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39 カシア人

 我々日本人が新しく群れに引き込んだカシア人はかつて植民に失敗した異星人の子孫である。地球人が接触した時には彼等は三つの惑星の住民として各々が惑星の生態系に馴染んでしまっていた。彼等の先祖が何処から来たのかは未だ不明でこの謎の先祖の話は彼等カシア人の間では時々話題となっていた。


「俺らの先祖は何処から来たんだろうな?」


「さぁなぁ、魔素希薄域の可能性はまずないって話だが」


「それって、私達が魔素希薄域に滞在すると正気を失うって話でしょ。何もしないと二週間と持たないって話よ?でも境界のこちら側にはそれらしい惑星が無いのよねぇ」


「それが境界が動いて向こう側になった可能性が有るみたいだぞ。まぁ、境界の近場にはそれらしい惑星系は見つかっていないけどな。地球人は探査自体に積極的ではないみたいだし」


「そりゃそうさ。誰も住みたがらない領域を態々調べたいとは思わないだろうよ。俺達にとっては先祖でも地球人には関係のない話さ。地球人にとっては学術的な興味対象か未知なる脅威かって所だな」


「実際の話、地球人の学者と軍人しか向こう側に行く奴はいないよ。俺達の先祖の話なのにさ」


「正気を失うのが分かっていて行く奴はいないさ」


「最近は研究が進んで薬と鍛錬の併用で一ヶ月は持つようになったそうよ」


「それでも短いな。とても居住は出来ないよ。でも何で地球人は出来るのに僕らは出来ないんだろう?」


「それも不思議の一つさ。俺達の先祖は魔法が使えない環境で文明を築いた筈なんだ。なのに何で俺らは魔法が使えない環境に馴染めないんだ?」


「地球人が言うには『移民して一万年の間に耐性を失ったか、先祖の母星が地球より魔素乱流期を迎える周期が長くて地球種より環境の変化に弱いのではないか』って話ね」


「地球ではその所為で種の交代が激しいって話だからな。特に魔法が使えなくなる時に魔法に頼っている種ほど環境の変化には耐えられないらしい」


「それに耐えて生き延びてきた地球種は向こう側に行っても平気なんだそうだ」


「それには異説も有って地球種がまだ魔法が使える様になって日が浅いからの可能性も有るって話だ。一万年も経てば俺達みたいになるだろうって」


「そうであれば私達の先祖が本当に境界の向こうから来た可能性があるわね」


 とこんな感じで学生達は話題にしているのだが境界の向こう側は専用の宇宙艇なしでは探査も出来ず、魔法が使えない誰も住みたがらない宙域を探査する計画も無かった。


「そんな事よりも皆は課題の魔法を修得できてる?」


「基礎カリキュラム通り何とか習得しているけど?」


「俺は飛ぶのが今一つ苦手で」


「何で?あれは空を泳ぐ感じで進めば直ぐに馴れるわよ?」


「書物にはそんな事は書いてない」


「ばかだなぁ。地球人とは体の構造が違うんだ。そのまま真に受けても混乱するだけだぞ」


 日本人が多くの魔法をもたらした結果として専門書等も地球人の書いたものがそのまま翻訳されていた。それらの書物は地球人向けに書いてあるので当然の事ながらそのままでは異星人には合わない。カシア人は沿岸部に住むペンギンの様に歩く種族で歩くよりも泳ぐのを得意としている。そしてカシア人には地球人の脊髄に当たる所に第二脳の脊脳があり、第一脳の頭脳を補完している。地球人とは脳の構成からして違うのだから言語の違いだけで微妙に異なってくる魔法技術をそのまますんなりとは使えない。


「そうね。地球人は地面を二本の足で移動するのが基本だから立体的な動きの素養が足りないのよ。だからそれを補うための方法がクドクドと書いてあるの。私達は水中で泳ぐのが陸を歩くより得意なんだからその辺りは聞き流しても良いぐらいね」


