38 辺境領域
日本の勢力圏は魔素希薄域にまで至り、境界のこちら側を辺境領域として勢力圏の端をここに定めた。
「ポン君、辺境の惑星系は君達に任せる事になるから宜しくね」
「……転移魔法を何とか使える様になった者が五十名に満たないのに?まだ無理だと思うよ」
ポン君は日本人と初期に接触したカシア人で今では代表者の一人だ。僕は彼等と最初に接触した日本人の中の一人で長い付き合いだ。本名は発音できないのでポン君とかポンちゃんとか昔なじみの日本人は呼んでいる。翻訳魔法なんて都合の良いものは存在しないので翻訳機を用いての会話だ。
「もちろん直ぐにではないよ。君達の進歩次第だけど現在居住する惑星以外の惑星も君達の手で開拓を進めて貰うよ。二百年後には全てを任せる予定だから」
「二百年後?その程度の歳月ではとても追い付けるとは思えない」
「僕達は少なくとも魔法に関しては直ぐに追いつけると踏んでいるんだ。科学技術は社会的な蓄積が足りないかもしれないけどそれは時間を掛ければ克服可能だ」
「少し買いかぶり過ぎだと思うけど?」
「大丈夫だよ。君達カシア人は遺跡の人達の子孫なんだからさ。最新の宇宙艇は君達の先祖の技術を応用して造っているんだ。少なくとも一万年前は地球人より進んでいたんだよ。能力的には充分可能な筈だ」
「無理無理、一万年前の事なんて記憶にも記録にも無いから」とポン君は首を振った。
「もっと楽観的に考えなよ。出来るかどうか分からない事をするのではないんだ。僕達が出来ている事なんだから君達にも出来るさ」
我々の能力を高く見積もり過ぎているな。遺跡を残した先祖と我々は残念ながら歴史的に断絶しているのだ。我々の魔素生命のレコードにはその時代の事は全く残っていないのだから。科学文明とは断絶して新たに魔法文明を築いて復興してきたところに地球人が遣って来たのだ。その魔法文明も地球人の言う所の古代魔法文明レベルで停滞していたのだ。惑星上でのほほんと暮らしていく分にはそれで充分で地球人の様に発展させる必要も無かった。先祖が宇宙を渡って来たにも拘らず、我々は宇宙に出るなんて事は考えてもいなかったのだ。
「能力を高く評価してくれるのは有り難いけど一万年前とは歴史的には断絶しているんだよ。そして新たに築き上げた魔法文明も君達地球人から見ればレベルが低いものだろ?何でそんなに評価が高いのか分からないよ」
「僕達の魔法のレベルが高いと言うけど八十年程前の魔素乱流期が終わった時点では君達と同レベルだったんだよ?君達はキャッチアップする訳だからもっと短くて済む」
「……魔法が修得可能だとしても科学技術の方は無理だ。我々は先祖が持っていたものは全て失っているんだ。一からやり直しなんだよ。たったの二百年で如何にかなるとはとても思えないよ」
「それは君達カシア人の一般的な見解かい?」
「そう捉えて貰って構わない。カシア人の大多数の見解だよ」
「僕達の見解は少し違う」
「でも我々は先祖の科学技術を何も受け継いでいないんだよ?」
「それはそうだけど重要なのは科学的な思考だよ。僕達は地球での急速な魔法文明の発展は科学的な思考と魔法が組み合わさってもたらしたものと考えているんだ。君達は先祖から科学的な思考を受け継いで既に身に付けているんだよ。そして魔法技術の基礎も一万年の間に身に付けた。後は組み合わせれば僕達と同じさ」
「そんなに美味く行く話かなぁ?」
「少なくとも魔法技術は身に付くと思うけどね。魔法さえ身に付ければ境界のこちら側でなら何とかなるよ。科学技術の方は後で時間を掛けて身に付ければ済む話さ」
「取り敢えず魔法技術の社会への浸透を促すよ。でもそんなに速く進むとは思えないけどなぁ。君の話によると我々は科学的な思考を持っている筈だけど一万年の間そんな兆しは無かった。大勢は現状に満足していたんだよ。何かが違うんだ。……地球では何でそんなに速く魔法文明が発展したの?」
「生存競争が激しかったからかな?地球人は魔法が使えない時代に性向の違ういくつも群れを形成して人類と言う同種の中で潰し合いをしていた。それが魔法を使える様になった後も続いたんだ。自分の群れが優位となる為に魔法技術についても競争したんだよ」
少なくとも宇宙に進出を果たして勢力圏を拡げている勢力に関してはこの話は間違いではない。権力者が地位や威信に固執するあまり魔法技術が発展しなかった勢力もあるけどな。
「……群れ同士が離れて暮らせば良いのではないの?」
「魔法が使える様になった当時は一つの惑星上に百億人以上いたんだよ。百以上の国家が有って地表を分割して住んでいたんだ。間に海が有っても緩衝地帯としては不充分だったな」
「……百億人以上?一つの惑星に?我々は一億人もいないよ?」
「今は君達の人口も増加しているだろう?」
