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40 シナの凋落

 日本の始祖勢力の全てが拠点を太陽系外に移し終えた頃にはシナ人は総数一億五千万人を割っていた。日本人は相も変わらず銀河で勢力圏を拡げていて、カシア人の遺跡を発見するまでは特に何事もなかった。そして日本人がカシア人との接触に成功し魔素希薄域に達した頃に地球ではシナの覇権争いの状況に変化があった。シナの二勢力の内の片方の始祖が死んだのだ。それで日本圏では定期的に開かれる始祖の会合で昔はシナに悩まされていた修、沃土、美里の面々が噂話に花を咲かせていた。


「シナの残った始祖は朝鮮族出身の方だよな?沃土」


「ああ、それでシナの朝鮮族は大騒ぎで、もう世界の覇権を掴んだ気でいて色々とやらかしてる」


 シナ人にとってシナの覇権が世界の覇権である事は自明の理なので対外的にもその様に振舞っていた。未だに華夷秩序の基に世界が成り立っているとしているのだ。中でも朝鮮族は特にその傾向が強かった。

 朝鮮族はシナの皇帝の眷族の中でも下っ端で下等民扱いなのだが、皇帝が朝鮮族の血を引いている事でまるで親族であるかの様に振舞う様になった。ただ当の皇帝はシナ人に拾われてシナ人として育てられた孤児であり朝鮮族に対する身内意識は全く無かったため、シナでは誰も朝鮮族を相手にしておらず扱いも変わらなかった。その鬱憤は朝鮮族が自分達より下位にあると見做していた外国人に向かった。国外の交易相手に対して以前よりも更に横柄となり威張り散らしては顰蹙を買っていた。こうして朝鮮族は少ない交易相手を更に減して自身の首を絞める事となった。


「まだシナの覇権すら掴んではいないのになんなんだろうな」朝鮮族の相変わらずな様子を知って修はそう言葉にした。


「朝鮮族の頭の中では既にシナの皇帝が世界の覇権を掴んだものとなっているのよ」美里が口を挟んで来た。


「でも何でそんな風に思えるんだ?」


 当然の事ながらシナの外から見れば今のシナの覇権はユーラシア大陸の東の一地域の覇権でしかない。既にシナ周辺の国々は宇宙に勢力圏を拡げているのだからしてシナの皇帝なんてど田舎の村長レベルでしかなかった。シナ人は多くの始祖勢力が宇宙に勢力圏を拡げた事に対しても精々太陽系内の話だと思っている様で未だに『火星は我らのものだ』とか声明を出しては失笑を買っていた。そんな訳でシナ人と日本人との感覚のズレは大きくなる一方なのだ。


「奴等にとってはそれが正しい道理なんだ。そして現実がその道理にそぐわないなら現実を否定するのさ」沃土はそう答えた。


「昔からそんな感じだったわよ?」


「ああ、特に朝鮮族はどうしようもなかった」


 理を重視すると言えば聞こえは良いが奴等は全てにおいて自分が正しいとする為に行動する。都合の悪い事実からは耳を塞ぎ、平気で無視するか改謬するのだ。奴等にとっては自分達が正しいのは自明の理であって、自分達が有利になる様にする行為はそれが例え捏造でも正しい行為なのだ。だから息をする様に嘘を吐く、正しい側を有利にする為なら嘘を吐いても構わないと言う理屈だ。奴等は事実でもって正しいかどうかを判断するのではない。正しいのだから事実を捻じ曲げても構わないとするのだ。自己中も此処に極まれりだな。


「シナ人はあからさまな嘘を吐くのよ。種の分岐前はそうでも無かったのに」


「他種には嘘が通じるから嘘を吐いても構わないと思っているのだろうな」


「嘘が通じると言っても嘘を吐いているかどうか会話では分からないだけだよな?」


「ああ、レコードで事実確認が可能な話なら直ぐにバレる」


 同じ魔素生命と繋がっていなければ嘘を吐かれても確かにそれだけでは嘘だとは分からない。だけど自身の繋がる魔素生命のレコードと明らかに異なる話をされれば流石に嘘だと見破れる。にも拘らずシナ人は嘘を吐くのだ。