「俺は泳ぐのが苦手なんだよ!」


「……それでも地球人よりは得意な筈よ?だって体の構造がそうなっているんだもの。最近は歩くより楽だからと街中はともかく郊外だと皆飛んでいるわよ?」


 カシア人は水中で泳ぐように空を飛んでいて、地球人なら衝突しかねない状況でも問題は無い。エコーロケーションを用いて周囲を常に立体的に音で把握している彼等にはぶつかる方が難しいらしい。まぁ、それも上手く泳げればの話で下手くそでは傍迷惑なだけだ。


「……そうなのか?でも郊外なんて行かないしなぁ]


「部屋に籠って本ばかり読んでいるからだ。体を動かさないと身に付かない魔法技術も多いしこのままでは落ち零れるぞ」


「飛ぶのは苦手なだけで別に飛べない訳ではないんだ。泳ぎを鍛錬して上手くなるならプールにでも通うさ」


「泳ぎの鍛錬は一人で泳ぐのではなくて群れに混ざって泳がないと駄目よ。動きが違ってくるから」


「……面倒だな」


「でもそうしないと泳ぐだけなら誰にでも出来るんだから鍛錬にはならないわよ?」


「ああ、分かったよ。子供達に混ざって遊ぶ事にするよ」


 と言う訳で俺は休みにも拘らず泳ぎの練習に遣って来た。海の方が広々として練習には良いように思うのだがそれでは人混みで飛ぶのに役立たないとの事で子供達が群れて遊ぶプールへと遣って来た。周りを見ても大人は子供の付き添いしかいない。ま、そんな事は泳ぎの練習には関係ない事だな。それで泳ぎ始めたのだが変質者と間違われて追い出されてしまった。直ぐに誤解である事は認められたのだがプールにこれ以上入る事は拒否されたのだ。子供は幼体で保護対象だそんな事するかと言い返したい所だが子供は幼体で保護対象だからこのぐらい厳しくても仕方がないなと納得して引き下がった。そしてこれでプールでの練習はしなくて済むとか考えていた。


「プールでの練習は上手く行っている?」


「俺一人で行ったら変質者扱いで追い出されて駄目だったよ」


「駄目だったって、練習は如何するつもり?」


「如何しようか考えている所だな。如何したら良いと思う?」


「プールに行かなくて済むとか思っているわね?」


「えっ……」目が泳いでるよ、俺。


「いいわ。私が下のちび達を連れて一緒に行ってあげる。子供連れなら問題ないでしょ」


「そんな迷惑は掛けられないよ」


「いいのよ。休みの日はちび達の面倒は私が見るんだから丁度良いわ。一人じゃ大変だったし」


「………」


 プールに遣って来た。


「おい、お前。先週追い出された奴だろ。お前は入れんぞ」


「いえ、先週のは下見で今日はちゃんとした子供達の付き添いですよ。問題ないですよね」


「なんだ、変質者じゃなかったのか。今日は彼女と子供連れか」


「ちょっと子供の前で変質者呼ばわりは勘弁して下さいよ。先週の尋問で変質者で無い事は知っているでしょう?」


 同じ魔素生命に繋がっているから大人同士では嘘は吐けない。でも子供達は幼体だからその辺りの感覚がまだなくて冗談でも真に受けたりするから面倒なのだ。


「ああ、すまんな。じゃあ入って良いから」


 それからは何事も無くプールに入る運びとなる筈だった。


「なぁ、兄ちゃんて変質者なのか?」


「なになに、兄ちゃんて変質者だったの?子供にしか興味が無いの?」


「俺は変質者じゃない!大きな声で騒ぐな!周りが変な目で見るだろ!」


「変質者の兄ちゃんが怒った~」


 この日プールに居た子供達の間では俺は変質者の兄ちゃんと呼ばれるようになった。周りの大人達は初めは警戒していたが俺が子供達に揶揄われているだけなのに気付くと俺の事は気にしなくなった。でもプールに行く度に揶揄われて子供達からは変質者の兄ちゃんと呼ばれていた。今でも街中で変質者の兄ちゃんと声を掛けられる事がある。だが流石にそれはルール違反だ。プールでは子供に揶揄われているとの認知で済んでいたが街中は駄目だろう。真に受けた奴が通報したりして面倒なんだよ。釈明は可能だけど面倒な事に変わりはない。