「地球人との接触以降は生活に余裕が増したからね。子供も育て易くなったし。でもそれで人口が増えるにしても百億人になるとは到底思えない」
「魔法が使える様になって以降の地球は混乱して人口も減って今では二十億人いるかどうかだけどね」
「二十億人でも多いと思うけど?」
「多いよ。だからかどうか地球では今でも殺し合いを続けている奴等がいる。僕達は早々に宇宙に抜け出したけどね」
「殺し合い?考えたくも無いよ」
「そうだろう?でも一万年前の君達の先祖も似た状況だったと推測されるんだよ」
「どうして?」
「幾つもの惑星に植民しようとしているからね。殺し合いをしていたかどうかまでは分からないけど一つの惑星では養えないほどの人口を抱えていたに違いないよ」
「……そうか今の我々の様に現状に満足していたら植民なんて考えないからな」
「君達の先祖の最初の植民の動機はそんな所かなと僕達は推測している」
「地球人はそうだったのか。それで我々の先祖もそうだったと推測しているんだな」
「まぁ、そうだな。動機の一つではあるな。開拓技術が確立して以降の僕達は人口に関係なく勢力圏を拡大していて僕の個人的な考えとしては拡大しすぎた感じだけど。人口増が開拓のペースに追いついていない感じだからな」
地球から宇宙に進出した諸勢力は何かを恐れるかの様に銀河で勢力圏を拡大中だ。それに伴って人も銀河中に拡散していて人口が希薄な領域も発生しているんだが勢力圏の拡大の勢いは弱まってはいない。
「それでか。君達にはこの領域を統治する余裕が無いんだ。我々に押し付けるつもりだな」
地球人は人手が足りていないからそれで我々に任すとか言っているんだ。此処から先は魔素希薄域だから開拓も難しいしこの領域には魅力を感じていないんだな。
「君達に押し付けるつもりではないけど地球人だけで全てを行う余裕が無いのは確かだ。それで君達が群れに加わったのを機にこの領域の開拓は君達が主導して進める事に決めたんだよ。君達の居住惑星のある君達の生存圏だからね。惑星開拓を進めるなら君達の居住環境に合わせた方が良いだろう?」
「我々に選択肢はないのか?」
「あるよ。領域内の惑星系の開拓を進めるかどうかは君達の自由だ。ただ現状維持はあまり賢い選択ではないな。惑星系を開拓もせずに放置して置くと君達が放棄したものとして処理する事になる。百年後の僕達が今と同じ状況にあるとは限らないだろ?今は人が少ないから惑星の需要がないけど状況が変わって需要が増えたら放棄地は僕達が開拓を進める事になる」
「それは面白くないな。我々も宇宙に拡がりたいんだ。母星の近場は押さえたい」
「そうだろう?君達が此処に居るのは君達の先祖が宇宙に拡がろうとした証だからな。手段が有るのに子孫の君達が宇宙に拡がろうとしない訳がない。だからそれを利用する事にしたんだ。そして百年以内には君達による開拓が進む。そして僕達がこの領域で開拓を進める必要は無くなるのさ」
「でも君達はそれで構わないの?種が明らかに違うのにこの領域を我々に任せても良いの?地球人の間でも種が違うと揉めているんだろう?」
「種の違いよりも性向の違いかな。君達はこちらで用意した魔素生命と繋がれただろう?同じ魔素生命に繋がれるのは群れとして馴染めるって事だ。だから君達を群れの仲間として迎えたんだ。同じ地球人でも馴染めなくて繋がれない奴等の方が多いんだよ。宇宙は広いから離れて住めば良いんだけどさ」
日本圏はカシア人を群れに迎えいれる事で三つの惑星の生態系を労せずして手に入れる事になった。宇宙に勢力圏を拡げる為の惑星開拓を進めるには生態系の移植は欠かせない。惑星開拓を進める為には生態系を供給する惑星が多いに越したことは無い。カシア人に辺境の十程の惑星系を任せるぐらいで済むなら日本圏としては美味しい話だな。
「我々が君達と馴染めなかったら如何していた?」
「その場合は初期の接触のみで放置していたかな。君達の惑星も君達と揉めてまで欲しいとは思わないし」
「何で?この地は君達が住むにも良い環境だろう?」
「知っての通り生態系が強固な惑星は馴染むのに時間が必要なんだよ。原住民の君達と揉めて生態系と馴染める訳がないだろ。君達と馴染めない時点で放置は決定だな」
惑星開拓を進める為には生態系を供給する惑星が多いに越したことは無いのだがこれを増やすのが結構面倒なのだ。まず生態系に馴染んでいないとその生態系からの植物の移植すら上手くは行かない。植物は生態系を共にした事も無い地球人に生体魔法回路を弄らせる事は無い。でもそれでは惑星開拓に用いるには不適当なのだ。
