25 戦争の行方
真世歴六十五年、宇宙で戦闘なんて馬鹿らしい事をしているのは日本と東アメリカだけであった。
日本としては関わりたくはないのだが放置して置けば火星にまで乗り込んで揉めるのが目に見えている。
それで月を地球に対する監視基地として用いて敵対勢力は地球に封じ込める事にしたのだ。
東アメリカを月で堰き止めている間に開拓中の惑星を繁栄に導くのが一番賢い選択であると判断したのだ。
今の所はそれでたいした実害も無く済んでいるのだからそれで良い。
地球で月や火星の実情が公となると能力のある勢力は月と火星に次々と来訪して開拓に加わっていた。
どの勢力も火星での開拓を参考にして可能であれば太陽系外に進出して既に惑星開拓を始めていた。
どの勢力も日本と東アメリカの争いに巻き込まれたくはないので黙って見ているだけだ。
どの勢力も火星にまで争いを持ち込まれたくはないので東アメリカの味方には付かない。
地球で東アメリカのに味方しているのはシナぐらいだ。
如何見てもシナ人は宇宙航行技術が欲しいだけだな。
シナは月や火星の領有を主張し全てを引き渡すように我々に対して命令していた。
いつもの事なのでどこもシナを相手にしてはいない。
東アメリカすらシナを相手にしてはいなかった。
「なあ、何で俺達は態々月に来て日本と戦ってるんだ?」
「日本の無法を正して世を正常に戻す為だろ!子供達を取り戻すんだよ」
「子供達は戦争を止めれば戻る気のある子供達は戻るんだろう?他所の国は日本と調整して皆そうしているぞ。遅くなればなるほど子供達が火星に馴染んで戻り難いって話だ」
日本が植物によって火星に送り込まれた幼体達のために地球で動き始めると最初の内は東アメリカの様に反発していた勢力も有ったが暫くすると消えてしまった。
上手く立ち回れば火星で魔法教育を受けた者達を眷族として連れ戻せることが分かったからだ。
幼体が火星に送り込まれて十年以上となり、当時幼体であった者達の多くが成体となり火星で魔法教育を受けていた。
当初の予定では五年程経って年嵩の者が転移魔法を覚える頃には地球に戻っても問題がない筈だった。
その頃には火星の事が地球で公となっても日本の惑星開拓が進んでいて大勢に影響がない筈だったのだ。
それが日本とアメリカ合衆国が戦争となりアメリカ合衆国が崩壊した後も東アメリカが争いを止めようとしなかったので火星の実情は地球で公にする事が叶わなくなってここまで来てしまった。
火星に来る能力のある敵対勢力に火星の実状が洩れる事を日本が群れとして良しとしなかったからだ。
日本は敵対勢力が月や火星に進出する事を望まなかったから火星に送り込まれた子供達を地球に戻して情報を洩らす訳には行かなかった。
結果として当時七歳程であった幼体達まで早熟な者なら転移魔法ぐらいは使える様になっていた。
彼等を眷族として連れ戻せれば日本が秘匿してきた魔法技術の一端を手に入れる事ができる。
例え眷族として連れ戻す事が出来なくても伝手を繋ぐだけでも価値が有る。
そんな訳で日本を敵に回してこの機会を棒に振ろうとする勢力は無かった。
幼い時に火星に来ている者ほど火星に馴染んでいて元の鞘には戻り難いんだけど戻る者も確かにいた。
「そんな事は知っているよ。オーストラリア人の知り合いもいるし。それに最近は日本に対して子供達を帰せとは言っているけど誘拐した子供達を返せとは言わなくなった。実状が知れ渡って言えなくなったんだ。嘘を吐く事になるからな」
「正常に戻すってアメリカ合衆国を再興するって事だろう?出来ると思うか?」
「……無理だな。南の勢力は既にメキシコの大半を併合している。今更元には戻せない。他の勢力も元に戻したいとは思っていないさ。日本との戦争に勝ったぐらいでは元に戻る切欠にすらならない」