 子供達に揶揄われながらプールで遊んだ甲斐も有って俺の泳ぎは格段に上手くなった。まあ、以前が酷かったから普通になっただけの話だな。それでもこれで普通に飛べるようにはなった。基礎カリキュラムはそつなく終了する目途が立ったな。


「これで基礎カリキュラムは終了だ」


「えっ………」


「何か問題でも?」


「脳の使い分けは?」


「終わっているけど?飛ぶのが苦手だって言っただろ」


「……普通は脳の使い分けで止まるのよ。地球人の本を読んで同じ事をしても駄目だし」


「それは当然だ。地球人とは脳の数が違うんだから本と同じでは駄目だよ。でも基本的には書いてあることをすれば身に付くよ」


「それが出来ないから苦労してるのよ。如何遣っているの?」


「本の通りだよ。一つ一つの脳で別々の魔法を使うんだよ」


「だから如何遣ってよ。もっと具体的に言ってよ」


「具体的に?データボックスとアイテムボックスを同時に発動させる。此処までは簡単だ。頭脳と脊脳で分けて発動させれば良い。カシア人なら誰でも出来る。次にアイテムボックスに物を入れながら本に書いてある様に別の魔法を使うんだ。飛んでも良いし物を動かすだけでも良い。データボックスは発動したままだよ。これが出来るようになるまで何度も繰り返すんだ。失敗したら飛べなかったりアイテムボックスから物が出てきたりデータボックスに記録がなかったりで確認出来る。遊びを取り入れるのがコツと言えばコツだな。これが違和感なく出来たら頭脳と脊脳のどちらかは脳の使い分けに成功している。ここまでで普通の地球人以上になっている筈だ。彼等の脳は頭脳が左右の二つだけだからね。どんなに頑張っても彼等の脳では二つの魔法回路しか作れない。カシア人はこの段階で三つの魔法回路が作成可能だ。これが第一段階だな」


「ふんふん。分かった気がする。それで次は?」


「次はこれを四つに増やす。これは同じ様にして同時に四つの魔法を使える様にするだけだよ。第一段階の状態で更にもう一つ魔法を使うんだ。飛びながら魔法を使ってボールを飛ばすとかするだけだよ。それで四つの魔法回路が同時に作成可能になれば脳の使い分けは終了だ」


「聞いていると簡単そうだけどなぁ」


「俺は第一段階で暫く鍛錬したら次はすんなり出来たけどね。一度出来るようになると何で今迄出来なかったのか不思議になると思うよ」


「君は飛べなかった筈では?今の話を聞いていると飛びながら別の魔法を使っているけど?」


「俺は飛ぶのが今一つ苦手だっただけで飛べないとは言っていないよ」


「……殆ど飛べないレベルだと思ってた。だったら基礎カリキュラムは泳ぐ練習なしでも通っていたって事?」


「如何だろう?浮いて直線的に動く感じだったからなあ。ワイヤーに吊られた感じ?笑いはとれた気がするけど」


「…………練習も無駄ではなかったって事ね。なら良いわ」


「笑いはとれたと思う?練習しない方が良かったかな?でも評価は最低だよなあ」


「そんな事より脳の使い分けよ。皆が出来るようになるまで君に付き合って貰うからね」


「いいよ。データボックスとアイテムボックスは使えるんだよね。だったらひと月も鍛錬すれば確実だな」


「ひと月も掛かるの?」


「鍛錬次第だよ。そして鍛錬を積めば積むほどスムーズに出来る様になるからね。でも少なくとも第一段階は終了しないと評価もされないと思うな~」


 指導が良かったのか才能が有ったのか皆さん脳の使い分けは三週間ほどで第一段階は何とか熟せる様になった。後は鍛錬を積むだけなので俺はお役御免だ。とか思っていたら話を聞きつけた学生がわらわらと集まって来て大変な事になった。如何も皆さん脳の使い分けで躓いているらしい。堪ったものではないので学校に相談に行った。