地球の植物は人の魔法を生体魔法回路に組込む事で進化して惑星開拓に利用可能になったのだが、その生態系を共に形成している地球の植物の生体魔法回路を弄るのだって初めは苦労したのだ。それを生態系に馴染む所から始めるのだから時間が掛かる。初期に発見した地球型惑星の植物ですらまだ移植を試している所で本格的な移植は当分先の話だ。
惑星の原住民と揉めていては到底無理だな。
「生態系と馴染めるかどうかか……我々の先祖はそれに失敗して撤退した可能性が高いんだよね?」
「ああ、君達の先祖は強引に植民を進めて惑星の生態系に反発された可能性が高い。君達はそれから一万年も命を繋いで三つの惑星で生態系に馴染んでいる。君達の先祖もじっくりと取り組めば植民は成功した筈なんだが」
「先祖には植民が必要だった。でも新たな植民の痕跡は見つかってはいない。如何なったんだろう?」
「彼等の母星を探しているけど見つかっていないからねぇ」
「魔素希薄域は如何?」
「君達が住めないのに君達の先祖の母星が有ったとは考え難い」
「そうなんだよなぁ」
「ただ向こう側への植民を試みた可能性はある。君達の先祖は魔法を使わなかったみたいだからな。まぁ、近場ではそれらしき惑星は見つかってないけど」
「先祖が何処から来たのかは謎のままか」
「境界の向こう側に何かありそうではあるけど飽くまで推測だから今以上に遠くの探査となると行く者が居ないな。近場には何も無かったからなぁ」
カシア人の先祖の母星はまだ見つかっていない。子孫のカシア人が境界から先の魔素希薄域に居住不可能な事から向こう側ではないとは推測していた。だが境界のこちら側には植民に失敗した痕跡以外は何も見つかってはいないのだ。移民の理由が人口過剰にあったのなら再挑戦した痕跡ぐらいは有っても良さそうなものだがそれも無かった。
一部の学者は魔素希薄域へ植民に向かったのだとの推測していて、また一部の学者は境界が移動して彼等の母星は魔素希薄域に飲み込まれたと推測していた。でも残念ながら近場の魔素希薄域には地球型惑星は存在しておらず推測を肯定する痕跡は何処にもない。そしてどちらにせよ境界の向こう側は魔法が使えないので今以上遠方への探査は難しい。子孫のカシア人は境界の向こうには行きたがらないし日本人にはそこまでして探査する情熱に欠けていた。
日本人は魔法が使えない領域にまで勢力圏を拡げる気はないのだ。少なくとも今の所は。
「遺跡に母星を示す星図は残っていなかったの?」
「そんなものが有れば議論にはなっていないさ。発見されたのは停滞場に保持された武器等の機械及び食料等の補給物資、そして風化した周りの遺跡群と宇宙艇の残骸だ。有ったにしても風化して判別不能な宇宙艇の残骸の中だな」
日本人はこの宇宙艇の残骸と停滞場に保持された武器等の機械を解析して技術を頂戴したのだ。停滞場は特殊空間で時間の進みが遅くなるため補給物資を保持するために彼等が利用していた。
星図等は宇宙艇の電子データの中だろうな。武器以外の機械はメンテナンス用の保全部品が殆どでバックアップデータの類は無かった。未知の技術で何処かに記録してある可能性もあるが分からなければ無いのと同じだ。
「地球人は向こう側の探査には乗り気ではないよね」
「そうだな。でもそれはカシア人も同じだろう?」
「我々は向こう側には二週間も滞在できないから仕方がないけど地球人は住めるじゃないか」
「住めると住みたいは違うだろう?魔法の使える住み易い所がこちら側に幾らでもあるのに態々魔法の使えない住み難い向こう側に住もうとする奴はいないよ。何か具体的に向こう側に行かないと得られないものが無いと今以上は動かないな。何かあるかい?」
魔法の使えない状況を求めて一部の研究者が魔素希薄域に滞在しているが移住しようとする者は皆無だ。研究者以外は軍人が魔法を使えない状況での戦闘訓練に来るぐらいだな。何せ向こう側では魔法によって無効となった兵器類が有効なんだから。
で他に需要が有るかと言うと熱狂的な魔法拒否者ぐらいしか住みたいとは思わないだろうな。
「…………無いな。有るのは我々の先祖の痕跡を探すぐらいか」
「僕達が向こう側に移住する動機にはならないな。仮に君達の先祖の痕跡が向こう側で発見されても移住するのは研究者とその家族ぐらいだろう」
日本人は境界から先は開拓が格段に困難で旨みもないからと勢力圏を拡げるどころか探査にすら及び腰だ。そして開拓を進めても割に合わないとして実験的な開拓のみ進める事となった。魔素希薄域における開拓の行方はこの実験的な開拓の成果次第だな。
日本は魔素希薄域に沿った辺境領域に辺境府を置いて十程の惑星系を有する領域の自治を新しく群れに迎えたカシア人に任せることにした。カシア人は遺跡の異星人の子孫で現在は主に三つの惑星上に居住している。彼等の先祖は地球型惑星への入植しか試みていなくて辺境領域の開拓可能な惑星は手つかずのままだ。




