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第11話「行商人リエラ」

ろばの引く荷車は、村の入り口で停まった。


御者台から降りてきたのは、赤毛をひっつめた若い女だった。歳は俺と同じくらい。旅塵で汚れた外套の下に、几帳面に手入れされた革の帳面袋を提げている。彼女は崩れた石塀を見て、板の外れた家々を見て、それから修理を終えたばかりの井戸を見て——ぴたりと、止まった。


「……ちょっと、いい?」


第一声がそれだった。名乗りもなしに、女は井戸に歩み寄り、縁石を撫で、釣瓶(つるべ)の縄の結び目を確かめ、しゃがんで滑車を下から覗き込んだ。


「この滑車、誰が組んだの」


「俺ですが」


「ふうん。あんたが」


女はようやく俺を見た。値踏みの目——ではあったが、この村の連中とは種類が違った。あれは物の値段を見る目だ。そして俺は、どうやら「売り物」の側だった。


「あたしはリエラ。(ふもと)の町から来た行商人。……で、あんたがこの村の、噂の領主様?」


「噂?」


「町の酒場でちょっとね。『死に村が生き返りかけてる』って」


なるほど。噂というのは、俺が思うより足が早いらしい。



リエラの商売は早かった。


荷車から下ろしたのは、塩、鉄、油、針と糸、それに安い麻布。辺境の村が喉から手が出るほど欲しい物ばかりだ。マルタ婆さんが村の窮状を盛りに盛って値切りにかかり、リエラが「うちも慈善じゃないんで」と受けて立ち、二人の間で火花が散った。見応えのある試合だった。判定はマルタ婆さんの微妙な勝ち。塩が相場の九掛けになった。


「で、支払いは? 見たとこ、銭のある村じゃないけど」


「物々交換を提案します」


俺は納屋から、修理を終えた農具を運び出した。


歴代の村人が置いていった、折れ(くわ)、欠け鎌、曲がった鋤先。ガンツの工房で直せる物は爺さんが直し、爺さんが「割に合わん」と放り出した重症品を、俺が夜なべで——例の力は仕上げだけ、を守りつつ——直したものだ。


リエラは鎌を一本、手に取った。


刃を陽にかざす。指の腹で刃先を確かめる。柄と刃の継ぎ目を撫でる。商人の手つきだったものが、途中から、職人の手つきになった。


「…………」


「駄目ですか」


「黙って」


彼女は次の一本を取った。それも検分した。三本目。四本目。だんだん手が速くなり、しまいには荷台に半身を突っ込んで全部の農具を検めた。荷台から出てきたリエラの顔は、上気していた。


「あんたねえ。……これ、どこの工房の仕事?」


「うちの、村の」


「嘘。こんな仕事、王都の聖認の工房でも……いえ、待って。逆よ。むしろ……」


彼女はそこで言葉を切って、俺をじっと見た。しばらく何かを計算する顔をして、それから、ぱん、と帳面を閉じた。


「——買った。全部。塩と油はさっきの値から、さらに一割引いてあげる」


「え、いいんですか」


「その代わり、次も、あたしに売ること。他の商人が来ても先に、あたし。いい?」


俺は少し考えた。考えたが、そもそも他の商人など来ない村である。断る理由が見当たらなかった。


「構いません。ええと……よろしく、リエラさん」


「リエラでいい」


彼女は手を差し出した。握ると、荷車の手綱で硬くなった、働く人間の手のひらだった。



荷積みを終えたリエラは、御者台の上から村をもう一度、ぐるりと見渡した。


死にかけの村。屋根だけ新しい家々。生き返った井戸。塀の向こうに広がる、灰色の哭原(なきはら)。それから、農具の礼にと持たせた干し肉の包み(ハンナさんが押し付けた)を膝に載せて、彼女は独り言のように言った。


「この村……ヤバいわ。いい意味で」


ろばが歩き出す。荷車が軋む。


「二週間で戻る! 売れる物、作っといて!」


振り返りもせず手だけ振って、行商人は街道の向こうに消えた。


「……売れる物、か」


俺は自分の手のひらを見た。売れる物なら、多分、作れる。問題は——売れすぎる物を作ってしまわないことのほうだ、という気がした。


この予感は、後日、盛大に当たることになる。


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