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第13話「ガンツの目」

翌朝、工房の前に呼び出された。


ガンツの爺さんと差し向かいで話すのは、思えば初めてだった。取引の口利きすら、これまでは板切れ一枚で済まされてきた。爺さんは俺に床几(しょうぎ)を勧め、自分は金床の前に腰を下ろして、火も入れずに、しばらく黙っていた。


「……坊主。ゆうべの研ぎ、ありゃ何じゃ」


「何、というと」


「わざと外しとったろう。刃の角度。きっちり、同じ幅だけ」


心臓が、一拍、跳ねた。


「揃えて外すのはな、揃えて当てるより難しいんじゃ。分かるか。……分かるじゃろうな、お前さんには」


爺さんの目は、責める目ではなかった。それが、かえって怖かった。


「答えんでいい。何も言うな。ワシも何も聞かん。……ただの、独り言じゃ」


爺さんは立ち上がり、壁の道具棚から使い込んだ(かんな)を取った。刃を検め、台を拭い、それから——棚に戻す前に、ほんの一瞬、両手の中の鉋に向かって、小さく頭を下げた。


初日から気づいていた、あの仕草。仕事仕舞いの、礼。


「その癖、どなたに?」


「師匠じゃ。師匠は、そのまた師匠に習うたと。……理由は知らん。ギルドの誰も知らん。ただの古い癖じゃ」


爺さんは鉋を棚に置いた。


「じゃがな、坊主。ワシはこの癖だけは、誰に笑われてもやめんかった。道具に礼を言うたびに、なんでか、こう——誰かに聞かれとるような気がしての」


(ほこら)の方角から、風が吹いた。気のせいだと思うことにした。



【幕間・工房の火】


——ガンツが若かった頃、王都グラナの金物工房で、彼は師範代だった。


師匠は変わり者だった。型どおりの仕事をする。検認も毎年通す。だが年に幾度か、夜更けの工房で、弟子にも見せない仕事をした。ガンツは一度だけ、それを覗いてしまったことがある。


師匠が作っていたのは、小さな木の腕だった。


肘が曲がり、指が五本、それぞれに動く——人形の腕。継ぎ手の組み方は、ギルドのどの型帳にも載っていない。見たこともないのに、なぜか懐かしいような、歌うような構造だった。


「見たか」と師匠は言った。怒らなかった。「これはな、儂の師匠の、そのまた師匠から来とる技じゃ。人形師フェルン——聞いたことも、あるまい」


なかった。あるはずがない。その名を口にする者は、もうどこにもいなかったから。


「昔、それはそれは腕のいい人形師がおった。命のない人形を、歩かせるほどの。……それがどうなったかは、聞くな。技だけ、こうして細う細う、生き残っとる。誰かがどこかで手ェ合わせて、拝むみたいに継いどるんじゃ」


半年後、師匠は連れて行かれた。


罪状は「型にない技の使用」。訴え出たのは、兄弟子だった。検認の席次を争っていた男で、密告の礼金で自分の工房を持った。師匠は聖都ソリアに送られ——戻らなかった。聖都送りの意味を、ガンツはその時、初めて本当に知った。


ワシは、何もせんかった。


かばう言葉ひとつ、言わんかった。次はワシじゃと、震えとった。それだけの男じゃった。


工房を畳んで故郷の廃村に戻り、型どおりの仕事だけをして四十年。道具に礼をする癖だけが、師匠の形見だった。


そして今——目の前に、あの夜の師匠と同じ手を持つ若造がいる。いや、あれよりなお、深い手じゃ。あの腕なら、教会の連中は放っておかん。見つかれば、連れて行かれる。あの日の師匠と、同じに。


ガンツは冷えた火床に炭を組みながら、独りごちた。


「……ワシは二度も、見殺しにはせん」


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