6章4落書き
「お腹空いたなら町に行こう。たまには町に行って情勢を調べるのも修錬の一つだ」
ほんとうはどうしてもあの酒が忘れられない。酒でないシロップもおいしくて探したが謝家では酒はあっても果実酒はなく町に探しに行きたかったが口実を探していた。
「爛を誘ってくるから先に行って席を取っていてくれ」
「謝砂、私も行きたい。麺料理が好きなの」
星星が木簡と書を顔まで積み上げて持ち叫んだ。
「星星の姿がいないと思ったら手伝いしてたのか。いい子だ」
「謝砂の代わりに手伝ってるのよ。主が逃げるから私が招功殿に運んでるのよ。今運んでるのは目を通したばかりの報告書」
「報告書?」
「謝砂宗主なんでしょ。目を通しておきなさいよ。人里離れた無冠塚から鬼が出没していて謝家の管轄では被害は出ていないらしいんだけど護符と呪符を配る範囲を広げるんだって招功殿が姜にも言っていたわ。お飾り宗主様」
「飾りの宗主でいいんだ。怖いのは読みたくもない」
「どうせ爛のところに行くんでしょ。謝砂持って行って」
書簡を胸に押し付けられて抱えて受け取る。両側から落としそうになった木簡に腕が伸びてきてトントンと整えられた。
「星星の腕が4本じゃないか。引っ込めてくれ」
「細くてか弱い腕じゃ一本で運べないわよ。桃展たちも呼んでくるわ」
謝砂に星星はふんっと鼻をならして去っていく。
(星星って主を間違えてないか。招功殿を贔屓しすぎに思えるんだけど。桃展、桃常もお気に入りだし姜ちゃんとも親しいのに主に対する態度だけ強い気がする)
謝砂は修錬所から歩いて書蔵閣へ行く。
蔵書閣は竹林の近くで静かな場所に建っている。
「爛! いたら開けて。いるんだろう? 開けてくれ。爛が早く開けてくれないと腕がしびれて痛くなる」
観音開きの扉は手足が使えずに開けられない。呼び続けて少し待っているとすぐに扉が開いた。
大きな白い布とすだれで仕切られていて文机の上には筆や用紙が置かれている。
部屋の中は明るく机が並び、木棚には整頓されて積まれている。
今は爛しかいないようで扉が閉まらないように背中とお尻で扉を抑えながら入る。
「謝砂は何を運んできたんだ?」
爛は扉の近くに置かれていた竹籠を一つとり謝砂の足元に置いた。
謝砂は竹籠の中に腕のなかに抱えていた書簡や紙に木簡をすべてガサっと入れた。
「鬼を倒した報告書? と無冠塚から鬼が出没してるとかで忙しいらしい」
竹籠に山に盛られ木簡が一つ逃げ出すように床に転がった。
紐が解け巻いていた木簡が開かれ爛が手に取り目を通す。
謝砂は蔵書閣をぶらぶらしながら見学し窓際の風が通る文机の敷物の上に座った。
日よけに白い布とすだれがカーテンのように吊るされているが日差しが差し込み暖かい。
爛が座っていたようで机のうえには見るからに古い書物が置かれていた。
謝砂は頬杖を突き置いてあった筆に墨をつけ真っ白な紙に適当に落書きをする。
しばらく文字を書いていなかった。ひらがなをひらがな表をつくるように書いていくが途中で詰まった。
(あかさたな、はひふへほ――じゃなくて、なにぬねのでもない。縦に書いていこう。えっと……)
認識するのはこの世界の文字だ。漢字のほうがすらすらと出てくる。
謝砂は諦めて名前を書いた。
『謝砂』『桃爛』『砂爛』
怖さで上書きをされていたようで招魂される以前のことを思い出す暇がなかった。
謝砂の代わりに片付けた爛が正面に座った。
爛は落書きした用紙を手に取った。
「読めない文字がある。最後のは砂爛?」
「うん。待ってる間の文字遊び」
(字は綺麗じゃないのは知ってるよ。でもまだ読める字だと思ってるんだけど筆が難しいんだよな)
「いい響きだ」
爛は文字をなぞるようにそっと触れた。




