資料編一「リンデ村・領主引継帳」
領主の引継帳、と表紙には書いてある。
前任者の記録は、白紙だった。仕方がないので、着任した俺が最初から書く。
──領地の現状──
【確認済み】リンデ村は、テラ王国北辺のさらに端にある。地図によっては名前がない。街道は荒れ、最寄りの町まで荷車で半日以上。領主館は雨漏りし、礼拝堂も工房も、使える部分より壊れた部分のほうが多い。
住民は、俺を含めて十七人。
年寄り八人
訳ありの大人六人
子供二人
追放を栄転と言い換えられた領主一人
訳の中身は聞かない。それが、この村の最初からあった規則らしい。
──修理済み──
井戸。領主館の屋根。共同小屋の戸。農具、数点。村外れの祠にあった、左腕の欠けた絡繰り人形。
井戸の水は、修理前から妙に旨かった。詰まりを除いてからは、もっと旨い。理由は不明。飲用に問題なし。むしろ町で売れる水準だが、水まで売り始めると目ざとい商人が寄ってきそうなので、当面保留。
──村外れの注意──
銀色の大狼が出る。
名はシルヴァ。古傷を治してから、村の近くに居着いた。魔物のはずだが、人を襲わない。俺を見ると伏せる。村人は「懐いた」と言う。ザラは「警護しているように見える」と言う。
どちらが正しいかは分からない。
【余白】シルヴァの耳の後ろは、触ると少しだけ目が細くなる。本人の名誉のため、ミナには教えない。
──祠の相棒──
名はヴェルク。本人によれば、忘れられた工匠神。
物を直すのは祈りだと言う。嘘は言わない。ただし、質問した以上のことも言わない。
当面の優先順位は、井戸、屋根、畑、冬支度。その次に、この村で何が起きているのか。
順番に直す。




