6章13宿
丁家から出ていく謝砂と爛たちを丁安は見送りに少し離れた後ろにいた。
丁安は話たいことがあるようで謝砂をちらっと見てはもじもじしている。
謝砂は爛が柳鳳と話している間にそっと離れて正門の近くにいる丁安の目の前に立った。
「賭けは謝宗主の勝ちです。負けないと分かっていたんですね。弓で射られなくてよかったです」
「あー。あれね。賭けで勝つかなんて分からなかった」
(すっかり忘れてたなんて言えない。丁安と賭けしてたんだった。弓で射てやるなんて恐ろしいことよく自分の口から言えたもんだ。目の前で剣で斬ることとすら想像できないのに。冗談も通じないのに口から出まかせは恐ろしい。止めるのに必死で記憶が曖昧だ)
「私を殺すつもりだったんですか? 本当にあの言葉に偽りはなかったのですね」
「偽ってはない。目の前でなければ死ぬのは止めない。死なれるのは怖かったんだけだよ」
「それでも私は謝宗主のおかげで死なずに一姉にも会えました。命で償うといいながら逃げたかっただけなんです。一人生き残ったことを恥じていましたし生きたいとも思えなかったです」
「なあ丁安殿、逃げることは悪いことでもなく恥だとも思わない。逃げるが勝ちってこともある」
「私も謝宗主に命を修復されました。丁家が受けた恩は私が必ずお返しします」
「恩なんて重たく感じなくていい。爛が炎虎は倒したし桃展たちの怪我が治ったら果樹園で収穫させもらうな。柿が食べたくて来たんだから気にしないでくれよ。桃家の公子たちを死なせることはできないからついでだったと軽く考えたら恩なんて感じないだろ」
謝砂は丁安の首をちらっとみた。
外傷は怖くて苦手で直視なんて怖くてできない。
視線に丁安は首筋を謝砂に見せた。
「大丈夫です。傷口は一姉さんに止血してもらったので血は乾いてます」
手巾を取り出して血を拭うと傷口は閉じていて斜めに入った筋が傷痕となっていた。
「傷薬は塗った?」
「触って確かめますか?」
謝砂が丁安の傷を確かめるように指先でそっと触れるが血は出ていない。
「霊力で傷痕を消すことはできますが、この傷は残そうと思います。一姉上の傷は謝宗主の霊力によって治してもらえました。ありがとうございます」
「霊力で傷痕も消せるんだ。一若殿は女子だから傷跡が残らなくてよかったよ。治せない傷って?」
「だいたいの痕は消せますが禁術や呪詛で負った傷は治せないと父から聞いたことがあります」
「魂を修復できるのに消せない傷があるの?」
「一番難しいのが魂ですよ。魂の傷痕を修復するには霊力が高くないとできないので謝砂宗主の修復術は霊力が高いからできる技です」
「謝砂戻ろう」
爛は丁安の首筋に手を伸ばした謝砂の手を奪うように手首を掴んで引っ張られて歩いた。
「そんなに早く歩かなくてもいいだろう」
「馬車に置いてかれるぞ。宿に戻る」
爛は謝砂と目を合わせずになぜか手を離さなかった。
町の泊まっていた宿に桃家の公子である師弟たちを帰家の馬車で運んでもらった。
「帰家の屋敷のほうがいいのでは?」
「泊まっていた宿でいい」
道中もついてからも何度か帰家の門弟に尋ねられるたび爛は断った。
謝砂も異論はないというよりも早く安全で安心できる宿に戻りたかった。
「すまないけど謝家に伝符で姜と瑛を呼んでくれないかな?」
「分かりました。それだけでいいですか?」
「柿の収穫だと付け加えておいて」
謝砂は帰家の門弟に頼んで宿に入る。
門の松明に火は灯されたままだった。
夜中に堂々と門から入ったため怪我をして戻ってきた一行に宿の主人たちに警戒された。
だが一若が丁家の家紋が入った手紙を書いてくれたおかげで手厚くもてなされた。
謝砂は怖くて眠れそうにもない。
ホラー映画を見終えたあと布団にくるまっても怯えてるような気分だ。
眠るどころか目が冴えてしまう。
目を瞑ると悪夢にうなされそうだ。
「あとで厨房を使わせてもらえないかな?」
「もちろんですとも。なにか食べたいものでもあれば言ってもらえればお作りしますよ」
「いいんだ。自分でも作るけど誰か手伝いを頼んでもいいかな?」
「はい。調理人が厨房にいますので言ってください」
気分転換が必要だと思い宿の主人に厨房に案内してもらった。
謝砂一人で厨房に入り調理人に並べてもらった食材をじっくりと選ぶ。
(爛の機嫌も変えたいし、桃展たちも喜ぶものと言えば菓子だな。ジャガイモもあるし、サツマイモもある。チップスだったら作れそうだ)
謝砂はジャガイモとサツマイモを手に取って土を水で落とし洗った。