「奴等は変わらないと言うか年々劣化してないか?」


「いや、あれは純化しているんだ。俺達からは劣化に見えるがな」


 シナの二勢力はどちらも始祖を皇帝として掲げて覇権を争ってきたのだが総人口が減るだけで決着しそうになかった。シナの周辺に対する脅威度も人口が減るにつれて下がって行き、周辺国の勢力圏が宇宙へと拡がった現在では既に脅威とは見做されなくなっていた。シナの二勢力は最早どうでも良い存在と成り下がっていた。まぁ、相変わらず鬱陶しい存在ではあるが。

 それで何をやらかすか分からない連中なので始祖の片方が死んだ事でどうなるか日本は検証していたのだがどうやら潰し合いが更に長引くとの結論だな。

 始祖が死んだ事で劣位にある側の勢力は対外的には結束が固まっているらしい。聞くところによると勢力内で始祖が皇帝である事は当然の事としていたものの、二代目は始祖の直系ではあるが始祖に後継指名されただけの存在でシナで続く覇権争いでは何の功績も残してはいなかった。これでは権威自体が始祖に比べて格段に落ちる。それで水面下では次代の皇帝が誰になるかで揉めている様であった。始祖の直系の血縁者ならいくらでも存在するのだ。次は俺がと言った輩が溢れているそうな。

 シナでは劣位にある筈の勢力において皇帝を目指す者達が功績を上げる為に血眼となって攻勢に出る様になり覇権争いが激化した。以前のシナ人であれば内輪揉めを始めて潰し合いを行い敵に利する場面だが少しはマシになっているのか?


「始祖が死んだら一気に均衡が崩れるかもと考えていたが違ったな」


「始祖が死ぬと種としては存在が強固になるからな」


「すると覇権争いが止む事は当分ないか」


「そうね。シナ人が他の勢力圏に手を出す余裕は当面は無さそうね」


 始祖が死ぬ。これは一見すると始祖がいる方が圧倒的優位に在る様に思えるが物事はそう単純ではない。始祖は種の分岐点で、それが死ぬと言う事は種が確定することを意味しており、種としては安定してその存在が強固となるのだ。始祖の存在は種の躍進の原動力ではあるのだが種の不安定要因でもあるのだ。始祖が死ぬ事で種が安定して種を移る事が困難となり以前の様には人の移動が起き難くなる。

 こうなるとシナの様に敵対する二勢力の群れの力が同程度であれば相手の群れを飲み込む事は容易ではない。相手側の始祖の死で多少は優位にあるにしても相手の群れが強固な事もあって崩す事は難しい状況だ。どちらかが圧倒的に優位ではないので相手を潰すことも吸収することも出来ない。それが現状だ。

 これが相手の始祖が生きている間で有れば相手の不手際等でシナ人の支持を集めて眷族を一気に増やして、シナの覇権を掴む可能性も僅かにあったがそれは無くなった。相手側の始祖の死で有利となったのは確かだが覇権争いは長引くのだ。

 始祖が生きている間に覇権争いの決着が付けば良いのだがなぁ。決着が付かなければ始祖の死後だと安定した群れ同士の争いとなって、覇権争いは更に長引く事となるな。


「シナの勃興はもうないものと考えて良いな」


「宇宙に勢力圏を拡げれないのよ?勃興はないわよ」


「……そうだ、話は変わるけど開拓して半放置状態の惑星に勝手に住み着いている奴等は如何扱ってる?」


「森の中でおとなしく狩猟採集生活しているだけだから放置しているわ」


「そうだよなぁ。下手に干渉すると惑星の生態系に影響が有りそうだしなぁ」


「その狩猟採集民、ロシア圏でも出没しているらしいぞ」


「……すると宇宙で一番広がっている人の勢力の可能性があるわね」


「ああ、理論上は魔法が使える領域で地球の生態系が移植された惑星なら何処でも行けるからな」


「それは地球人が開拓した惑星なら殆ど行けるって事よね」


「まぁ、植物の魔法で移動しているからな。地球由来の植物がある所なら何処へでも行けるさ」


「考えてみるにシナ人はこの狩猟採集民よりも出遅れてるのよねぇ」


 入植者が足りずに開拓してから半放置状態の惑星に住み着いている住民が最近になって発見された。新手の異星人かと接触したら種の分岐後に近代文明を捨てて狩猟採集生活に戻った人々だった。出身地がアフリカとは限らないがアフリカの密林で植物の魔法を利用してゲリラを撃退していた人々のご同類だな。自らの意志でか植物の意志でかは分からないが両者の同意のもとに植物の魔法で転移してきたのだ。以前から学者が植物の魔法を利用して地球から出る人々の事は予見していたので世間の驚きは少なかったな。

