いるだけで良い
翌朝。
レヴァントの朝は早かった。
まだ日が昇りきる前から、
どこかで木を打つ音や、人の話し声が聞こえてくる。
静かというより、穏やかな騒がしさ。
⸻
簡易宿の窓辺。
猫族が外を眺めている。
「……もううごいてる」
葵も覗き込んで、少し驚いた。
「ほんとだ」
⸻
広場ではすでに人が動いていた。
荷運び。
補修作業。
屋台の準備。
どれも特別なことではない。
ただの生活の延長。
⸻
けれど葵は、ほんの少しだけ違和感を覚える。
昨日とは空気が違う。
悪い意味ではない。
むしろ――
妙にざわつきが少ない。
⸻
ジーナが静かに告げた。
「周辺認知安定率、上昇」
「またその言い方……」
苦笑しつつも、葵は外を見る。
⸻
視線は確かにある。
だが境界都市で向けられていたものとは違う。
警戒でも、遠慮でもない。
⸻
「ちょうどいいところにいた」
背後から声。
⸻
振り返ると、昨日の女が立っていた。
相変わらず無駄のない立ち姿。
⸻
「少し付き合ってもらう」
葵は首をかしげる。
「依頼ですか?」
⸻
「確認だ」
短い返答。
「実地適応試験」
⸻
案内されたのは集落外れ。
簡易作業区画。
⸻
崩れかけた足場。
歪んだ搬送台。
昨日の雨で基礎が少し沈んでいる。
⸻
数人の作業員が頭を悩ませていた。
「組み直した方が早いか……?」
「いや、資材が足りない」
「でもこのままだと危ない」
⸻
女が葵を見る。
「そこに立て」
「え?」
「いいから」
⸻
言われるまま、
足場の近くへ歩み寄る。
ただ、それだけ。
⸻
すると。
⸻
「……あれ?」
作業員のひとりが首をかしげた。
「なんか……いけそうな気がする」
別の男も言う。
「待て、支柱の角度変えれば――」
「いや、それだ」
「それで噛み合う」
⸻
議論が急に滑り出す。
止まっていた思考が、
自然に繋がっていく。
⸻
リオが小さく目を細める。
「……露骨だな」
⸻
誰も無理はしていない。
魔法も派手な力も使っていない。
⸻
それでも作業は進む。
短時間で補修完了。
⸻
女が淡々と告げる。
「確認終了」
「何を確認したんですか……」
葵が少し呆れ気味に聞く。
⸻
「君の使い方だ」
あっさりした答え。
⸻
「使い方って……道具みたいに言わないでくださいよ」
「近いだろう」
即答。
⸻
悪意はない。
純粋な評価。
⸻
「人間圏では、干渉は障害にならない」
「むしろ」
わずかに間を置いて、
⸻
「効率になる」
⸻
葵は言葉を失う。
嬉しくないわけではない。
だが、妙な感覚。
⸻
ジーナが静かに補足する。
「環境との整合性が高いためです」
⸻
帰り道。
猫族が楽しそうに言う。
「なんか、ここすき」
リオは苦笑する。
「……俺はまだ慣れないがな」
⸻
雑多で、
少し頼りなく見える街並み。
⸻
けれど葵は、ふと思う。
⸻
昨日まで「いるだけで邪魔」だった自分が、
ここでは何も言われない。
⸻
それどころか、
普通に役に立っている。
⸻
「……ほんとに変な世界だな」
小さく呟いた。
⸻
遠くの空は今日も静かだった。
まだ誰も知らない。
この小さな集落で起きている変化が、
少しずつ波紋を広げ始めていることを。




