第11話「行商人リエラ」
ろばの引く荷車は、村の入り口で停まった。
御者台から降りてきたのは、赤毛をひっつめた若い女だった。歳は俺と同じくらい。旅塵で汚れた外套の下に、几帳面に手入れされた革の帳面袋を提げている。彼女は崩れた石塀を見て、板の外れた家々を見て、それから修理を終えたばかりの井戸を見て——ぴたりと、止まった。
「……ちょっと、いい?」
第一声がそれだった。名乗りもなしに、女は井戸に歩み寄り、縁石を撫で、釣瓶の縄の結び目を確かめ、しゃがんで滑車を下から覗き込んだ。
「この滑車、誰が組んだの」
「俺ですが」
「ふうん。あんたが」
女はようやく俺を見た。値踏みの目——ではあったが、この村の連中とは種類が違った。あれは物の値段を見る目だ。そして俺は、どうやら「売り物」の側だった。
「あたしはリエラ。麓の町から来た行商人。……で、あんたがこの村の、噂の領主様?」
「噂?」
「町の酒場でちょっとね。『死に村が生き返りかけてる』って」
なるほど。噂というのは、俺が思うより足が早いらしい。
*
リエラの商売は早かった。
荷車から下ろしたのは、塩、鉄、油、針と糸、それに安い麻布。辺境の村が喉から手が出るほど欲しい物ばかりだ。マルタ婆さんが村の窮状を盛りに盛って値切りにかかり、リエラが「うちも慈善じゃないんで」と受けて立ち、二人の間で火花が散った。見応えのある試合だった。判定はマルタ婆さんの微妙な勝ち。塩が相場の九掛けになった。
「で、支払いは? 見たとこ、銭のある村じゃないけど」
「物々交換を提案します」
俺は納屋から、修理を終えた農具を運び出した。
歴代の村人が置いていった、折れ鍬、欠け鎌、曲がった鋤先。ガンツの工房で直せる物は爺さんが直し、爺さんが「割に合わん」と放り出した重症品を、俺が夜なべで——例の力は仕上げだけ、を守りつつ——直したものだ。
リエラは鎌を一本、手に取った。
刃を陽にかざす。指の腹で刃先を確かめる。柄と刃の継ぎ目を撫でる。商人の手つきだったものが、途中から、職人の手つきになった。
「…………」
「駄目ですか」
「黙って」
彼女は次の一本を取った。それも検分した。三本目。四本目。だんだん手が速くなり、しまいには荷台に半身を突っ込んで全部の農具を検めた。荷台から出てきたリエラの顔は、上気していた。
「あんたねえ。……これ、どこの工房の仕事?」
「うちの、村の」
「嘘。こんな仕事、王都の聖認の工房でも……いえ、待って。逆よ。むしろ……」
彼女はそこで言葉を切って、俺をじっと見た。しばらく何かを計算する顔をして、それから、ぱん、と帳面を閉じた。
「——買った。全部。塩と油はさっきの値から、さらに一割引いてあげる」
「え、いいんですか」
「その代わり、次も、あたしに売ること。他の商人が来ても先に、あたし。いい?」
俺は少し考えた。考えたが、そもそも他の商人など来ない村である。断る理由が見当たらなかった。
「構いません。ええと……よろしく、リエラさん」
「リエラでいい」
彼女は手を差し出した。握ると、荷車の手綱で硬くなった、働く人間の手のひらだった。
*
荷積みを終えたリエラは、御者台の上から村をもう一度、ぐるりと見渡した。
死にかけの村。屋根だけ新しい家々。生き返った井戸。塀の向こうに広がる、灰色の哭原。それから、農具の礼にと持たせた干し肉の包み(ハンナさんが押し付けた)を膝に載せて、彼女は独り言のように言った。
「この村……ヤバいわ。いい意味で」
ろばが歩き出す。荷車が軋む。
「二週間で戻る! 売れる物、作っといて!」
振り返りもせず手だけ振って、行商人は街道の向こうに消えた。
「……売れる物、か」
俺は自分の手のひらを見た。売れる物なら、多分、作れる。問題は——売れすぎる物を作ってしまわないことのほうだ、という気がした。
この予感は、後日、盛大に当たることになる。