 これらの狩猟採集民については植物との親和性が高くて排除すると惑星の生態系に影響がありそうで躊躇われた。そして文明の有様が日本圏とは乖離しているのでどちらかがどちらかの群れを吸収する関係にはなりそうになかった。また日本圏が脅かされて潰し合う関係にもなりそうにはなかった。それで惑星の生態系には馴染んでいるし害はないので日本圏では定期的に接触する様にして放置することに決まった。他の勢力圏での扱いも調べてみたが殆どの勢力圏では放置の様だ。




 皇帝は荒れていた。敵の首魁である許が死んだにも関わらず、想定していた状勢とはなっていないのだ。


「許が死んで覇権は朕に定まったとそなたらは言って居ったな」


「……」


「では奴等が朕に屈しないのは何故だ。争いは却って激しくなって居る様だが?」


「恐れながら」


「話せ」


「敵は風前の灯火、勢いがこのまま続くとは思えませぬ。皇帝陛下の威光に屈する日も近いかと」


「まあよい、風前の灯火かどうかは時期に分かる。暫時様子を見よう」


 結局の所、シナの二勢力の争いは片方の始祖が死んだくらいでは止む事はなかった。








 日本圏がカシア人を群れに組み入れて銀河外縁の魔素希薄域に接する辺りを辺境域と定めてカシア人の自治を認めた頃にシナの残った方の始祖も死んだ。日本はシナの覇権争いの状況に変化があるか注視していたのだが……変わらないな。いや、少し激化したかな。前に始祖の片割れが死んだ時と同じだ。後継者争いが始まったのだな。覇権争いで功績をあげた者が次代の皇帝と言う事なのだろう。戦死者も増えてシナ人の総数は一億人を割りそうな勢いだ。

 シナの紛争が激化すると以前であれば戦争特需と言った感じで賑わったものだが近年はシナから独立した勢力の小遣い稼ぎ程度の感覚だな。勢力圏が宇宙へと拡大した現状ではこの程度の戦の規模では経済効果は知れていた。

 日本圏ではシナの現状は昔で言うとアフリカでの部族間抗争みたいな感覚で受け止められていた。兵器の近代化の所為で過剰に人が死ぬのだが、日本人には別世界の他所事で一部の者だけが関心を持っていてその経過が時々ニュースに流れる感じだ。諸勢力の為政者にとっても地球の一地域で争っているだけで生態系への影響も年々減少しているため関心が薄れる一方だった。ただ地球で覇権争いを続けるシナ人に対する嫌悪だけは不思議と減らないんだよな。

 日本圏の始祖の会合でも小さな話題となっていた。


「シナはもう駄目だな」


「まだ一億人近くいるのだから安心しては駄目よ。日本人が宇宙へと生活圏を拡げ始めた頃と同程度の人口なのよ」


「当時の日本とは教育レベルが段違いだ。推測ではシナで真面に魔法教育を受けているのは一%に満たない」


「確かにそうだけどシナから分かれた勢力は宇宙に拡がっているのよ?能力を潰されているだけでシナ人に能力が無い訳ではないのよ」


「それがシナ勢力の群れとしての性向なんだから潰し合うのは止まらない。そうやって群れを維持しているんだからさ。それに馴染めない奴は疾うの昔に群れを逃げ出して周囲の勢力に吸収されている」


 シナでは支配層を守る為の愚民化政策が徹底していて日本圏では一般化している魔法教育を受けている者はいない。上の者は命令するだけで下々に何でも遣らせるが理想で、下の者が知恵や力を付けるのは都合が悪いのだ。支配層の地位が脅かされるからな。支配の為の力は欲しいが下々が力を持つのは困るから魔法に関しては下々に任せるわけには行かない。そんなだから魔法研究も遅々として進まない。支配層すら宇宙に出れるかどうかのレベルだろう。種の分岐以降は群れのこうした性向が更に強まった感じだな。