「そうだよな。それに日本の無法って宇宙条約に違反して月や火星の領有をしている事だよな。だったら何故他の月や火星に進出している勢力とは戦争していないんだ?」
「日本を正しさえすれば他の国は従うって話だ」
「そんな事を信じている御目出度い奴かお前は!日本を正す?そんな事を言っているのは我国とシナぐらいだ。それにどう考えても日本と戦って勝てる状況にはない。月で運良く勝ったとしても地球と火星で勝てると思うか?」
「まあ無理だな。アメリカ合衆国が分裂する前に宇宙に出ていれば可能だったかもしれないけどそれは今更の話だ。現状は負けない形で講和できれば御の字だ。そして日本と上手く講和したとしてもこちらに靡く国があるとは到底思えない」
「そうだよな。昔なら黙っていても尻尾を振ってくる奴等も居たが今は居ない」
「現状で味方をしてくれるのはシナぐらいだ。他の勢力は戦争に巻き込まれたくないから傍観している」
「アメリカ合衆国の再興に日本は関係ないし、子供達を取り戻したいなら日本とは和解した方が良い。目的は一つとして達成できそうにないのに何故戦争を続ける?」
「目的は別にあるからに決まっているだろう?日本を敵とする事で現状から大衆の目を逸らせたいんだ。月に来たみんなは気付いているよ。やる気の無さそうな奴等ばかりだ」
「そうだよな。上も元々やる気は無いんだ。やる気が有ったら地球でだって戦闘は出来るのにその様子は欠片も無いし、やる気が有ればとうの昔に火星に向かっているよな」
「火星に向かう計画は有るみたいだぞ。ただその辺りの関係者は皆アラスカの始祖の眷族になったから実行が難しいらしい」
「アラスカに居て日本と揉めてこちらに移ってきた奴等は使えないのか」
「奴等は火星で自分達の子供が見つからない事に腹を立てて衝動的にこちらに来ただけで、火星を戦場にしたいとは思っていない。元々日本との戦争には疑問を持っていて反対している」
「俺だって戦争に賛成してはいないぞ?」
「反対もしていないだろ」
「いや、個人的にはこのまま今の戦闘を続けるのは反対だ」
「で、如何する。歴史で習ったみたいに大統領を挿げ替えるだけで国の方針を転換する事は不可能だ。始祖がトップに居るからな」
東アメリカでは大統領を選挙で決めて法に基づいて統治しているのだが始祖がいる限り実質的なトップにはなれない。
これは現状ではどの勢力も同じで群れの性向によって統治形態は様々だ。
始祖はシナの様に古代の皇帝みたいに振舞っている者もいれば立憲君主みたいに振舞っている者もいる。
日本だと今は宇宙に生存圏を拡げると言う始祖達の大方針に沿っていれば他はそれまで通りかな。
掲げる始祖を乗り換えるにしても群れの性向が著しく違っていれば不可能だから日本人であればまず日本の始祖達の間を移るぐらいだ。
「アラスカの始祖辺りに乗り換えるしかないかな」
「それは皆の前では口にするな。上の方はその件でピリピリしているんだ」
「日本を非難したのが裏目に出て東から抜ける奴等が増えたって話だろう?アラスカから人が移って来た時には自らの正しさの証みたいに日本の拉致を非難していたから自業自得さ」
「上の奴等もそう考えるなら救いようも有るけど日本にしてやられたとでも思っているだろうな」
「日本からは何もしていないだろう?特に分裂以降はそうだ。俺らが月に来るまでは日本は拉致非難に対して反論するぐらいだった」
「まぁ、そうだな。最初は同調する勢力も有ったけど暫くするとシナだけになった」
日本と揉めてアラスカから東アメリカに移った者達からの情報で火星に植物によって送り込まれた子供達がいて日本が保護している事を知ると東アメリカは日本の拉致として非難し始めた。
最初の頃は東アメリカに同調する勢力も有ったのだが実情を知るにつれて減っていった。
