わけあり魔族
霧の中。
倒れた魔族は動かない。
呼吸だけがかすかに揺れている。
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誰もすぐには近づかなかった。
緊張が解けない。
魔族というだけで、この世界では十分な理由になる。
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最初に口を開いたのはリオだった。
「……どうする」
短い問い。
判断を委ねる声音。
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葵は少しだけ魔族を眺め、
小さく息を吐いた。
「敵ならさ」
間。
「もう少し、それっぽい出方するだろ」
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セラが即座に返す。
「断定は危険です」
「うん」
葵は素直に頷く。
否定しない。
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「だから信用もしない」
即答。
いつもの調子。
だが視線は逸らさない。
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リオが眉をひそめる。
「じゃあ放置か?」
葵は少しだけ考え、
首を横に振った。
「いや」
「理由くらいは聞く」
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猫族が小さく鳴く。
「きく……?」
「このまま死なれた方が気持ち悪い」
本音だった。
英雄的でも優しさでもない。
純粋な違和感処理。
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ジーナの光が揺れる。
「合理的判断としても妥当」
「そうなの?」
「はい。情報価値が高い個体です」
相変わらず機械的な言い方だった。
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セラは数秒だけ沈黙し、
それから告げる。
「……最低限の安全措置を条件に許可します」
「許可制なんだな……」
葵は苦笑する。
だが反発はしない。
慣れている。
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葵はゆっくり歩き出す。
無防備ではない。
距離を測る足取り。
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魔族のすぐ近くまで来て、立ち止まる。
しゃがまない。
触れない。
まず観察。
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「……生きてるな」
ジーナが即座に返す。
「生命反応、維持確認」
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葵は少しだけ迷い、
それから上着を脱いで投げた。
魔族の身体に軽く掛かる。
直接触れない距離感。
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リオが小さく笑う。
「用心深いのか雑なのか分からんな」
「どっちもだよ」
葵は淡々と答えた。
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魔族の瞳がわずかに開く。
焦点はまだ曖昧。
だが意識は戻りかけている。
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葵は静かに言う。
「聞きたいことがある」
敵への口調ではない。
だが警戒は消えない。
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「お前、何から逃げてきた?」
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空気が変わる。
霧の向こうで風が止まった気がした。
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魔族の瞳が微かに揺れる。
恐怖。
それだけは、はっきりしていた。
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世界の側にない怯えが、そこにあった。




