第12話「値付けできない」
二週間後、リエラは宣言通りに戻ってきた。そして俺は、商売の洗礼を受けた。
「売れた。売れたわよ、全部。……売れたんだけどね!」
荷車から飛び降りるなり、彼女は帳面を突き付けてきた。几帳面な字で、農具の売値がずらりと並んでいる。相場の倍近い値がついていた。
「儲かったなら、良かったじゃないですか」
「良くない!」
リエラは声を落として、俺を井戸の陰に引っ張り込んだ。
「いい? あの鎌、町の金物屋が見て、腰を抜かしたの。『こんな刃付けは見たことがない』って。研ぎ師が三人集まってきて、しまいには言い出したのよ。——『これ、どこの聖認型だ』って」
「聖認型」
「とぼけないで。あんただって知ってるでしょ」
知っている。この国で物を作るとは、型をなぞることだ。あらゆる工作物には、教会の検認を受けた型——聖認型がある。鍬の形。鎌の反り。継ぎ手の寸法。職人の腕とは、その型をどれだけ忠実に再現できるかで測られる。型から外れた工夫は、申請して、審査されて、大抵は却下される。
「型のない物を作るのは、御法度。そして——型より良すぎる物も、御法度なのよ」
リエラの声は、商人の声から、別の声に変わっていた。
「型どおりに作って、型どおりの出来になる。それが正しい職人。型どおりに作ったはずなのに、出来が型を超えてる職人は……『どこでその技を覚えた?』って聞かれるの。誰に? ——教会に」
風が、井戸の上を渡っていった。
「あたしは行商人よ。仕入れた品の出所を聞かれたら、答える義務がある。今回は『辺境の無名の工房』で通した。通したけど、次に金物屋が研ぎ師を連れて待ち構えてたら? その次、教会の耳に入ったら?」
「……売り物として、まずい」
「まずい。最っ高にいい品で、最っ悪に売りにくい。商人泣かせにも程があるわ」
彼女は帳面をぱらぱらとめくって、売値の欄を爪で叩いた。
「これ、王都に持ってけば金貨十枚はつく。……つくけど、売ったら足がつく! 分かる? あたしは今、儲け話を前に『儲けすぎないでくれ』って頼んでるの。商人が! この意味、分かる?!」
半泣きだった。俺は素直に頭を下げた。
「すみませんでした。以後、品質を……その、抑えます」
「そうして。具体的には——七掛けくらいの出来でお願い」
七掛け。どこかで聞いた数字だ。この村の取引は、なぜかいつも七掛けに落ち着く。
*
というわけで、俺は人生で初めての訓練を始めた。
「手を抜く訓練」である。
これが、想像を絶して難しかった。刃を研ぐ。あるべき角度が視えている。そこから、わざと半度ずらす——手が、震えるのだ。ずらした瞬間、頭の中の図面が「違う」と疼く。虫歯を自分で押すような作業だった。
「坊主。顔が死んどるぞ」
「黙っててくれ」
祠でヴェルクに愚痴ると、神様は膝の上で頬杖をついて、妙にしみじみと言った。
「わざと下手に作る、か。……千年前にも、そういう時代はなかったのう。作り手が上手さを謝る時代とは」
「昔は違ったのか」
「昔はな」
それきり、ヴェルクは続きを言わなかった。言わない時のこいつは、大抵、言えないことを抱えている。俺はもう追及しない。藪の管理は徹底している。
*
数日後の夕方だった。
「抑えた」出来の鎌を工房の軒先に並べていると、視線を感じた。
ガンツの爺さんだった。
いつからいたのか、工房の戸口に立って、俺の並べた鎌を見ている。それから、俺の手元を見た。研ぎかけの一本。あるべき角度から、きっちり半度ずらした、俺の「七掛け」の仕事。
爺さんは、長いこと、黙ってそれを見ていた。
夕陽が沈みきるまで。何も言わずに。