「先生、ご相談があります」


「何ですか?」


「カリキュラムの脳の使い分けについてなんですが」


「ああ、皆そこで躓くんだ。根気よく鍛錬を積み重ねるしかないんだよ」


「それはそうなんですが、皆が俺にコツを教えろと迫って来て私の鍛錬が進まないんですよ。如何にかして下さい」


「君はもう済んでるの?」


「ええ、でも鍛錬しないと使い熟せる様にはならないでしょう?その時間が削られるんです」


「優秀だねぇ。遣って見せてよ」


 俺が一通り魔法を付かって見せると。


「へぇ~本当にできてるねぇ」


「……本を読んで参考に進めれば可能だと思いますけど?」


「それが毎年躓くんだよ。本が地球人向けだろう?カシア人との神経系の違いについて注釈も入れたりしているんだけど普段から脳の構成なんかを意識している人なんていないからか頭脳と脊脳の使い分けすらやれない人もいるんだよ」


「??でも友人達には教えたら直ぐに出来ましたよ?」


「皆優秀だね。それとも君の教え方が上手いのかな?」


「それでさっき言ったように俺が困っているんですよ。何とかして下さい。教えるのは先生方の仕事ですよね。俺は鍛錬に集中したいんですよ」


「そうなんだけど。学生に考えさせるために本だけで出来る所まで遣らせているんだよ」


「もう無理ですよ。俺がコツを掴んだのを知った途端にこれですから。そちらで何とかして下さい」


「そうだな。君の学業に支障が出るようでは本末転倒だ。こちらで何とかするよ」


「宜しくお願いします」


「因みに如何遣って脳の使い分けの鍛錬をしているの?」


「本の通りですよ。左右どちらかの脳でデータボックスもしくはアイテムボックスの魔法回路を維持して残りの脳で別の魔法回路を作成して魔法を発動するんです」


「それで良い。頭脳と脊脳の夫々でそれが出来ればOKだ」


「その方法を三人の友達に教えたらこの有様です。先生が講習を開くと言う事で良いですね」


「分かった。講習には君も一応出席してね。模範例として君に同時に四つの魔法を使って貰うから」


「俺だけですか?」


「そうだな。君の友人の三人にもお願いしようかな。熟練によって出る差も見たいし」


「伝えときますよ。それから講習日の通達を早目にお願いします。その日は出席しますよ」


 翌週の講習日に先生の指示に従って魔法を使って見せる事となった。


「とこの様にすると脳の使い分けが出来る様になります。後は日常的に使って熟練するだけです」


 そして何故か実演だけではなく講習もする事になった。俺は講師じゃないぞ!




 カシア人の脳は頭脳と脊脳が各二つづつあり計四つあるので魔法の基本能力的には地球人よりカシア人の方が高い。魔法はカシア人の方が向いているのだ。ただ脊脳は主に身体能力に関わっている様で魔法回路の作成に使うには少しコツが必要なのだ。

 聞いてみるとこの学生は運動が好きではなくてカシア人は半水生の筈なのに泳ぐ事すら怠る様な生活状況だったらしい。親は何をしていたって話だが脳の使い分けにはこれが幸いしたのか他の学生より容易に行えた様だった。

 我々カシア人にとって泳ぐのは運動の基本だ。脳の使い分けの為とはいえこれを怠るのは問題がある。研究テーマとしては面白いがこの方法の一般化は無理かな。

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