余韻
広場。
沈黙がしばらく残った。
誰もすぐには動けない。
助かったという実感と、
理解できない不気味さが混ざっている。
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最初に息を吐いたのはリオだった。
「……何だよ、今のは」
珍しく声が低い。
理屈ではなく、本音に近い響き。
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猫族が耳を伏せたまま呟く。
「こわいの、きえた……?」
セラが静かに観測を続ける。
「高位魔力反応、消失確認」
わずかな間。
「……追撃の兆候なし」
それでも誰も完全には安心しない。
相手が規格外すぎた。
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ジーナの光が淡く揺れる。
「局所確率層、安定化傾向」
葵は小さく息を吐く。
「安定って言われてもな……」
気持ちはまったく安定していない。
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広場の外縁。
いつの間にか人影が増えていた。
遠巻きにこちらを見ている。
住民たち。
ざわめきは小さい。
だが明確に異質な空気を察している。
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「今の……見た?」
「いや、何も分からなかったぞ」
「魔族……だよな?」
断片的な囁き。
誰も確信を持てない。
理解できない現象だったから。
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リオが小さく苦笑する。
「ほらな」
葵が顔を向ける。
「何が?」
「説明できない事象は、誰も触れたがらない」
妙に現実的な声音だった。
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セラが静かに付け加える。
「恐怖ではありません」
「え?」
「演算不能に対する拒否反応です」
それはこの世界らしい答えだった。
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葵は少しだけ空を見上げる。
何も変わらない空。
だが胸の奥に妙な違和感が残る。
「世界を迷わせている」
ゼルヴァの言葉が消えない。
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ジーナが小さく告げる。
「葵。思考負荷が増加しています」
「……ほっといて」
珍しく素っ気ない返事。
自分でも整理できていない。
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住民たちはやがて視線を逸らし始める。
誰も近づかない。
誰も問いかけない。
ただ静かに距離を取る。
それがこの世界の自然な反応だった。
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リオがぽつり。
「……厄介な存在ってのは、ああいうことを言うんだろうな」
葵は苦笑する。
「嬉しくない評価だよ」
否定はできなかった。
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広場を後にする。
いつも通りの都市。
いつも通りの流れ。
だが今日だけは、
ほんのわずかに空気が違っていた。
理由を理解できる者はいない。
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遠く離れた魔族領域。
歪んだ空間から現れたゼルヴァ=グランは、
静かに笑っていた。
「……やはりか」
興味は消えていない。
むしろ確信に近づいていた。
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世界の歪みは、まだ名付けられていない。




