その後
夜
都市の外縁。
仮設の休憩地。
レヴァント周辺は野営が多い。
人の往来があるから、焚き火も罪にならない。
⸻
猫族は丸まり、眠気に負けていく。
リオは道具を拭きながら、ちらちら葵を見る。
セラは少し離れて浮かび、夜空と街道を同時に観測している。
ジーナは葵の肩の近くで、小さな光を一定の周期で明滅させていた。
⸻
葵は焚き火を見つめて、ぽつりと言った。
「……戦ってないのに、疲れた」
ジーナが即答する。
「高位存在との接触は、認知負荷が大きいです」
「会話しただけなのに?」
「会話に見えて、測定です」
葵は笑えなかった。
測られた。
確かにそうだ。
⸻
セラが淡々と告げる。
「ゼルヴァは排除ではなく観測を選択しました」
葵は少し考えてから言う。
「……それが一番怖いな」
セラは首を傾げる。
「恐怖の定義が不明です」
葵は小さく笑った。
「だろうね」
⸻
翌朝
夜明け前。
草原は薄い霧に包まれていた。
葵は浅い眠りから目を覚ます。
身体が重い。
筋肉痛じゃない。
芯に残る疲れ。
⸻
起き上がろうとして少しだけためらう。
「……ジーナ」
小さな光が揺れる。
「はい」
「今日、動けそう?」
「局所干渉強度は2.6付近で安定。精神摩耗は進行しています」
葵は苦笑する。
「回復、する?」
「します。ただし完全には戻りません」
「セーブ上書き型か……」
冗談のつもりだったが、笑えなかった。
⸻
荷をまとめる。
猫族が眠そうに目をこする。
リオは無言で周囲を確認する。
セラは霧の向こうを見ていた。
⸻
ジーナが先に言う。
「前方、微弱な魔力反応」
葵は足を止める。
「……人?」
「人間ではありません」
⸻
霧の奥。
人影がひとつ。
ゆっくり歩いてくる。
ふらついている。
⸻
輪郭が近づく。
赤黒い皮膚。
小さな角。
魔族。
⸻
だが戦闘態勢ではない。
敵意も、狩る気配もない。
ただ――
明らかに、限界の歩き方をしていた。
⸻
魔族は数歩進んで、膝をついた。
地面に手をつき、肩を震わせる。
声が漏れる。
「……みず……」
⸻
セラの光が強まる。
「近づかないでください」
リオが低く言う。
「罠かもしれない」
猫族は一歩引く。
本能が警戒している。
⸻
葵は一瞬だけ迷い――
それでも、水筒に手を伸ばした。
英雄みたいな顔はしていない。
ただ、現実を見ている顔だった。
「……死にそうだ」
セラが言う。
「魔族です」
葵は頷く。
「分かってる」
リオが一歩前に出る。
「葵、俺が行く」
葵は首を振る。
「近づくのは同じだろ。なら……俺がやる」
自分でも理由を言語化できない。
ただ、そうした方がいい気がした。
⸻
葵は水筒を地面に置き、少し距離を取って転がす。
魔族は震える手でそれを掴み、必死に飲んだ。
喉が鳴る。
水の音だけが霧に響く。
⸻
ジーナが静かに報告する。
「異常な魔力枯渇。自然消耗では説明困難」
セラが霧の向こうを見たまま言う。
「……追跡されている可能性」
リオが小さく舌打ちする。
「面倒だな」
⸻
魔族は水筒を抱えたまま、崩れるように倒れた。
意識は落ちた。
敵意も消えた。
代わりに残ったのは、説明できない違和感だった。
⸻
葵は霧の中の倒れた影を見て、静かに言う。
「……選べって言われてもさ」
誰に向けた言葉でもない。
自分に言っただけ。




