不可視
魔族の喉が、かすかに鳴った。
言葉を出そうとしている。
だが呼吸が追いつかない。
⸻
ジーナが静かに告げる。
「発声機能、不安定」
葵は小さく頷く。
「急がなくていい」
落ち着いた声。
責める調子ではない。
⸻
魔族は数度浅く息を吸い、
ようやくかすれた声を絞り出した。
「……おわれ……て……」
途切れ途切れ。
それでも意味は十分だった。
⸻
リオの表情が引き締まる。
「追われてる?」
セラの光がわずかに強まる。
「周囲索敵を強化」
⸻
葵は視線を外さず続ける。
「誰に」
⸻
魔族の瞳が揺れる。
躊躇ではない。
思い出すこと自体への拒絶。
⸻
「……わから……ない……」
⸻
猫族が小さく耳を動かす。
「わからない?」
明確な困惑。
⸻
ジーナの光が揺れる。
「発言の整合性に異常」
リオが低く呟く。
「記憶混濁か?」
⸻
魔族は弱々しく首を振った。
「ちが……う……」
息が荒い。
それでも必死に続ける。
⸻
「みえ……ない……」
⸻
一瞬。
その場の空気が静まり返る。
⸻
葵の眉がわずかに寄る。
「見えない?」
⸻
セラの声が低くなる。
「不可視個体?」
ジーナが即座に解析へ移る。
「該当データ……なし」
⸻
魔族は震える指で虚空を指した。
何もない霧の向こう。
⸻
「ずっと……いる……」
「でも……いない……」
⸻
葵の背中に、薄い寒気が走った。
理屈ではない。
ただの直感。
⸻
リオが周囲を睨む。
「精神干渉系か……?」
⸻
ジーナが静かに告げる。
「外部魔力侵食痕、検出されず」
否定。
だが説明にもならない。
⸻
魔族の瞳に浮かぶのは、
戦意でも敵意でもない。
純粋な怯えだった。
⸻
「……おとが……しない……」
「でも……ちかづく……」
⸻
風が止まる。
霧が揺れなくなる。
⸻
セラの翼光がわずかに鋭くなる。
「全員、警戒態勢へ移行」
⸻
葵は小さく息を吐いた。
理解できない。
だが確実に異常。
⸻
そして。
⸻
ジーナの光が、不意に乱れた。
「――後方、干渉反応」
⸻
何もなかったはずの空間が、
わずかに歪んだ。
⸻
「見えないもの」は、常に遅れて現れる。




