酒入り湯
謝砂は誰か居たらと肌着の内衣を着たままだったが脱いでポイと隅に置いて枕にした。
湯気がたち近づかないと見えないが線の細い人影が揺らいだ。
大きな湯舟には先客がいたようだ。静かに入っていたのなら寝ていたのを起こしたのかもしれない。誰が入っているのか分からずバシャバシャと慌てて
「ごめんなさい。今でます」
慌てて出ようとしたが柚子につるっと足を滑らせてバシャっと湯の中に落ちた。
柚子に邪魔されたが腕を掴まれて持ち上げられた顔を上げた。
湯をガブと飲んだがそれよりも鼻の中に水が入りツーンとした痛みに鼻筋を押さえる。
「私だ。冷えた体では風邪引く」
「クッシュン。脱衣所に服がなかった」
「見えてないだけだ。着替えも用意されている」
「ゆっくり入りたいだろ。湯を浴びたからすぐにでるよ」
「いい湯だから一緒に浸かればいい。一つの棺にも入った仲じゃないか。星星の糸を取りたいんだろ」
「そうか。爛がいいなら遠慮しないよ。寒いから一緒に入ったほうがあったかい気がする」
おもてなしに用意された柚子の実は湯舟の一面にあり同じ柚子畑に埋まってる気分だ。
爛は温まっているのかほんのりと赤く血色がよく見える。
濡れた髪に鎖骨には水が溜まりそうだ。
細身だが顔に似合わずしっかりとした筋肉は謝砂よりもたくましく見える。
腕にも塞がっているが傷跡が残っていた。
柚子の香りのせいなのか謝砂は唾をごくっと呑み込んだ。
謝砂は視線を巡らせると隅に盆が用意されていた。
「あれは?」
「もち米から作られた酒らしい」
白磁器で作られた注ぎ口が細長い急須に入った酒を取ろうと湯につかったまま片手で淵を掴み手を伸ばすが指先が掠るだけだ。
飲みかけだったのかお猪口のような小さな湯呑が二つあるが一つは空で一つは注がれていた。
「もうちょっとなのに」
ぐっと湯舟から身を乗りだせば届くのだろうが寒いし無理して湯舟に落ちたくない。
怪我をするのも嫌だと悩んでいるとすっと柚子が移動して集まっていた。
爛が近づてきたのだろう。
近寄った爛が謝砂を避けて後ろから手を伸ばして酒を手に取った。
身長差を思い知らされる。
だがこの体はまだ伸びる可能性がある。目覚めると膝の骨が痛いときがあるのは成長痛なのだと信じている。
「酒を持ってきたのか?」
「帳家の奥方が用意してくれていた。柚子の香りと酒を楽しんでくつろいでくれと」
謝砂は酒の入った急須を手に取ると湯舟の中に注ぎ入れかき混ぜた。
酒の匂いは柚子に消えたが湯の質が柔らかくなった。
爛は何も言わずに謝砂の行動を見守っていた。
「今は飲まないだろう。風呂の中に入れるんだよ。温泉のように肌もツルツルになるし温まる。しかも塩と同じで邪気や妖気を祓うんだ」
「爛の脇腹も黒い妖気がぶつけられたままだろ」
「いつ見たんだ?」
「体は痛むのか?」
「打ち身や傷なんて慣れる」
爛は腹に包帯を巻いていた。
謝砂は無視してそっと爛に近づいて手探りで包帯に触れた。
黒い邪気が微かに覆って見える。
「傷口は塞がってるの? 湯に浸かってて大丈夫?」
「傷は塞がった。残りは打ち身だ。妖気を体にぶつけられたから治りが他と違って遅いんだ。悪化はしてないが妖毒で霊力が乱れているから整えられずに打ち身が残ってる」
「爛が酒を飲むのは痛むからだろう。贅沢だけど酒は飲むより湯にいれて薬湯より効くよ」
「なぜ知ってる?」
「体が重くて仕方ないときに調べたんだ。温泉に行きたくてもいけなくて酒が同じぐらい効くらしくて使いきれなかった料理酒を風呂に入れたんだけど重さがふわっと取れたんだ。邪気だとわかっていたから薬じゃ効かなかったのが治った」
そのときは手の指跡がはっきりと体についたことがあった。
高校のときだったがなんかのイベントに添いで行った時だった。
弱っていてその日帰ってから肩を凝ったのかやけに重たかった。
両肩を後ろから掴まれているように首に向かって擦られたようなにできたような跡は鏡を見て分かりぞっとした。
湿布や塗り薬でも治らず黒く残っていたのが薄くなり消えた。
爛とは話が通じるようで感心してゆっくりと浸かった。
謝砂は一人で柚子を手に取り空に投げて遊んでいた。
「霊力が強いと人が口から吐く邪気が毒になり当てられると聞く」
「そのとおり。悪口とかじゃなくて妬みがきついんだ。肩に手のような跡が残ってて取れなかったんだけど酒湯に浸かって祓えたんだ。妖気や邪気にも効くから治るよ」
謝砂は肩までゆったりと浸かり柚子を集めて手で囲った。
「なあ、この柚子って食べれるかな?」
皮を擦り合わせると柚子の香りが強くなった。
「謝砂、これは食べない方がいい。香りを楽しむだけにして」
「わかったよ。静かに入るよ」
謝砂は湯をばしゃっと押して抱えていた柚子を散らした。
「お腹空いているならあとでご飯を食べて」
「誕辰の祝いも済んだし食べたらすぐに謝家に帰ろう」
湯気と一緒に爛からも妖気が抜けていくように見えた。




