吊り燈籠
果樹園の奥に見守るような一本の大木に白い服を着た一若が木の幹に手を添えていた。
隣には休憩所の建物が建っていた。
瓦屋根がついた6畳ほどの板の間だ。
果樹園を見渡せるように壁はなく風が吹き抜けている。
謝砂と爛が歩いてきた足音に気づいて一若は謝砂と爛に頭を下げた。
「謝宗主、爛殿。出迎えにも行かず申し訳ありません」
「騒がしくてごめん。一若殿と少し話がしたいんだ」
「一若殿、虎妖は妖丹を持っていた。何があったのか知ってることを話してくれないかな?」
謝砂と爛が交互に言うと「はい」と丁一若は小さく返事をした。
「塵家から文が届いていたんです」
「塵家から? 修宴のあとだな」
「小仙家も傘下として塵家が招き入れると。傘下に入れば問題が起きたときに手に負えない鬼や妖獣の駆除に門弟を遣わして塵家が対処するという盟約です。父上である丁家の当主は裏があると考えて様子を見ることにしたんです。帰家の当主とは親しくて父はよく訪れて相談していました。傘下に入るのを悩んでいたのは傘下に入れば土地の管轄は塵家の仙府になります」
「虎鬼がでたときに塵家の傘下に入れば自分たちじゃなくて塵家に即対応してもらえたんだろう。押し付けることができたのになんで自分たちで解決しようとしたんだろう?」
「自分たちが管理して暮らしている土地です。人任せにすれば祖先の教えに反します。守ってきた土地ですから自分たちで対応します」
「虎の害より少し前の話?」
爛が頭をまわして時系列を整理する。
「はい。傘下に入る意思として塵家に訪れて直系の師弟を遣わし、土地の管理をする権利書を塵家に渡す契約です。当主である父には受け継いだ土地を手放せなかったんです。村が襲われたときも虎鬼の対応には慣れていたこともあり、傘下にはいることに迷っていました」
「大世家には相談できなかったの?」
「傘下にすら入っていない名の知れない小仙家は普通は名仙家には助けを求めても門弟にすら相手にしてもらえず通してもらえません」
「だからって条件に人質に師弟をとられるし土地権利も渡すかな?」
「大世家として復活を宣言した塵家の傘下に入る小仙家は増える。文を受け取り悩んでいた小仙家も丁家の立場になれば申し出を受け助かろうとする。助けてくれた塵家には恩を感じるし条件については喜んで差し出す」
「塵家の演出に騙されてる」
爛は顎に手を置き黙って考え込んだ。
「帰家が謝家の傘下に入っているのは門弟が多く小仙家の中では実力も兼ねた大きな家です。傘下になったのは謝砂宗主になってからです。帰家仙府に出た中級の鬼を祓ってもらい話を聞いてくれる宗主だと父に話していることを聞きました」
「骸はどうだった? あの虎は村人を吊るしていたのは首だった」
爛の物騒な話題に謝砂は両耳を塞ぐ。
だが丁一若の視線が気になって爛の後ろに隠れることにした。
「虎の害が起きたとき猟師と山を調べると虎鬼を使って人を木に吊るしていたんです。
虎は一度噛みついた人の屍を虎鬼を使って木の枝に首をくくらせて血抜きをし肉をゆっくりと食べていたんです。猟師が罠を仕掛けて毒で殺したはずだったのです。毒は丁家が育てた植物の毒から作ったものなので必ず死に至ります」
「虎を召喚し妖丹を授けたのも塵家だな。謝砂が炎虎の思念で見たのと同じ?」
「うん。虎目線だったけど人を吊るしていたし虎妖にもなった。召喚して虎に妖丹を授けたのが塵家だというはっきりした証拠がない」
「村人が吊るされていたのは首です。丁家を襲ったのは虎鬼と変屍の傀儡でした。傀儡は虎妖の妖気で虎鬼になりましたが血を流させたのも傀儡が剣で斬ったのです。虎鬼は武器を持ちません」
「猟師たちの村も傀儡が?」
「村を襲ったのは虎妖と虎鬼に間違いありませんが、私を吊るしたのも虎鬼ではなく傀儡です。助けられた命は無駄にはしません」
「他も調べる必要がある」
爛と丁一若の怖い話が終わると神経がすり減り急激に糖分が必要で謝砂は一息つきたかった。
「その前に収穫し終えたら手土産の菓子を持ってきたんだ。食べて落ち着こう」
「なにをしていたの? それは燈籠?」
「この樹齢百年が過ぎた柿の木に吊り燈籠の明かりを灯しています。日が暮れると橙色に染まって夜を優しく照らしてくれます」
大木を見上げると枯れ葉も落ち果実もなくないが木の枝には筒状の灯篭が吊るされていた。
「燈籠に皆の名前を書いていたんです。昼は存在を感じなくても暗い夜は見守っていると思うと慰められるんです」