「シナ勢力は群れとしては明らかに劣化しているよなぁ?」


「前にも言っただろう?純化しているんだ。奴等にとってはそうあるのが心地良いんだよ。そんな奴等の群れなんだから」


「……人の嫌な所を凝縮している感じだよな」


「奴等はそれを是としている群れなんだ。奴等にとってはこちらの群れの方がおかしいんだよ」


「どうしようもないな」


「そうね。どうしようもないわね」




 エルサレムにおける聖地争いはどうなっているかと言うと……

 人の供給源であった勢力が拠点を地球外に移すのに伴って狂信者の数が減っており、宇宙から地球に戻ってまでして聖地争いに加わるような奴等はまずいなかった。そうしてエルサレムで聖地争いにかまける人々の数は減っていった。争いの規模も少しづつ小さくなって今ではエルサレムの周辺のみだ。ヨーロッパ圏からは聖地争いに加わった勢力は多く有ったがかつての勢いはなかった。

 エルサレムの聖地争いに関しては日本人の関心は薄かった。大半の日本人にとっては縁も所縁もなく何の意味もない土地だからな。それでこの争いに関しては日本は何も手を出さないでいた。日本圏でも関心を持って注視している者達はいたのだが……


「エルサレムは群雄割拠よ」


「確かに少数勢力が離合集散している感じだな」


「何処も団栗の背比べでパッとしないのよねぇ~」


「以前は外から人の補充があったがもうなくなったからだろ。昔は如何なるものかと思っていたけど」


「あの頃は外から参戦する勢力もまだあったから」


「そう言えばオーストラリアから眷族を引き連れて参戦した始祖もいたよな」


「確かアメリカから参戦した始祖勢力もあった」


「その辺りがピークで宇宙に勢力圏が広がるにつれて参戦する人達も減ったのよ」


「宇宙から地球に戻って参戦する奴は流石に稀だよな」


「シナと同じで中々終決しそうにないか……」


「小国が乱立して頭抜けた勢力が無いのよねぇ。ヨーロッパからの狂信者の乱入も尻すぼみだし」


「ムスリムの方が優位に在る」


「エルサレムの周りはムスリムの方が多いからな」


 聖地争いはムスリムがクリスチャンやユダヤ人より優位に在る。ただ元は同じムスリムでも種の分岐以降は始祖勢力が乱立状態で一枚岩にはないので争いは収まりそうにない。奴等は聖地争いで種の優劣も競っているのだ。


「シナとは状況が違うけど終わりそうにもないわね」


「ああ、争いの規模が小さくなっているのが救いかな。ヨーロッパ勢力の介入は?」


「ヨーロッパ勢力は私達のシナへの対処と同じで関るのを避けているわ。宇宙に出て以降は特にそうね」


 聖地争いによる混乱でヨーロッパには多数のムスリム難民が流入した。それで亡国となった所もあったが現在のヨーロッパ地域は勢力別の棲み分けも進み混乱も収まっていた。種の分岐により既に種が違っている為棲み分け自体は問題とはなっていなかった。以前であれば『人種差別だ』と騒ぐ輩が出る所だな。そしてヨーロッパの始祖勢力は宇宙へ勢力圏を拡げるにつれて力を盛り返していた。聖地争いには関心が無い者が大半なのだろうな。日本圏でも宇宙に拡がってからシナに対する関心は薄れているからな。


「ではシナもエルサレムも日本の方針は放置で変わらずか」


「注視はするけど基本は放置よ」








 宇宙へと勢力圏を拡げている人々の拠点は既に地球にはなかった。地球は生態系の供給地としての役割が大きく重要ではあるが太陽系は不安定な宙域として拠点を持つには不適との扱いになっていた。地球は何れまた魔素乱流期へと突入し魔法が使えなくなるのは確実なのだ。

 そんな訳で現在の地球上で覇権争いらしきことをしている地域はシナとエルサレム辺りだけであった。そしてシナでもエルサレムでも魔法が真面に使えない人々が潰し合っている様相となっていた。

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