植物が総数四十万人弱の幼体を一方的に送り込んできて火星では幼体の保護に手一杯だった事とかアメリカが戦争を仕掛けてきて身動きが取れなくなった事とか今では火星に来て親子関係の確認が取れて子供達が同意すれば帰している事とか等々。
そして実際にアラスカには数名の子供達が親元に戻っていた。
それで子供が行方不明となっている人達はDNAデータを日本の調査した幼体のDNAデータと照会し始めたのだが東アメリカに居る限り伝手がない。
それをもって日本を非難する者もいたが非難した所で子供と会えるわけではないのだ。
日本との国交を拒否している東アメリカに居ては子供を探す切欠すら掴めない。
それで東アメリカを出てアラスカに移る者が出始めた。
アラスカの始祖の眷族になれば火星に行って子供を探す事が可能な事はアラスカから移ってきた者達の情報から分かっているから子供に会いたいならこれが一番早い方法だ。
そうこうする内に東アメリカ国内にも彼等を通して子供に会えた話も聞こえてくるし日本が子供達を保護していて拉致してはいない事も伝わってくる。
日本人を信用していない東アメリカ人も流石に身近にいた者の話は信用する。
こうして東アメリカでは話が違うぞと一部の眷族が始祖を見限って他の勢力に移り始めた。
こうして東アメリカでは日本を益々悪く言うようになった。
東アメリカの人口は凡そ五千万人だったのだがこれを切欠に流出し始めて五千万人を確実に割った。
彼等によるとこれも日本の所為なのだ。
「月での最初の交渉もこちらのプロパガンダを日本に押し付けようとして断られただけだ。子供を戻したいならこれは無いよな」
「日本を悪者に仕立てるつもりだったからそれで良いんだ。裏目に出たけどな」
「交渉を続けようともせずに戦闘に入るからだ。もう少し粘らないと」
「強硬派の方が多いんだからプロパガンダを引込める訳には行かない。そうなるさ」
「子供の事なんかどうでも良いみたいじゃないか」
「だから疑問に思う奴が増えて国から逃げ出しているんだ」
「俺も軍人じゃなければ逃げているよ。逃げたら捕まって敵前逃亡で銃殺だから……あれ?銃殺は無理か。軍に入る前は怖かったけど今なら魔法で防げるからな。??如何するんだ?」
「そもそも兵は転移魔法を使えるから捕まらないよ。逃亡兵が余りにも多いから隠しているんだ。戦闘中に行方不明だな。最近は居なくなる奴が多いだろう?」
「……そう言うことか。やけに居なくなる奴が多いなと思っていたんだ。そうか皆逃げたのか」
「なんだ気付いてなかったのか。……俺もそろそろ逃げるつもりだけどお前は如何する?」
「逃げる」
「家族は如何するんだ?」
「意見が対立して別れたばかりだ。向こうはガチガチの始祖崇拝者だからな。それで軍人の俺と結婚したらしい。子供はいないし気楽なもんだ。お前の家族は?」
「軍人の俺と合わないって事で別居して今頃は子供達とアラスカで俺を待ってる」
月における戦闘開始とその継続によって強硬派は益々強硬となりそれと比例する様に東アメリカを見限る者が増えた。
東アメリカに残った者によるとこれも日本の所為なので日本への恨みは深くなる一方だ。
東アメリカと日本の戦争は終わりそうにない。
アラスカでは東アメリカから逃げてくる人々を歓迎していた。
太陽系外の惑星開拓をカナダや元同国の始祖勢力と組んで始めていたのだが人手は全然足りていなかった。
特に軍人等の魔法の熟練者の亡命は渡りに船だったのだ。
「東の連中は一体何を考えているんだろう?亡命者をこんなに出して」
「国内の引き締めですかね。月での日本との戦闘も調査した限りはあまり力を入れていません。遣らないと眷族の支持が落ちるからのようですよ」
「?いや、支持を失っているから亡命して来るのだろう?」
