先月、私が」
「どなたの許可で?」
「……許可?」
「礼拝堂の修繕は、教区への申請と、修繕範囲の検認と、奉仕記録への記載が必要です。様式八号! 提出されていますか?!」
されているわけがなかった。俺は様式八号の存在を今知った。
「し、しかしですね、雨漏りで祭壇が傷む状態で……」
「感謝しています!」
彼女は突然、深々と頭を下げた。
「感謝、して、います。この礼拝堂がどれほど丁寧に直されたか、見れば分かります。長椅子の木目まで揃えて……ですが! 手続きは! 手続きなのです!」
感謝と譴責を同時にやろうとして、器用に混線していた。生真面目、という言葉が服を着て歩いている人だった。結局、彼女は「事後申請の様式八号の二」なるものを取り寄せて自ら書き、俺は署名だけさせられた。
*
フィオナさんの説教は、実のところ、悪くなかった。
五大神の祈りの分担を、彼女は村の暮らしに沿って説いた。種まきの朝は豊穣神テラに。旅立ちの日は風神メルに。産屋には水神ミアを。剣を取る日は武神ガルドに。そして誓いと裁きは光神ソールに。
「祈りとは、暮らしの区切りに姿勢を正すことです。難しいことではありません」
村の年寄りたちは素直に頷いていた。ザラは「剣を取る日の祈り」だけ、目を伏せて聞いていた。
問題は、説教の後だった。
「——ときに、皆さん」
フィオナさんは、村の古い家から持ち出されてきた小神棚を手に取った。マルタ婆さんの家の物だ。五角形の、どこにでもある神棚。五つの窪みに、五大神の小さな護符が納まっている。
「この神棚、窪みが……六つ、ありますね?」
言われて、俺も初めて気づいた。
五つの護符の窪みの下に、もうひとつ。空の窪みが、彫られている。位置も大きさも他と揃った、六つ目の窪み。
「ああ、そりゃ『戒めの窪み』だよ」とマルタ婆さんが事もなげに言った。「古い神棚にはあるのさ。空けとくもんだと決まっとる」
「なぜです?」
「知らんね。婆さまの代からそうだった」
「教義のどこにも、そのような……いえ」
フィオナさんは何か言いかけて、司祭見習いの顔で言葉を仕舞った。だが俺は見てしまった。彼女が神棚を戻す時、六つ目の窪みを、指先でそっとなぞったのを。
納得のいかないことを、そのままにできない目だった。ああいう目は、知っている。毎朝、鏡で見ている。
*
夕刻。礼拝堂の掃除を終えたフィオナさんが、俺のところに来た。
「領主様。ひとつ、伺っても」
「どうぞ」
「この村は……その、なんと言いますか」
彼女は言葉を探して、礼拝堂と、井戸と、村はずれの祠の方角を順に見た。
「祈りの気配が……変です」
「変、ですか」
「変です。礼拝の作法は皆さん、正直かなり雑です。なのに——この村、どこもかしこも、妙に……祈られている」
俺は曖昧に笑ってごまかした。心当たりは、山ほどあった。




