歓迎?
数日後。
境界都市の南門には、やわらかな朝の光が差していた。
葵たちはいつものように出発の支度を終えている。
荷物は少なめ。
慣れた手つき。
ただ、少しだけ空気が違った。
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見送りの人影はほとんどない。
誰かに止められることも、
惜しまれることもない。
静かすぎる門前。
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猫族が小さく辺りを見回す。
「……ほんとに、だれもこないね」
葵は苦笑した。
「まあ、いつも通りかな」
リオが肩をすくめる。
「合理的ってやつだな」
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拒絶もされない。
歓迎もされない。
ただ、そっと距離を置かれる。
この世界では、それが一番自然な反応だった。
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門の外には、人間統合管理局の一団が待っていた。
装備は簡素。
無駄のない実用的な装い。
どこか空気が軽い。
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先頭の女が静かに告げる。
「移動を開始する」
葵が尋ねる。
「急ぎですか?」
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女はあっさり答えた。
「通常速度だ」
少しだけ間を置いて、
「人間圏は逃げない」
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何気ない言葉だった。
けれど、その響きは他の種族とは少し違って聞こえた。
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街道を進むにつれ、景色がゆるやかに変わっていく。
石造りの建物は減り、
木造や簡易構造の建物が目立ち始める。
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統一感はない。
きれいに整っているとも言い難い。
けれど――
妙に生活の匂いが濃い。
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猫族が鼻をひくつかせた。
「におい、いっぱい」
リオも周囲を見渡す。
「……ずいぶん雑多だな」
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女が短く言う。
「可変だ」
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やがて見えてきたのは、人間圏の境界集落レヴァント。
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そこに広がっていたのは、
どこか落ち着かないほど自由な光景だった。
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増築された建物。
補修の跡。
仮設の壁。
改造された屋根。
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完成しているようで、
どこかずっと変わり続けている街。
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葵は思わず呟く。
「……なんだろうな、ここ」
ジーナが静かに補足する。
「恒常構造比率が低い環境です」
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一歩踏み入れた、その瞬間。
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「あ……」
「ほんとだ」
「なんか楽だ」
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人間たちの反応が、ほとんど間を置かずに広がった。
自然すぎるほど自然な変化。
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リオが目を細める。
「……適応が速いな」
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女は当然のように答える。
「観測済みだからな」
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「え?」
葵が聞き返す。
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「到着前から影響範囲を計測している」
何でもないような口調。
「問題はなかった」
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葵は少し困った顔になる。
「そんなことまで出来るんですか……」
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女は淡々と言った。
「人間は誤差を前提に設計する」
少しだけ視線を向けて、
「それだけだ」
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エルフは誤差を嫌う。
人間は誤差と付き合う。
その違いが、はっきりと浮かび上がる。
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広場を歩くだけで、
空気がすっと和らいでいく。
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疲れた表情が少し緩み、
肩の力が抜けていく。
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けれど誰も騒がない。
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「予想通りだな」
「やっぱ効くな」
「数値通りだ」
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驚きではなく、
確認に近い反応。
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葵は小さく苦笑する。
「……なんか扱いが軽くないですか?」
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ジーナが淡々と答える。
「高適合環境では自然な評価です」
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女が続ける。
「ここでは君はノイズではない」
少しだけ間を置いて、
「潤滑材だ」
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夕暮れ。
煙の匂い。
人の声。
入り混じる生活音。
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整然とした秩序はない。
けれど、不思議と落ち着く。
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リオがぽつりと呟いた。
「……なるほどな」
葵を見る。
「人間がしぶとい理由か」
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夜。
騒ぎは穏やか。
異常もない。
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葵は空を見上げる。
どこか落ち着かない感覚と、
少しの安堵。
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「……変な気分だな」
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歓迎されているわけでもない。
それでも――
拒まれてもいない。