「そうですよ。それで残った眷族の支持まで失う訳には行かないんです」
日本を敵とする事で結束を固めようとしていたのが日本を敵と出来ない者を追い出す事になっている。
選挙で指導者を選んでいた頃は嫌な指導者は支持せずに選挙で交代させれば良かった。
以前の様に複数の始祖が群れに居れば支持する始祖の眷族になれば良かった。
群れを移る必要は無かったのだ。
今では群れの頭は決まっていて代わりは居ないから合わない者は群れを移るしかない。
「亡命者を出す様な争点を造っては駄目だな。それで国が分裂したんだ。今もそれが続いているんだな」
「そうですね。今は浮動層まで追い込んでいる感じです」
「こちらは眷族が増えて惑星開拓に回せるから有り難いぐらいだけど」
アラスカの太陽系外の開拓が本格的に始まったのは五年前でそれまでは人口が少なかった事も有って火星で開拓技術を身に付ける事に専念していた。
その間に折り合いが付けれそうな勢力を仲間に引き入れて惑星開拓に乗り出したのだ。
アラスカが火星の開拓を始めてからは自然増や亡命者の受け入れで眷族も増えて太陽系外の開拓に乗り出した時の眷族は二千五百万人程になっていたが充分とは言えなかった。
それで他の勢力を引き込む必要が有ったのだ。
「まだ人手は足りないぐらいですからね。亡命者は積極的に受け入れましょう」
「それは良いんだけど。東の奴等何か自分自身を追い込んでいる気がしないか?」
「東で過激な意見に同調している人の大半も浮動層で周りに合わせているだけの人も居る筈です。だから状況次第で如何転ぶか分かりません」
「あそこの始祖は合衆国の再興を掲げているだろう?だけど彼が本当に取り戻したいのは覇権国家だった頃のアメリカ軍だと思うんだ。君にも私にも歴史でしかないけど彼にとっては取り戻すべき過去なんだ。彼は覇権国家だった頃を実体験しているからね」
「覇権国家ですか。レコードを通じて少し知ってはいますが私には旧人類の歴史でしかありません。成体になった頃には既に種の分岐が始まっていましたからね」
「私も真世歴以降の生まれだからそれ以前の話は歴史でしかないんだ。ただその頃を知っている世代には現状に不満な人がたくさんいる。東にはそう言った現状に不満な人が集まっているんだ」
「傍迷惑な話ですね。だから宇宙進出にあまり積極的ではないのかな?」
「きっとそうだ。宇宙に出ても地球で覇権国家にはなれないからね」
「なんかシナみたいですね。周りの勢力が覇権には興味が無くて合衆国が分裂した時もあそこまで酷い事にはならなかったけど」
「……何れにせよ過去の栄光を目指している様では先は無いかな」
「日本との戦争も覇権争いの積もりでしょうか?」
「東の奴等はその積もりかもしれない。日本は地球での覇権に興味が無い様だけど」
「他の勢力は如何ですか?」
「他の勢力はともかく私は地球での覇権に興味は無いよ。私は火星で現状を知った時に出遅れたと思ったからね。他の火星に来た始祖も同じではないかなぁ」
「ロシアや西ヨーロッパの勢力は覇権争いに興味が有りそうだけど違いますか?」
「少なくとも火星に来た勢力は地球での覇権に興味は無いだろう。太陽系外の惑星系が早い者勝ちで切り取り放題なのに地球での覇権争いに注力するのは馬鹿らしいよ。ロシアも以前はともかく火星に来てからはその素振りも見せてはいないよ。西ヨーロッパの始祖は火星に誰も来ていないからどう動くか分からないな」
「確かにそうですね。ロシアは宇宙探査と惑星開拓に注力しています。……東の奴等でも火星に来れば意識が変わるでしょうか?」
「どうだろう。意識が変わらなかったら厄介だから来て欲しくはないな。この件に関しては日本が奴等を堰き止めているのを支持するよ。少なくとも我々が太陽系外に勢力圏を確立するまでは来て欲しくはないな」




